王子様たちの憂鬱

翌日の放課後、広報室へ向かうまでに、僕は三度「白王子」と呼ばれた。

昨日までにも聞いた呼び名だ。ところが「黒王子」が発生した途端、白王子まで単独の商品ではなくなったらしい。

「白鳥君、黒馬君と何するの?」

階段ですれ違った女子生徒に聞かれ、僕は足を止めた。

「副校長からお話があるそうです。僕も内容は知りません」

「二人で呼ばれるなんて、やっぱり昨日の動画だよね」

「そうかもしれませんね」

期待に満ちた顔へ、否定も肯定もしない笑顔を返す。

何も決まっていない段階で余計な情報を与えない。人間関係でも広報でも、管理の基本は同じだ。

広報室の前には、黒馬が立っていた。制服姿の肩へ大きなスポーツバッグを掛けている。これから部活へ行くのだろう。

「白鳥」

「待たせましたか?」

「いや。今来た」

気の利いた前置きもなく、黒馬は扉をノックした。



広報室のモニターには、昨日の動画が停止した状態で映っていた。

パネルを支える黒馬と、来場者を誘導する僕。その横には、映像から切り出した宣材写真が二枚並べられている。僕の背景は白く明るく処理され、黒馬の背後には濃い影が足されていた。

色調補正だけで人格まで分類するとは、広報という仕事は占い師より手際がいい。

「急に呼び出して申し訳ありません。二人とも、掛けてください」

久世副校長は、僕たちが隣り合うように置かれた椅子を示した。

机の上には、企画書らしい冊子と、数枚の仮台本が用意されている。相談という言葉のわりに、紙だけはずいぶん先まで走っていた。

「昨日の動画は見ましたね」

「はい」

僕と黒馬の返事が重なった。

副校長が画面を切り替える。下向きの折れ線とともに、「志願者数推移」という文字が表示された。

「本校は現在、志願者の減少という課題を抱えています。生徒数が減れば、授業の選択肢も、部活動へ割ける環境も維持しにくくなる。これは広報部門だけの問題ではありません」

次の画面には、制服姿の生徒、図書館、食堂、体育館、文化祭の写真が順に並んだ。

「そこで今年度、全国私学広報協議会主催の『全国スクールPR動画コンテスト』へ応募します。設備をきれいに撮るだけでは、他校との違いは伝わりません。本校で過ごす生徒そのものを見せたいと考えています」

画面中央に、昨日の僕たちが現れた。

その上へ、大きな文字が重なる。

〈ダブルプリンス〉

下には、〈正反対の二人が伝える、麗峰学園の魅力〉とあった。

悪い冗談は、立派な書体にすると企画になるらしい。

「白鳥君の落ち着いた対応力と、黒馬君の行動力。二人が並んだ映像へ、予想以上の好意的な反応がありました。そこで文化祭までの期間限定で、君たちに本校広報の『ダブルプリンス』を務めてもらいたい」

任命だった。

本人の意向を聞く前に役名も宣材写真も完成しているのだから、相談というより衣装合わせに近い。

僕は膝の上で指を組み、相手が断られたと感じない角度まで口元を緩めた。

「大変光栄なお話です。ただ、昨日のことは偶然でした。僕は案内係として対応しただけですし、継続企画でしたら、もっと発信に向いた生徒がいるのではないでしょうか」

拒絶ではなく辞退。否定ではなく適任者の推薦。

角をすべて削って差し出した言葉を、副校長は穏やかに受け取った。

「君が目立ちたいかどうかを問題にしているわけではありません。昨日、君の対応を見て安心した受験生や保護者がいた。動画へ寄せられた生徒たちの好意も、君への期待の表れでしょう。それを学校のために生かしてもらえればと思っています」

断れば、期待を裏切ったことになる。

実に丁寧な梱包だった。中身が圧力でも、包装紙に「好意」と書けば贈り物として渡せる。

副校長は黒馬へ視線を移し、体育館の写真を拡大した。

「黒馬君は、将来スポーツ推薦を目標にしているそうですね」

「候補になれたら、です。まだ決まってません」

「もちろんです。この出演で推薦が決まるという話ではありません。ただ、バスケットボール部の活動や体験入部を紹介する機会は増やせます。君個人だけでなく、部全体の広報にもなるでしょう」

黒馬は画面の練習風景を見た。

「部の動画も撮るんですか」

「顧問や主将と相談した上で、練習に支障のない範囲で考えています」

「それなら、部員も映せますか」

「希望者には協力してもらえます」

白王子には周囲の期待を、黒王子には部活動への利益を。

釣る魚に合わせて餌を変えることを、大人は配慮と呼ぶ。

「もっとも、強制ではありません」

副校長は二冊の薄い書類を僕たちの前へ置いた。

表紙には「ダブルプリンス企画 出演同意書」とある。

本文の冒頭には、三つの文言が明記されていた。

〈本企画への参加は本人の自由意思による〉

〈参加者は、いつでも辞退できる〉

〈撮影・編集した映像は、公開前に参加者本人が確認する〉

「入学時に保護者から一般的な学校広報への同意はいただいていますが、今回は個別企画です。君たち自身の意思も確認します。内容に納得できなければ、参加する必要はありません」

必要はない。

ただし、僕の前には学校の将来と受験生の安心と生徒たちの好意が、断った時に踏みつけるものとして整然と並べられている。

左手で、右手の親指を包んだ。

「僕でお役に立てるなら、ぜひ協力させてください」

鏡がなくても、笑顔の角度は崩れなかった。

隣で、黒馬が僕の手元を一瞬見た。何も言わず、同意書へ署名する。僕も名前を書き、署名した一部を副校長へ戻して、同じ文面の本人控えを受け取った。



「こちらが初回撮影の仮台本です」

副校長から一部ずつ渡された紙には、僕たちの立ち位置と台詞が秒単位で記されていた。

〈白鳥、カメラへ向かって挨拶〉

〈黒馬、白鳥の隣へ一歩近づく〉

〈黒馬、白鳥の肩へ手を置く。二人、顔を見合わせて笑う〉

自然な二人を見せたいと言った口で、顔を見合わせる時刻まで指定する。広報室では、自然も印刷して配布されるらしい。

黒馬は台本を読んだあと、首を少し傾げた。

「肩は、右と左、どっちですか」

副校長が一度、瞬いた。

「黒馬君から見て、近い方で構いません」

「立ち位置が変わったら、近い方も変わります」

台本が読めていないのではない。書かれていないことを、勝手に補っていないのだ。

「では、初回は黒馬君が白鳥君の左側に立ち、右手を白鳥君の左肩へ置きましょう。一度、構図だけ確認してもいいですか」

僕たちはモニターの前へ立った。

黒馬は指定された位置へ移動すると、すぐには手を上げなかった。

「白鳥、左肩、触っていい?」

台本だろ、と言いかける。

副校長が決め、僕自身も出演へ署名した。今さら肩一つを確認する意味が分からない。

それでも、僕は外向きの笑顔で答えた。

「はい。大丈夫です」

「分かった」

大きな右手が、僕の左肩へ静かに置かれた。

予告されていたのに、呼吸が一拍遅れる。けれど黒馬は僕を引き寄せず、指へ力も入れなかった。副校長が端末で構図を確認すると、すぐに手を離す。

部活では仲間の肩くらい、断りなく叩いていそうな男が、台本にある接触を僕へ尋ねた。

その不釣り合いさだけが、妙に記憶へ残った。

「初回撮影は明日の放課後です。制服のまま、こちらへ来てください。詳しい動きは撮影前に確認します」

副校長は、話が無事にまとまった人の笑顔を見せた。

広報室を出ると、黒馬は本人控えと仮台本を透明なファイルへ入れた。丸めも捨てもせず、スポーツバッグの内側へしまう。

「白鳥」

「何ですか」

「企画、嫌だったのか」

足が止まりかけた。

「どうしてそう思うんです?」

「最初、別の生徒がいいって言ってた」

含みは読めないくせに、口にした事実だけは拾うらしい。

「適任者について意見を申し上げただけです」

黒馬はまた少し首を傾げた。

「嫌なら嫌って言えばいい。言わないと分からない」

随分と簡単に言う。

嫌だと言えば、相手は内容より先にこちらの人間性を採点する。期待されているのに冷たい。協調性がない。自分だけ特別だと思っている。

言えば嫌われるから、言えないのだ。

誰もが黒馬のように、言葉を言葉のまま受け取るわけではない。

「黒馬は、嫌ではないんですか」

「撮影は面倒。でも部を知ってもらえるのはいい。肩は、白鳥が嫌なら触らない」

「台本に書いてあっても?」

「白鳥の肩だから」

答えに飾りがない。

「それに、嫌になったら辞退する。書いてあった」

黒馬は、さっき受け取ったファイルを軽く叩いた。

紙に書いてあることと、その場で断れることは、同じではない。

そんな常識すら知らないのか。それとも僕が、知りすぎているのか。

「明日も、触る前に聞く」

「好きにしてください」

「好きにはしない。白鳥に聞く」

会話が通じていないはずなのに、最後の一言だけが妙に明確だった。

初回撮影は、明日の放課後。

僕はこの男と並び、肩へ手を置かれ、決められた瞬間に笑わなければならない。

この男と一緒に、王子様を演じろというのか。

一人分の笑顔を管理するだけでも面倒なのに、学校は僕へ、二人分の物語の角度まで整えろと言っているらしい。