王子様たちの憂鬱

「さっき、息止めた?」

答えを作れないまま、僕の端末が鳴った。

テープを巻かれた指で画面を開く。腰へ触れた大きな手の感覚が、まだ制服の上に残っている気がした。人体には布越しの接触をいつまでも保存する機能などない。つまり、僕の神経が無駄に仕事熱心なだけだ。

届いたのは、久世副校長からの次回企画案だった。

〈ダブルプリンス相性チェック。同じ答えはいくつ出る?〉

質問へ同時に答え、一致数が多いほど相性がよいという、朝の情報番組が尺を埋める時に使いそうな企画である。

「黒馬、次はこれだ」

「見えてる。白鳥、さっきの答えは?」

「呼吸は無意識に一時停止することがある」

「触った時だけ?」

「今は次の作戦の話をしている」

黒馬は僕の顔を見た。勝手な意味は足さず、ただ返事が出ていないことだけを確認する目だった。

「分かった。今はそっち」

助かったはずなのに、逃げた事実だけが残った。



〈十五センチの距離〉が公開されてから四日後、相性チェックの撮影が組まれた。

学校は、黒馬に腰へ手を添えられただけの映像へ、距離を題名として与えた。十五センチは、カメラが測った僕たちの間隔であって、僕の呼吸が止まった理由ではない。そもそも理由などない。

王子様廃業同盟では、質問を意図的に外すと決めた。

一人が自分の答えを書き、もう一人がそれを予想する。予想が一致すれば一ポイント。僕たちは予想側になった時だけ、分かっていても反対を書く。最後の自由トークでは軽い口論を始め、相性のよい二人という看板をまとめて焼却する。

本物の喧嘩をしたこともない二人が、偽物の喧嘩を設計する。学校が印刷する「自然な会話」よりは、いくらか誠実だった。

撮影場所は体育館だった。

準備を待つ間、黒馬はコート脇でバスケ部員に囲まれていた。宮坂先輩がボールを脇へ抱え、黒馬へ何かを言う。

「次に校内案内やる時は、首から地図を下げとけ」

「地図は持ってました」

「持ってて逆へ行った方が問題だろ」

周囲が笑い、黒馬も声を立てて笑った。

旧放送室で、コメントの比喩が不正確だと笑った時と同じ、作る必要のない笑い方だった。ただし、僕が隣にいなくても簡単に出る。

宮坂先輩は主将として部員をからかい、黒馬は部員として返している。それだけだ。どこにも不自然な親密さはない。

問題があるとすれば、見ている僕の側だった。

撮影開始時刻を二分過ぎている。僕が苛立っているのは、そのせいだ。作戦前に余計な会話をして集中を欠くのは非効率だからであって、黒馬が僕以外の人間へあんなふうに笑うこととは関係がない。

関係がない、と二度考えた時点で、かなり怪しい理屈だった。

「白鳥先輩、こちらへお願いします」

小野寺に呼ばれ、僕は所定の椅子へ座った。待機用の籠から白い包みのミルク飴を一つ取り、口へ入れる。

黒馬が向かいの椅子へ来た。

「遅い」

「二分」

「秒数の問題ではない」

「怒ってる?」

「撮影を始めろ」

小野寺がカメラを回し、久世副校長が明るい声で企画を説明した。

最初の質問が掲げられる。

〈黒馬君が部活前に選ぶなら、甘い菓子? しょっぱい菓子?〉

黒馬は自分の答えを書く。僕は予想を書く。

反対を書けばいい。黒馬は旧放送室へ来るたび、塩味のクラッカーを持ち込む。したがって正解は、しょっぱい菓子。僕が書くべき誤答は、甘い菓子だ。

合図でボードを返した。

二枚とも、〈しょっぱい〉だった。

黒馬が僕を見る。予定と違う、と顔に書いてある。

「手が事実を尊重した」

「相性がいいですね」

久世副校長の声が弾む。まだ一問だ。事故は事故として処理できる。

二問目は、僕についてだった。

〈白鳥君が選ぶなら、甘い菓子? しょっぱい菓子?〉

僕は〈甘い〉と書いた。黒馬は外す役なので、〈しょっぱい〉と書くはずだった。

結果は、二枚とも〈甘い〉。

「なぜ分かった」

「塩のクラッカー、一枚しか食べなかった。さっきもミルクの飴を取った」

「観察対象が地味すぎる」

「合ってた?」

「合っているのが腹立たしい」

三問目。

〈黒馬君は、内容の違う指示書を見つけたら、古い方を捨てる? 両方残す?〉

二枚とも〈両方残す〉。

四問目。

〈白鳥君が疲れている時に欲しいのは、励ましの言葉? 静かな時間?〉

二枚とも〈静かな時間〉。

「どうしてだ」

「顔色が悪い時、話しかけると眉間が硬くなる。飲み物を渡して黙ったら戻った」

校内案内の生配信で、僕へ飲み物を渡した時のことだ。

僕が覚えているように、黒馬も覚えていた。

一致を外す企画で、僕たちは互いの細部を答え合わせしている。作戦としては壊滅的で、別の意味ではもっと始末が悪い。

「全問一致です」

小野寺が結果を読み上げた。

「では最後に、お互いへ一言お願いします」

ここからが計画どおりの口論だった。

僕はボードを膝へ置き、黒馬へ冷たい目を向ける。

「人の行動をそこまで覚えているなんて、気味が悪いな」

「白鳥が分かりやすいだけ」

これは打ち合わせた返答だ。

僕は次に、「分かったような顔をするな」と言う予定だった。

ところが、体育館の端で宮坂先輩と話していた黒馬の笑顔が、余計な映像として脳裏へ戻った。

「僕が分かりやすい?」

声が、自分でも分かるほど静かになった。

「僕には何でも聞けば済むと思っているくせに、宮坂先輩たちとは随分簡単に笑うんだな」

黒馬が一度、瞬いた。

「部活では、やることが決まってるから」

「つまり、僕との時間は面倒だと?」

「そう言ってない」

「意味が分からなければ聞く。答えがなければ待つ。お前はそれで困らないんだろうが、待たれる側はいつまでも正解を要求されている気分になる」

台本にも作戦にもない言葉が、止まらなかった。

「宮坂先輩たちのところが楽なら、無理に旧放送室へ来なくていい」

黒馬の表情から、撮影用のわずかな笑みが消えた。

「今の、作戦?」

「どちらでも同じだ」

「同じじゃない」

黒馬は首を傾げなかった。意味が分からない時ではなく、答えをそのまま聞く時の顔で僕を見る。

「白鳥。俺のこと、嫌いになった?」

否定すればいい。

たった二文字で終わる。嫌いではない。それだけの話だ。

けれどカメラの前で口にすれば、その二文字へ誰かが好き勝手な続きを足す。カメラがなくても、僕自身が続きを考えてしまう。

「嫌いなら、こんな面倒な同盟はとっくに辞めてる」

黒馬は数秒、僕を見た。

「分かった」

それ以上の意味を勝手につけず、言った分だけを受け取った。

その直後、カメラの後ろから広報担当教員の声がした。

「今の、使えますね」

久世副校長もうなずく。

「用意した言い合いより、本当の緊張が伝わります。ぶつかっても離れない二人として、短く整えましょう」

僕たちの間に生まれたものを、床へ落ちた小道具のように拾い上げる口調だった。

「公開前に、全編を確認させてください」

声量は落ちたままだったが、公の言葉だけは崩さなかった。

「もちろんです。君たちの意向も大切にします」

大切にする人間は、本人がまだ名前をつけられない感情を見て、最初に「使える」とは言わない。



確認用映像を見た僕たちは、口論部分を残すことに同意した。

不仲に見えれば人気は落ちる。そう判断したからだ。

公開された動画の題名は、〈喧嘩するほど相性がいい? ダブルプリンス一致率百パーセント〉だった。

〈黒王子の「嫌いになった?」が直球すぎる〉
〈白王子、否定しないのに同盟は辞めないって答えるの何〉

公開から一時間で、反応は前回を上回った。

僕は公開版を端末へ保存してから、旧放送室へ向かった。

同盟ノートを開き、結果を書き込む。

〈相性質問を外す/口論で不仲を見せる〉
〈結果 全問一致。口論部分が最も好評〉

黒馬は壁側の椅子に座り、今日受け取った質問台本を二つ折りにして透明なファイルへ入れた。

「宮坂先輩とは、次の練習の話をしてた」

「説明は求めていない」

「俺がしたい。笑ったのは、迷った時のことを言われたから」

「そうか」

「白鳥といる時も笑ってる」

知っている。

コメントの比喩を採点した時も、僕の食堂レビューが売れると当てた時も、カメラのない場所で黒馬は笑った。僕も笑った。

それでも、胸の奥の苛立ちは、説明を与えられたからといってきれいに消えなかった。

「学校は、答えが一致しても売る。外れても売る。作った喧嘩も、本気の喧嘩も売る」

僕は端末を伏せた。

「僕たちが反応を作る限り、向こうは好きな題名をつけられる」

「じゃあ、作らない?」

「作られた反応ではなく、本当の素顔を見せる」

黒馬が僕を見る。

「台本なし?」

「生配信にする。僕は白王子の口調をやめる。お前は分からないことをそのまま聞け。編集できない場所で、王子様が最初から存在しなかったと見せる」

「学校に言わないでやる?」

「勝手に配信すれば、規則違反で処理される。自由企画として許可を取る。副校長は、素の会話でも人気が出ると思っている。断らない」

黒馬は少し考え、うなずいた。

「やる」

同盟ノートの次の行へ、作戦名を書いた。

〈台本なし生配信〉

作った失敗も、作った不仲も、学校には通じなかった。

なら次は、作らない。

本当の素顔を見せれば、今度こそ終わる。