昼休みになると、綾瀬は予告どおり教室へやって来た。四時間目の授業が終わってから、数分も経っていない。チャイムと同時に教室を出たんじゃないだろうか。
「ゆう、行こう」
扉の近くで綾瀬が俺を呼んで、周囲からは「また来た」という視線が集まっている。こんなのはもう慣れたものなので、俺も綾瀬も気にしない。佐伯の茶化すような視線を感じながら、綾瀬のもとへ向かう。
「綾瀬、スタートダッシュした? 教室来るの早くない?」
「してないし、いつも通りだよ。それよりも、英語の課題、間に合った?」
「ギリギリ。そういえば、前に綾瀬が教えてくれた構文が出た」
「ああ。俺のクラスの方が、授業一週分早いからね」
なんでもない雑談をしながら、廊下を歩く。綾瀬の方は途中で何人か男子生徒や女子生徒に話しかけられて、その度当たり障りなく対応していた。俺には、佐伯と綾瀬を除いたら、友達と呼べる人物がいない。クラスが二つしかなかった小学校や中学校と違って、こんなに大勢がいる建物に、何人も同じ歳の知り合いがいるというのは、どんな感覚なんだろう。全員の名前、ちゃんと覚えてるのかな。
「ゆう」
名前を呼ばれながら、不意に腕を掴まれる。驚いて足を止めると、目の前には階段があった。何だか朝にも同じような経験をした気がする。
「またぼーっとしてる」
「危なかった。ありがとう、綾瀬」
「おれといるときにぼーっとしないで。おれといるときは、おれのことだけ考えて」
「それはちょっとむずかしいよ」
「なんで」
「歩いていると、綾瀬以外にもいろいろな情報が目に入ってくるし」
「じゃあおれだけ見ながら歩いて」
「……それはそれで危ないんじゃない?」
「車に轢かれたり、階段から落ちたりするよりは良いよ」
それはそうかも。納得して頷くと、満足げな綾瀬が俺の手を引く。段差があるよ、なんて。言わなくてもわかるような注意を受けて、それに少しだけ反発しながら、俺は今朝の会話を思い出していた。
こういうことしてくれるのも、俺のことが好きだから、なのかな。
「なあ、綾瀬」
「なに?」
「綾瀬はさ」
「うん」
俺のこと好きなの?
言いかけて、やめた。もし、綾瀬が俺とずっと一緒にいることで、告白をする最適なタイミングを伺っているとしたら、今ここで答えを求めるのはよくないことだ。綾瀬が今まで積み上げてきた計画を台無しにしてしまう。
「ゆう、どうしたの」
俺がそんなことを考えているとは露も知らない綾瀬が、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「いや、なんでもない。なんか言おうとしたけど、忘れちゃった」
「何それ、変なの」
首を振ると、綾瀬がわずかに口元を緩める。なんて柔らかい表情なんだろう。これもやっぱり、好きな人にだけ見せる顔、というやつなんだろうか。思いながら、ふと、ある考えが浮かぶ。
好きな人に告白をするとしたら、いったいどんな場所が最適なんだろう。
思えば今に至るまで、そんなことは一度も考えたことがなかった。考える必要がなかった、という言い方もできる。だって俺には、綾瀬と違って、告白をしよう、と思う相手がいない。今から行こうとしている食堂はどうだろう。少し、騒がしすぎるか。それに食堂はご飯を食べるところだ。それなら、教室や廊下。いつの時間も人が多くて、それどころではない。案外、学校は告白をする場所としては不適切なのかもしれない。じゃあ帰り道は? ……いつもの風景すぎて、特別感がないかも。そう考えるとやはり、ムード、というものが重要なのだろうか。
「ゆう。……ゆう? 食堂着いたよ?」
「綾瀬、今日の放課後ひま?」
「え? うん、暇だよ」
「じゃあちょっと本屋に寄りたい。いい?」
「いいけど……珍しいね。ゆうって漫画は電子で集めてなかったっけ?」
「漫画じゃなくて、勉強するための本を買うの」
「えっ……参考書ってこと……?」
「そんな驚く? 綾瀬、宇宙人とかおばけを見るような目をしてるよ」
「ごめん、すこし驚いて……」
参考書……。呟いて、綾瀬は視線を伏せる。そんなに衝撃的な言葉だったのだろうか。確かに昔から勉強に必要なものは、兄のお下がりをもらったり、綾瀬が教えてくれるからそもそも不必要だったりしたけど、買ったことがないわけじゃないのに。
「ゆう、行こう」
扉の近くで綾瀬が俺を呼んで、周囲からは「また来た」という視線が集まっている。こんなのはもう慣れたものなので、俺も綾瀬も気にしない。佐伯の茶化すような視線を感じながら、綾瀬のもとへ向かう。
「綾瀬、スタートダッシュした? 教室来るの早くない?」
「してないし、いつも通りだよ。それよりも、英語の課題、間に合った?」
「ギリギリ。そういえば、前に綾瀬が教えてくれた構文が出た」
「ああ。俺のクラスの方が、授業一週分早いからね」
なんでもない雑談をしながら、廊下を歩く。綾瀬の方は途中で何人か男子生徒や女子生徒に話しかけられて、その度当たり障りなく対応していた。俺には、佐伯と綾瀬を除いたら、友達と呼べる人物がいない。クラスが二つしかなかった小学校や中学校と違って、こんなに大勢がいる建物に、何人も同じ歳の知り合いがいるというのは、どんな感覚なんだろう。全員の名前、ちゃんと覚えてるのかな。
「ゆう」
名前を呼ばれながら、不意に腕を掴まれる。驚いて足を止めると、目の前には階段があった。何だか朝にも同じような経験をした気がする。
「またぼーっとしてる」
「危なかった。ありがとう、綾瀬」
「おれといるときにぼーっとしないで。おれといるときは、おれのことだけ考えて」
「それはちょっとむずかしいよ」
「なんで」
「歩いていると、綾瀬以外にもいろいろな情報が目に入ってくるし」
「じゃあおれだけ見ながら歩いて」
「……それはそれで危ないんじゃない?」
「車に轢かれたり、階段から落ちたりするよりは良いよ」
それはそうかも。納得して頷くと、満足げな綾瀬が俺の手を引く。段差があるよ、なんて。言わなくてもわかるような注意を受けて、それに少しだけ反発しながら、俺は今朝の会話を思い出していた。
こういうことしてくれるのも、俺のことが好きだから、なのかな。
「なあ、綾瀬」
「なに?」
「綾瀬はさ」
「うん」
俺のこと好きなの?
言いかけて、やめた。もし、綾瀬が俺とずっと一緒にいることで、告白をする最適なタイミングを伺っているとしたら、今ここで答えを求めるのはよくないことだ。綾瀬が今まで積み上げてきた計画を台無しにしてしまう。
「ゆう、どうしたの」
俺がそんなことを考えているとは露も知らない綾瀬が、不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「いや、なんでもない。なんか言おうとしたけど、忘れちゃった」
「何それ、変なの」
首を振ると、綾瀬がわずかに口元を緩める。なんて柔らかい表情なんだろう。これもやっぱり、好きな人にだけ見せる顔、というやつなんだろうか。思いながら、ふと、ある考えが浮かぶ。
好きな人に告白をするとしたら、いったいどんな場所が最適なんだろう。
思えば今に至るまで、そんなことは一度も考えたことがなかった。考える必要がなかった、という言い方もできる。だって俺には、綾瀬と違って、告白をしよう、と思う相手がいない。今から行こうとしている食堂はどうだろう。少し、騒がしすぎるか。それに食堂はご飯を食べるところだ。それなら、教室や廊下。いつの時間も人が多くて、それどころではない。案外、学校は告白をする場所としては不適切なのかもしれない。じゃあ帰り道は? ……いつもの風景すぎて、特別感がないかも。そう考えるとやはり、ムード、というものが重要なのだろうか。
「ゆう。……ゆう? 食堂着いたよ?」
「綾瀬、今日の放課後ひま?」
「え? うん、暇だよ」
「じゃあちょっと本屋に寄りたい。いい?」
「いいけど……珍しいね。ゆうって漫画は電子で集めてなかったっけ?」
「漫画じゃなくて、勉強するための本を買うの」
「えっ……参考書ってこと……?」
「そんな驚く? 綾瀬、宇宙人とかおばけを見るような目をしてるよ」
「ごめん、すこし驚いて……」
参考書……。呟いて、綾瀬は視線を伏せる。そんなに衝撃的な言葉だったのだろうか。確かに昔から勉強に必要なものは、兄のお下がりをもらったり、綾瀬が教えてくれるからそもそも不必要だったりしたけど、買ったことがないわけじゃないのに。


