その後も、俺はいろいろなことを試した。
休日に綾瀬を遊園地へ誘い、観覧車が頂上へ来た瞬間、期待に満ちた目で見つめてみた。綾瀬は「もしかして怖いの?」と俺の手を握ってくれた。突然の雨に降られた日は、二人で軒先へ逃げ込み、濡れた俺の髪を綾瀬がハンカチで拭いてくれた。いい雰囲気だと思ったのに「ゆうは風邪を引きやすいから」と、そのまま家まで送り届けられた。誰もいない校舎裏へ連れ出してみたりもしたけれど、俺が何かに悩んでいると思ったらしく、三十分くらい真剣に相談という名前の事情聴取をされてしまった。
綾瀬は、いっこうに告白をしてこない。
足りないものが何なのか、もう俺にはわからなかった。
「なに難しい顔してんの、桂木」
苦戦が続いた、ある日の昼休み。自分の席で勉強ノートを睨んでいると、佐伯が前の席から顔を覗き込んできた。
「佐伯」
「はい、佐伯です。珍しいじゃん、桂木が暗い顔してるの」
「そうかな」
「そうだよ。それで? 何か悩み事?」
「綾瀬が告白してくれなくて困ってる」
「…………は?」
佐伯の口が、間抜けなくらい大きく開く。しばらくそうして固まったあと、俺の机に置かれた勉強ノートへ目を落とした。そこには、これまで試したシチュエーションと反省点が、日付ごとに細かく記録されている。
「お前、まさか……あれ、本気にしてたの?」
「あれって、綾瀬が俺に告白したがってるって話?」
「そう、それ。いや、俺はてっきり、途中から桂木も冗談に乗ってるんだと……」
「冗談?」
嫌な予感がした。今まで生きてきて、何度も何度も経験したことのあるシチュエーションだ。胸の真ん中が、急に冷たくなる。
「綾瀬は俺に告白しないってこと?」
「当たり前じゃん! そもそも男同士なんだから、好きとか告白とか、そういうのないって」
佐伯が言い切った瞬間、頭の中が真っ白になった。男同士だから、ない。そうか、普通は、そうなのか。俺はまた、空気がよめずに受け取り方を間違えて、随分と頓珍漢な真似をしていた、ということなのか。そうか。
それなら、俺がしてきたことは何だったんだろう。綾瀬が困っていると思って、俺なりに考えて、たくさん失敗して、それでも次はうまくいくような気がしていた。いつか綾瀬が俺に好きだと言ってくれる。その瞬間を想像すると、なぜだか胸の奥があたたかくなった。
でも、ないんだ。
俺と綾瀬の間には、最初からそんなものはなかった。よく考えれば、簡単に理解ができることだった。幼馴染というだけで、たったそれだけの事実がそのまま、誰かを好きになる理由になんかならない。
「え、桂木?」
頬に何かが落ちた。雨でも降ってきたのかと思ったけれど、ここは教室の中だ。指先で触れると濡れている。それが涙だと気づいた途端、次から次へと溢れてきた。
「ちょ……っと、待って。なんで泣くんだよ。ごめん、俺が悪かった。悪かった……? いや何が悪かったのかわかんないけど、とにかくごめん!」
「佐伯は、悪くないよ」
「いや多分悪い! 悪いから、と、とりあえず保健室行こう、な?」
佐伯は辺りを見渡しながら立ち上がると、俺の手首を掴んだ。そのまま教室を出て、廊下を早足で進んでいく。慌てる佐伯と、号泣の俺。異様な組み合わせを、廊下にいる生徒たちがびっくりしながら見送る。
「ごめんなさい、通してください! 今ちょっと、桂木が! 俺のせいで大変で! 本当にすみません!」
「佐伯、そんな大きな声で言わないで」
「ごめん!」
ただでさえ目立っているのに、佐伯が道を譲ってもらうためにすれ違うほとんど全員へ謝るせいで、余計に視線が集まっている。泣いている理由とは別に、恥ずかしくなってきた。けれど佐伯は焦りきっていて、俺が何を言っても聞こえていないようだった。
保健室へ着くと、幸い先生はいなかった。佐伯は俺を丸椅子へ座らせ、棚から勝手にティッシュの箱を持ってくる。
「本当にごめん。俺、そんなつもりじゃなくて」
「だから、佐伯は何も悪くないって」
「じゃあ、なんで泣いてるんだよ」
渡されたティッシュで目元を押さえる。自分でもうまく説明できない。綾瀬が告白をしないとわかったことが悲しい。けれど、それを悲しむこと自体が、おかしいのかもしれない。
「俺、昔から、人とはズレてるって言われてて」
佐伯がこちらをじっと見る。ずいぶん真剣な表情をしているなあと、どこか他人事のように思った。
「みんながそうやって指摘してくれるんだから、絶対になおしたい。なおしたほうがいいってわかってるのに、その方法がわからないんだ。今回だって、佐伯が冗談を言ってるって、普通ならわかったんだろ。でも俺にはわからなかった。男同士だからそういうのはないってことも、考えなかった」
「桂木……」
「綾瀬にも、迷惑かけたかもしれない。俺が変なことばっかりするから、ここ数日ずっと困ってたのかも」
言葉にすると幾分か気持ちが落ち着いてきて、涙は止まっていた。佐伯はしばらく黙っていたが、やがて俺の隣へもう一つ丸椅子を引き寄せて、そこに座る。
「なんていうか、俺、お前の笑ったらいけない部分を面白がっちゃってたのかも」
いつもの軽い調子ではなかった。俯いた佐伯が、膝の上で両手を組む。
「桂木が変なこと言うの、全部わざとだと思ってた。だから適当にからかっても、笑って終わると思ってたんだ。多分、クラスの奴らも似たようなことを思ってる。お前が何を考えてるのかわからないから、どう話しかけたらいいのか迷ってるんだよ。嫌ってるとかじゃなくて、みんな勝手に身構えてる」
朝、俺が教室へ入った時に会話を止めた二人。黒板を一緒に掃除した女子生徒の、意外と普通に話せるんだね、という言葉。今まで気にも留めていなかった出来事が、遅れて頭の中につながっていく。
「……そっか」
「うん。ごめん。これからは、お前に対する態度を改めるよ」
「そんな、急に敬語になったりしなくていいよ」
「俺の中の態度を改めるって、そこまで極端じゃないから安心して」
佐伯が少しだけ笑う。俺もつられて笑おうとしたけれど、うまくいかなかった。
その時、保健室の扉が音を立てて開く。保健室の先生がきたのだろうか。ここへくる時、結構な大騒ぎになっていたから、そうであってもおかしくはない。思いながら入り口へ目を向ける。
休日に綾瀬を遊園地へ誘い、観覧車が頂上へ来た瞬間、期待に満ちた目で見つめてみた。綾瀬は「もしかして怖いの?」と俺の手を握ってくれた。突然の雨に降られた日は、二人で軒先へ逃げ込み、濡れた俺の髪を綾瀬がハンカチで拭いてくれた。いい雰囲気だと思ったのに「ゆうは風邪を引きやすいから」と、そのまま家まで送り届けられた。誰もいない校舎裏へ連れ出してみたりもしたけれど、俺が何かに悩んでいると思ったらしく、三十分くらい真剣に相談という名前の事情聴取をされてしまった。
綾瀬は、いっこうに告白をしてこない。
足りないものが何なのか、もう俺にはわからなかった。
「なに難しい顔してんの、桂木」
苦戦が続いた、ある日の昼休み。自分の席で勉強ノートを睨んでいると、佐伯が前の席から顔を覗き込んできた。
「佐伯」
「はい、佐伯です。珍しいじゃん、桂木が暗い顔してるの」
「そうかな」
「そうだよ。それで? 何か悩み事?」
「綾瀬が告白してくれなくて困ってる」
「…………は?」
佐伯の口が、間抜けなくらい大きく開く。しばらくそうして固まったあと、俺の机に置かれた勉強ノートへ目を落とした。そこには、これまで試したシチュエーションと反省点が、日付ごとに細かく記録されている。
「お前、まさか……あれ、本気にしてたの?」
「あれって、綾瀬が俺に告白したがってるって話?」
「そう、それ。いや、俺はてっきり、途中から桂木も冗談に乗ってるんだと……」
「冗談?」
嫌な予感がした。今まで生きてきて、何度も何度も経験したことのあるシチュエーションだ。胸の真ん中が、急に冷たくなる。
「綾瀬は俺に告白しないってこと?」
「当たり前じゃん! そもそも男同士なんだから、好きとか告白とか、そういうのないって」
佐伯が言い切った瞬間、頭の中が真っ白になった。男同士だから、ない。そうか、普通は、そうなのか。俺はまた、空気がよめずに受け取り方を間違えて、随分と頓珍漢な真似をしていた、ということなのか。そうか。
それなら、俺がしてきたことは何だったんだろう。綾瀬が困っていると思って、俺なりに考えて、たくさん失敗して、それでも次はうまくいくような気がしていた。いつか綾瀬が俺に好きだと言ってくれる。その瞬間を想像すると、なぜだか胸の奥があたたかくなった。
でも、ないんだ。
俺と綾瀬の間には、最初からそんなものはなかった。よく考えれば、簡単に理解ができることだった。幼馴染というだけで、たったそれだけの事実がそのまま、誰かを好きになる理由になんかならない。
「え、桂木?」
頬に何かが落ちた。雨でも降ってきたのかと思ったけれど、ここは教室の中だ。指先で触れると濡れている。それが涙だと気づいた途端、次から次へと溢れてきた。
「ちょ……っと、待って。なんで泣くんだよ。ごめん、俺が悪かった。悪かった……? いや何が悪かったのかわかんないけど、とにかくごめん!」
「佐伯は、悪くないよ」
「いや多分悪い! 悪いから、と、とりあえず保健室行こう、な?」
佐伯は辺りを見渡しながら立ち上がると、俺の手首を掴んだ。そのまま教室を出て、廊下を早足で進んでいく。慌てる佐伯と、号泣の俺。異様な組み合わせを、廊下にいる生徒たちがびっくりしながら見送る。
「ごめんなさい、通してください! 今ちょっと、桂木が! 俺のせいで大変で! 本当にすみません!」
「佐伯、そんな大きな声で言わないで」
「ごめん!」
ただでさえ目立っているのに、佐伯が道を譲ってもらうためにすれ違うほとんど全員へ謝るせいで、余計に視線が集まっている。泣いている理由とは別に、恥ずかしくなってきた。けれど佐伯は焦りきっていて、俺が何を言っても聞こえていないようだった。
保健室へ着くと、幸い先生はいなかった。佐伯は俺を丸椅子へ座らせ、棚から勝手にティッシュの箱を持ってくる。
「本当にごめん。俺、そんなつもりじゃなくて」
「だから、佐伯は何も悪くないって」
「じゃあ、なんで泣いてるんだよ」
渡されたティッシュで目元を押さえる。自分でもうまく説明できない。綾瀬が告白をしないとわかったことが悲しい。けれど、それを悲しむこと自体が、おかしいのかもしれない。
「俺、昔から、人とはズレてるって言われてて」
佐伯がこちらをじっと見る。ずいぶん真剣な表情をしているなあと、どこか他人事のように思った。
「みんながそうやって指摘してくれるんだから、絶対になおしたい。なおしたほうがいいってわかってるのに、その方法がわからないんだ。今回だって、佐伯が冗談を言ってるって、普通ならわかったんだろ。でも俺にはわからなかった。男同士だからそういうのはないってことも、考えなかった」
「桂木……」
「綾瀬にも、迷惑かけたかもしれない。俺が変なことばっかりするから、ここ数日ずっと困ってたのかも」
言葉にすると幾分か気持ちが落ち着いてきて、涙は止まっていた。佐伯はしばらく黙っていたが、やがて俺の隣へもう一つ丸椅子を引き寄せて、そこに座る。
「なんていうか、俺、お前の笑ったらいけない部分を面白がっちゃってたのかも」
いつもの軽い調子ではなかった。俯いた佐伯が、膝の上で両手を組む。
「桂木が変なこと言うの、全部わざとだと思ってた。だから適当にからかっても、笑って終わると思ってたんだ。多分、クラスの奴らも似たようなことを思ってる。お前が何を考えてるのかわからないから、どう話しかけたらいいのか迷ってるんだよ。嫌ってるとかじゃなくて、みんな勝手に身構えてる」
朝、俺が教室へ入った時に会話を止めた二人。黒板を一緒に掃除した女子生徒の、意外と普通に話せるんだね、という言葉。今まで気にも留めていなかった出来事が、遅れて頭の中につながっていく。
「……そっか」
「うん。ごめん。これからは、お前に対する態度を改めるよ」
「そんな、急に敬語になったりしなくていいよ」
「俺の中の態度を改めるって、そこまで極端じゃないから安心して」
佐伯が少しだけ笑う。俺もつられて笑おうとしたけれど、うまくいかなかった。
その時、保健室の扉が音を立てて開く。保健室の先生がきたのだろうか。ここへくる時、結構な大騒ぎになっていたから、そうであってもおかしくはない。思いながら入り口へ目を向ける。


