ぱちり、と乾いた音が将棋部の部室に響く。
「王手」
盤上へ駒を置いた綾瀬が、にこりと微笑む。その向かいで、田口はしばらく盤面を睨みつけていた。逃げ道はない。どこへ玉を動かしても、次の一手で終わる。本日三度目の敗北だった。
「……ぐう。負けました」
「ありがとうございました」
「お前さあ」
田口は盤上から顔を上げると、恨みを込めて綾瀬を見た。
「帰宅部のくせになんで度々ここへ来るんだよ。将棋部部員である俺の心を折るため?」
「そんなつもりないよ。田口が暇そうだったから」
「放課後の将棋部員が将棋部室にいることを暇って言うな。絶賛活動中だよ」
面白くないながらも負けは負けなので、田口は大人しく後片付けを始める。
幼馴染とか、そんな可愛い言葉では表せない。それに、綾瀬本人へ「俺たちって幼馴染かな」と聞けば、怒気を含ませながら「俺の幼馴染はゆうだけだよ」と帰ってくるに決まっているので、薮を突くような真似はしない。
小学校と中学校と、高校が同じ。いわゆる、腐れ縁である綾瀬は、桂木優希が委員会や日直で遅くなる日だけ将棋部の部室へ現れ、当然のように田口の向かいへ座り、当然のように勝って帰っていく。田口にしてみれば迷惑以外の何ものでもないが、他の部員たちは綾瀬との対局を面白がっている。追い返そうにも、多数決と人望においては一条綾瀬という人物には勝てそうになかった。
「もう一局やる?」
「やらない。今日の俺には、これ以上折られる心が残ってない」
「残念」
言葉とは裏腹に、綾瀬はさして残念そうでもなかった。勝者の特権と言わんばかりに、駒を片付けることもせず席を立つと、部室の窓辺へ向かう。
校庭では運動部が練習を続けている。そのさらに向こう、昇降口の前に、見慣れた姿があった。委員会の仕事を終えた優希が、クラスメイトと話をしている。相手の言葉へ不思議そうに首を傾げ、それから、ふわりと笑った。
「……昔から、変わらないな」
綾瀬の背中を眺めながら、田口が呟く。
「何が?」
「お前が桂木を見てる時の顔」
そう言われて、綾瀬は窓の外へ視線を戻した。
初めて優希と出会った頃から、自分はいったい、どんな顔でその姿を見つめていたのだろう。
「王手」
盤上へ駒を置いた綾瀬が、にこりと微笑む。その向かいで、田口はしばらく盤面を睨みつけていた。逃げ道はない。どこへ玉を動かしても、次の一手で終わる。本日三度目の敗北だった。
「……ぐう。負けました」
「ありがとうございました」
「お前さあ」
田口は盤上から顔を上げると、恨みを込めて綾瀬を見た。
「帰宅部のくせになんで度々ここへ来るんだよ。将棋部部員である俺の心を折るため?」
「そんなつもりないよ。田口が暇そうだったから」
「放課後の将棋部員が将棋部室にいることを暇って言うな。絶賛活動中だよ」
面白くないながらも負けは負けなので、田口は大人しく後片付けを始める。
幼馴染とか、そんな可愛い言葉では表せない。それに、綾瀬本人へ「俺たちって幼馴染かな」と聞けば、怒気を含ませながら「俺の幼馴染はゆうだけだよ」と帰ってくるに決まっているので、薮を突くような真似はしない。
小学校と中学校と、高校が同じ。いわゆる、腐れ縁である綾瀬は、桂木優希が委員会や日直で遅くなる日だけ将棋部の部室へ現れ、当然のように田口の向かいへ座り、当然のように勝って帰っていく。田口にしてみれば迷惑以外の何ものでもないが、他の部員たちは綾瀬との対局を面白がっている。追い返そうにも、多数決と人望においては一条綾瀬という人物には勝てそうになかった。
「もう一局やる?」
「やらない。今日の俺には、これ以上折られる心が残ってない」
「残念」
言葉とは裏腹に、綾瀬はさして残念そうでもなかった。勝者の特権と言わんばかりに、駒を片付けることもせず席を立つと、部室の窓辺へ向かう。
校庭では運動部が練習を続けている。そのさらに向こう、昇降口の前に、見慣れた姿があった。委員会の仕事を終えた優希が、クラスメイトと話をしている。相手の言葉へ不思議そうに首を傾げ、それから、ふわりと笑った。
「……昔から、変わらないな」
綾瀬の背中を眺めながら、田口が呟く。
「何が?」
「お前が桂木を見てる時の顔」
そう言われて、綾瀬は窓の外へ視線を戻した。
初めて優希と出会った頃から、自分はいったい、どんな顔でその姿を見つめていたのだろう。


