王子様たちの憂鬱

同盟が解散してから、黒馬と交わす言葉は、時刻と場所と手順だけになった。

「明日の広報打ち合わせ、四時から」

「分かった」

「次、僕が先に入る」

「分かった」

以前なら、そのあとに一つは余計な質問がついた。僕が本当に納得しているのか、疲れていないか、近づいていいのか。言葉の裏は読めないくせに、僕が口にしなかったことを、勝手に決めずに待っていた。

今は聞かれない。

必要なことだけ確認し、終われば別々の方向へ歩く。廊下で肩が触れそうになれば、黒馬の方が先に避けた。

学校公式の画面には、僕たちの沈黙と無関係に〈衝撃の決裂。文化祭で二人は最後に何を語るのか〉という告知が残り続けている。校内で「本当に仲が悪かったの」と聞かれれば、僕は「企画については学校から発表があると思います」と答えた。

誰にも嘘はついていない。誰にも本当のことも渡していない。以前の僕なら、それを上出来と判定しただろう。

離れてほしかったのは僕だ。
望みどおりになったのだから、もう少し満足してもよさそうなものだった。

数日ぶりに旧放送室へ入ると、椅子を引く音が一つしか響かなかった。

扉側のいつもの席へ座る。向かいの壁側には誰もいない。机の上へ菓子の袋が置かれることも、的外れな質問で分析を止められることもない。

静かで、作業には理想的だった。

最悪に居心地が悪い。

鍵付き収納を開けると、王子様廃業同盟のノートは最下段に残っていた。最初のページでは、三番目の〈重要な作戦は必ず相談する〉が、破られた事実だけを黙って残している。その下の四番目――〈どちらかが辞めると言ったら解散する〉の余白へ、黒馬の字で〈解散〉と書かれている。

ノートは破られていない。僕の署名も消されていない。黒馬は僕の秘密を外へ出すことも、書き足した作戦を嘲笑することもしなかった。ただ、二人で決めた規則を使って、二人の関係を終わらせた。

僕よりよほど、同盟を対等なものとして扱っている。

紙資料の束はない。黒馬が自分の鞄へ持ち帰ったからだ。

僕はノートを閉じ、代わりに自分の鞄から出演同意書の控えと端末を出した。

初期の頃、公開前確認がまだ形だけでも行われていた時期に、放送部から送られてきた未編集素材を、僕は消さずに残している。撮影開始から終了までの完全な原本ではない。それでも公開版より前後が長く、切られた声や、指示が入る前の動作が映っていた。

体育館での撮影データを再生する。

画面の中の黒馬は、僕の腰へ手を伸ばす前に動きを止めた。声を落として許可を求め、僕が返事をしてから触れる。公開版では、その数秒がきれいに削られていた。

触れるかどうかを、黒馬は僕に決めさせた。

一番重要なところで、僕は黒馬に決めさせなかった。

次に開いたのは、未編集素材ではなく、学校公式に残る切り抜き動画だった。

撮影終了後も生きていたマイクが、僕の声を拾っている。

『黒馬は本当に何も考えていない』

そこで音声が切れる。

続きは、僕の記憶の中にしかない。

『だからあいつの言葉は嘘じゃない』

二つで一つだった言葉を、学校は最初の一文だけにした。

その下に、数日前の公式生配信を並べる。

『僕たちは友達ですらない』

『学校に言われて一緒にいただけ』

『個人的に親しくなりたいと思ったことはない』

こちらは一言も切られていない。
僕が、最も傷つく順番へ並べた完成品だからだ。

画面の端で、僕の左手が右手の親指を包んでいた。

あれは黒馬を守るためだった。

推薦と部費を人質のように置かれたまま、嫌な企画へ出る必要はない。圧力を選択と呼ぶ大人から、黒馬を外すには、二人の商品価値を壊すしかなかった。

何度も繰り返した理屈は、よく磨かれている。鏡の前の笑顔と同じで、どこから見ても破綻がない。

端末の横へ置いた同意書には、参加は自由意思による、いつでも辞退できる、公開前に本人が確認すると書かれていた。

その文面を説明した時、久世副校長は穏やかに言った。

――生徒には、自分の価値が分からない。だから大人が、見せ方を決める必要がある。

当時の僕は、ずいぶん都合のいい責任だと思った。

けれど僕も、同じことをした。

黒馬には、自分がどれほど追い詰められているか分からない。
黒馬には、学校の言葉の裏が分からない。
だから僕が決める。

目的が違えば、奪ったものまで変わるわけではない。
久世副校長は学校のために、僕は黒馬のために。どちらも本人へ尋ねる前に、本人には正しく選べないと決めた。

「守ろうとした」は、僕と副校長を分ける免罪符にはならない。

それでも、まだ一つだけ嘘が残っていた。

僕は本当に、黒馬だけを守ろうとしたのか。

相談していたら、黒馬は出演を続けると答えたかもしれない。部員のために、自分で嫌な方を選んだかもしれない。僕の作戦を拒んだかもしれない。

もっと怖かったのは、その先だ。

学校に作られた関係ではなく、僕たちの関係をどうしたいのかと聞かれたら、僕は答えなければならない。答えて、黒馬に選ばれなければならない。

それが怖かった。

だから僕は、黒馬が僕を拒む前に、僕から関係を壊した。
相手に選ばれない結末より、自分で選んだ破滅の方が、まだ管理できると思った。

僕が守ったのは黒馬ではない。
黒馬に選ばれない可能性から、自分を守った。

しかも、そのために、僕だけが知っていた黒馬の傷つく場所を正確に使った。

『学校もお前も、俺が何も考えられないと思ってる』

旧放送室を出る前に、黒馬はそう言った。

学校と同じだと言われた時、僕は目的が違うと反論したかった。けれど、目的の説明で相手の選択権は戻らない。切り取った側が「伝えたい意図は別だった」と言い張っても、切られた言葉が元へ戻らないのと同じだ。

性格が悪いことは、今さら発見でもない。だが性格が悪い人間にも、自分のしたことを他人のためだったと飾らない義務くらいはある。

厚い扉が二度、ノックされた。

「白鳥先輩、いらっしゃいますか」

小野寺だった。

「どうぞ」

入ってきた小野寺は、僕の端末と同意書を見て一瞬足を止めた。手には放送部の管理端末と、薄いファイルを持っている。

「ちょうどよかったです。確認していただきたいことがあります」

彼女は向かいの椅子へ座らず、机の脇へ管理端末を置いた。画面には、撮影日ごとに並んだフォルダ名と、音声データの一覧が表示されている。

「公開された切り抜きの元データです。白鳥先輩の発言は、前半と後半で一つの文脈でした。前半だけだと、意味が逆になります」

「知っている」

「はい。でも、公開版しか残っていなければ、あとから確認できません」

小野寺は緊張している時のように早口になりかけ、そこで一度息を整えた。

「放送部の正式な保管領域に、カメラの元映像とマイク音声を残しています。公開前確認をお願いした送信記録と、返事を待たずに公開された時刻も残っています。外へ持ち出したものではありません」

「削除するよう言われなかったのか」

「使わない素材は整理していいと言われました。でも、これは使わない場面ではなく、意味を確認するために必要な前後です」

小野寺の声は小さい。それでも、言葉は止まらなかった。

「私、映像で、言っていないことを言ったようにしたくありません。だから元データは消していません」

小野寺は薄いファイルの端を握り直した。

「最初のオープンキャンパスで、私が進行を飛ばした時、白鳥先輩は配信では音声確認にしてくれました。でも内部の記録は進行調整でいい、機材故障にする必要はないって言いましたよね。私が原本も残しますと言ったら、そうしてくださいって」

「言った」

「失敗した人を守ることと、記録を変えることは同じじゃないんだと思いました。今回も、私がそうしたいから残しています。助けてもらったお返しだけではありません」

「それを僕に見せて、どうしてほしい?」

「今は、何も」

即答だった。

「残っていると知っておいてください。私は原本を消しません。でも、白鳥先輩たちがこれから何をするかを、私が決めるつもりもありません」

小野寺は薄いファイルから、保存されている記録の一覧だけを一枚取り出し、机へ置いた。

「必要になったら、正式な手順で確認できるようにします」

それだけ言って、彼女は管理端末を閉じた。

答えも作戦も渡さない。
事実を示し、自分のすることだけを決め、僕の選択は僕へ残す。

一年生にできることを、僕は一番近い相手へしなかった。

小野寺が出ていったあと、僕は文化祭台本のデータを開いた。

〈白鳥、謝罪〉
〈黒馬、十秒間見つめる〉
〈肩を抱き、「これからも一緒」と答える〉

学校は、謝罪まで商品にするつもりだ。

なら、その前に謝らなければならない。
カメラの前でも、観客の前でもなく、黒馬本人へ。

学校の圧力があった。守るつもりだった。ほかに方法がなかった。

どれも事実の一部で、謝罪の後ろへ置けば言い訳になる。

僕は連絡画面を開いた。

最初に、〈守るつもりだった〉と打った。消した。

次に、〈話し合いたい〉と打った。これも消した。対等な相談の形に整えても、僕が先に話すべきことは変わらない。

好かれる返事を引き出すための文章ではなく、拒否する余地を残す文章を考える。そんな短い文に、普段の愛想より時間がかかった。

〈部活が終わったら、体育館裏で待つ。謝りたい。来たくなければ来なくていい〉

送信してから、返事は来なかった。

それでも放課後、僕は体育館裏へ向かった。

ボールが床を打つ音、靴底が鳴る音、短い掛け声。壁一枚の向こうに黒馬のいる場所がある。

謝罪は、相手を戻すための台詞ではない。
許される角度へ顔を向けることでもない。

黒馬が来ないなら、それも黒馬の選択だ。
来て、許さないと言うなら、それを聞く。

やがて体育館の音が止み、裏口の扉が開いた。

練習着の上へジャージを羽織り、スポーツバッグを肩に掛けた黒馬が現れる。

僕の前から二歩分離れた場所で止まった。

触れない。
笑わない。
僕の続きを、勝手に決めない。

黒馬は僕を見て、一言だけ聞いた。

「何」