放課後。駅前の大型書店には、様々な年齢のお客さんがいた。図書室の匂いと本屋の匂いが違うのって、やっぱり古本と新品だからなのかな。なんて、早速別のところへ飛んでいきそうになった思考を引き締めるため、ぐっと握り拳を作ると、傍の綾瀬が不思議そうに首を傾げる。
「ゆうが探してる本ってどんなの? おれも一緒に探すよ」
「いや」
何度も来ているお店だから、目的の棚がある場所はもうわかっている。しかし、諸般の事情により、綾瀬を引き連れていくわけにはいかない。
「俺が自力で見つける。見つけたい。なぜなら、そういう気分だから」
「そう……?」
「綾瀬はあっち。なるべくここから遠いところで俺が迎えにいくまで立ち読みしてて。山岳雑誌専門コーナーとかおすすめ」
「そんなコーナーあるかな……」
呟きながらも、何か事情があるんだと察して俺に背を向ける綾瀬は、やはり良い友人だ。今度、この日のお礼をしよう。綾瀬が十分離れたのを確認してから、俺は目的の棚へと向かう。
やってきた場所は、一面ピンク色だった。こんなにピンク色の棚は初めてだ。でもお話の内容的に、茶色とか灰色よりは、ピンク色の方がテンション上がるもんな。手に取る時も、読む時も。初めての光景に自分なりの理由を見つけながら、俺はあらかじめメモをしていた書籍名を探す。合計三冊。どれも目立つところに置いてあった。さすが人気作だ。感心しながら腕に抱え、レジに向かって手早くお会計を済ませる。
これが、目当ての参考書──昼休みに綾瀬と別れてから、放課後再び合流するまでの時間を使って調べ上げた、今人気の少女漫画たちだ。
俺には、告白をするのに最適なムードとか、場所なんてわからない。インターネットには無限の答えが溢れているが、無限すぎて正解がわからない。それならこれだ。俺たちと同じ高校生が主人公で、さらには俺たちと同じ高校生から人気……らしい漫画で繰り広げられる告白なら、きっとみんなの理想へ近いに違いない。だから綾瀬も、
「ゆう」
「うわっ」
目的を果たすことができ、一人で大満足していると、急に背後から声をかけられて、抱えていた本をエコバッグごと落としかけた。忙しない心臓に手を当てながら振り向くと、怪訝そうな顔をした綾瀬が立っている。
「そんな驚く?」
「さ、山岳コーナーは?」
「十分楽しんだ。……ねえ、さっきからなんか変だよ」
さすがは幼馴染である。俺の挙動が不審すぎる、というのもあるかもしれないが、綾瀬は何かを見抜いているようだった。じっとこちらを見つめる瞳が、訝しげに細められる。
「参考書は買えたの?」
「う、うん。買えた」
「へえ。三冊も?」
「……どっから見てた? レジの前から?」
「ゆうがバッグに本を三冊入れたところから。何の参考書? ずいぶん薄い本みたいだけど」
告白のシチュエーションを学ぶための、とは言えない。ついでに俺が、漫画は電子書籍で集める派だけど、参考書とか、勉強に使うものは紙じゃないと頭に入ってこない、ということもなんとなく秘密にしたい。必死に誤魔化そうと言葉を探して、視線が泳ぐ。思えば、綾瀬に嘘をつくのは、物心ついてからはこれが初めてかもしれない。
「ゆう、教えて。何の参考書なの?」
「……に、人間関係」
「……人間関係?」
「そう。今後の人生に必要な……多分必要になるはずの」
「へえ」
綾瀬が頷く。納得したのかしていないのかはわからないが、おそらく後者だろう。
「じゃあ、ゆうが読み終わったら貸して」
「な、なんで?」
「人間関係の勉強なんでしょう? おれも気になるし」
綾瀬は真顔だった。俺が抱えている本の内容なんてもうすっかり見抜いていて、だからこそ試されているのかと思ったが、表情や挙動からは判断ができない。
「あ、綾瀬には必要ない、と思うけど」
「どうして?」
「だってもう十分、人との付き合いがうまいから。俺とは違って友達もたくさんいるし、先生たちにも名前、覚えてもらってるし」
「人付き合いなんて、ゆうとしかうまくできないよ」
「そんな」
まさか、謙遜もいいところだ。すぐに否定しようとして、一瞬、言葉の意味を考える。その、人付き合いって言葉にはもしかして、恋愛的な意味も含まれていたりするのだろうか。だとしたら俺だけと、という意味も……なんて、それは流石に拡大解釈か。いやでも、大は小を兼ねるというし、恋愛もある意味人付き合い? だし。ううん、そもそも。
「……ゆう?」
「大は小を兼ねる、の大って、どの程度の大きさが想定されているんだろう?」
「……また自分の時間を生きてる……」
俺の思考があちらこちらへ飛躍することを、綾瀬はいつも「自分の時間を生きる」と表現する。また、やってしまった。自覚をするのはいつも指摘をされた後だ。
「……ごめん、綾瀬。また俺へんなこと言ってるし、考えてる。空気が読めないってやつだ」
「空気が読めない、っていうのもまた違う気がするけど……まあ、いいよ。おれはゆうのそういうところも面白いと思ってるし」
「おもしろい?」
「うん。見ていて退屈しない」
「そんなこと言ってくれるの、綾瀬だけだよ。兄貴は俺のこと、ズレてて時々何考えてるかわかんなくて怖いって言うから」
自分で言いながら、はっとする。今までは幼馴染だからだと思っていたけれど、もしかしたらこういう、俺の欠点でしかない部分を面白いと言ってくれるのも、俺のことが好きだから、なのだろうか。そう考えたら、今まで見過ごしていた日常の何気ない仕草全てに意味がある気がしてきた。綾瀬の好意を、俺はいったい、今までにいくつ見逃してきたんだろう。
「……まあ、俺だけだろうね。そうじゃないと、許せないし」
綾瀬が何かをぽつりと呟く。よく聞こえなくて首を傾げていると、いつも通りに微笑む綾瀬と目が合った。
「ゆう、用事は済んだ? そうしたらもう帰ろう。おれ、お腹すいちゃったよ」
「ああ、うん。本屋、付き合ってくれてありがとう」
「いいよ。ゆうのためだもん」
「お礼に明日、食堂で何か奢るよ」
「いいって。今度、どっかおれが行きたいところに付き合ってくれたらそれでいいから」
行こう? 言いながら綾瀬が俺を手招く。屈託のない笑顔に、嘘をついた罪悪感が胸を刺して、胸元の参考書をぎゅっと抱え直した。


