広報室の長机に置かれた台本は、昨日の抱擁より先に、僕たちの仲直りを完成させていた。
表紙には〈文化祭特別企画 二人の王子、感動の仲直り〉とある。
僕と黒馬が喧嘩をした事実はない。黒馬は切り抜かれる前の言葉を聞いていて、僕を誤解してもいなかった。昨日、旧放送室で確かめた。
それでも紙の中では、僕はすでに黒馬を傷つけ、黒馬は十秒間の葛藤を経て僕を許している。
〈白鳥、観客へ向き直る〉
〈白鳥「誤解を招く言葉で、黒馬を傷つけてしまいました。ごめんなさい」〉
〈黒馬、白鳥を十秒見つめる〉
〈八秒目で表情を和らげ、右腕で白鳥の肩を抱く。そのまま七秒〉
〈黒馬「白鳥。これからも一緒にやっていこう」〉
昨日の黒馬は、僕の手へ触れる前にも、抱き寄せる前にも尋ねた。僕が離れないと答えたあとでしか、腕へ力を込めなかった。
この紙には、僕の返事を書く欄がない。
自然な仲直りというものは、秒針を見ながら行うらしい。
「切り抜き動画によって、二人の関係を心配する声が出ています」
久世副校長は、僕たちの向かいで穏やかに指を組んでいた。
「文化祭は、誤解を解くよい機会です。白鳥君が率直に謝り、黒馬君が受け入れる。二人の信頼が伝われば、今回の件も前向きな物語へ変えられます」
前向きな物語。
人の発言から都合の悪い後半を切り落とした口で、よくそこまで滑らかに言えるものだ。舌に編集機能でもついているのだろう。
「やりません」
黒馬が言った。
副校長の笑顔は動かなかった。
「どの部分に抵抗がありますか」
「全部です。白鳥は俺を傷つけてません。俺は怒ってない。喧嘩してないので、仲直りもできません」
実に正しい。
広報には最も向かない種類の正しさだ。
「黒馬君がそう感じていることは理解しています。ただ、これは君たち二人だけの感情を再現する企画ではありません。公開された映像を見た人へ、関係が損なわれていないと伝えるための表現です」
「損なわれてないなら、そう言えばいいです」
「言葉だけでは伝わりにくいこともあります。視線や動作を含めて見せることで――」
「嘘を本物っぽくするんですか」
僕は膝の上で指を重ねた。
黒馬は言葉の裏を読めない。その代わり、表に書かれた矛盾を踏みつけず、真正面から拾い上げる。
「副校長」
外向きの声は、自分でも感心するほど柔らかかった。
「誤解を解くために、事実ではない謝罪と仲直りを見せるのは逆効果ではないでしょうか。未編集の音声を公開すれば済む話です」
「未編集素材には、公開を想定していない会話も含まれます。生徒のプライバシーを守る観点から、慎重な判断が必要です」
こちらのプライバシーを切り刻んだ人間が、急に保護者の顔をした。
「それなら、該当部分の全文だけを使ってください」
「編集方針は、発言した本人だけでなく、映り込んだ生徒や学校全体への影響も考える必要があります。君たちに不利益が残らない形を、こちらで整えたいのです」
こちらで整える。
僕が何年も使ってきた言葉と、よく似ていた。
「もちろん、無理にとは言いません」
副校長は新しい一枚を台本の横へ置いた。
表題は〈文化祭企画参加に関する確認事項〉。末尾には久世征司の名前と、今日の日付が印字されている。
「ただ、黒馬君はスポーツ推薦を目標にしていると聞いています。まだ候補の段階ですから、競技成績だけでなく、普段の学校生活や活動への姿勢も含めて総合的に見られます」
紙の中央には、丁寧な書体でこうあった。
〈学校活動への貢献度は、校内推薦の総合評価に含まれます〉
「また、男子バスケットボール部から申請されている特別遠征費も、現在、年度内予算との調整中です。企画への参加だけで決まるものではありませんが、学校活動全体への効果を踏まえ、優先順位は総合的に判断されます」
次の行には、さらに簡潔な文があった。
〈企画を辞退した場合、部活動特別遠征費を再検討します〉
脅迫は、主語を予算にすると事務連絡になるらしい。
僕の声量が落ちた。
「黒馬が断れば、推薦の評価と部の予算に影響する、という意味ですか」
「影響を一つの要素へ単純化することはできません。どちらも総合的な判断です。だからこそ、君たちには将来まで考えて選んでほしいのです」
選べ、と言いながら、片方の皿へ推薦と仲間を積む。
天秤が傾いたあとで本人に指を差させれば、自由意思になるらしい。
黒馬は連絡文を最初からもう一度読んだ。曖昧な説明より、紙に書かれた二行の方を覚えようとしているのだろう。
「今日は決めません。部に確認します」
「もちろんです。自分で納得した上で返事をしてください」
副校長は、選択肢を与えた大人の顔でうなずいた。
◇
体育館では、部員たちが練習前の準備をしていた。
黒馬はスポーツバッグを床へ置き、主将の宮坂を呼んだ。僕は入口の壁際に残った。部外者が部費の相談へ首を突っ込むのは不自然だが、他人の将来を道具にする相談へ同席した直後なのだから、今さら礼儀だけ守っても仕方がない。
「特別遠征費、まだ決まってない?」
黒馬が尋ねると、宮坂はボール籠を止めた。
「ああ。夏休み後半の県外練習試合だろ。貸切バスと一泊分を申請してる。通らなければ日帰りに変えるか、参加を十八人から十二人に絞るって顧問が言ってた」
「六人は行けない?」
「今の予算ならな。保護者負担を増やす案もあるけど、全員が出せるとは限らない。だから特別費を申請した」
コートでは一年生が得点板を運び、二年生が床の汗を拭いている。十二人に絞るなら、ここにいる全員は行けない。
「広報に出ないと、見直すって言われた」
宮坂の眉が寄った。
「それをお前一人で背負うな。遠征は部の問題だ。出るかどうかは、お前が決めろ。断ったからって、誰もお前を責めない」
責めない。
それはたぶん本当だった。
けれど、責められないことと、置いていかれる六人が消えることは別だ。
黒馬はコートを一度見た。それから、僕へ視線を向けた。
「白鳥。旧放送室、寄れる?」
嫌な予感がした。
僕の予感は、たいてい相手が正しい時ほどよく当たる。
◇
旧放送室へ入ると、黒馬は広報室でもらった連絡文と台本を端までそろえた。内容の違う二枚を重ね、いつものように二つ折りにする。
「出る」
透明なファイルへ入れながら、黒馬は言った。
「馬鹿なのか」
「考えた」
「考えた結果、脅した相手の望みどおりに動くのか」
「遠征に行きたい。推薦も取りたい。宮坂たちを巻き込みたくない。だから出る」
「それは選ばされた答えだ」
「俺が決めた」
「圧力下の選択は選択ではない」
黒馬はファイルを鞄へしまい、僕を見た。
「嫌だけど、俺が決めた」
短い言葉だった。
だから、僕が都合よく解釈できる隙間がない。
「自由じゃないのは分かる。でも、条件が悪いからって、俺が考えて決めたことまでなくすな」
「お前は、学校に利用されている」
「分かってる」
「一度受け入れれば、次も同じ方法を使われる。推薦、部費、部員。お前が断れないものを、必要なだけ増やされるぞ」
「次に言われたら、その時また考える」
「遅い。最初の一度を渡した時点で、学校は有効な手段だと覚える」
「だからって、白鳥が今の俺の答えを無効にするのか」
言い返す言葉はあった。
黒馬より僕の方が、人間の圧力も、大人の逃げ道も知っている。僕が選んだ方が損失は少ない。本人が間違った出口へ進もうとしているなら、正しい方へ向けるのが合理的だ。
それを声にすれば、副校長と同じ形になる気がした。
「分かっていない。あの台本どおりに肩を抱けば、昨日お前が自分で選んだことまで、学校の演出と同じにされる」
昨日、黒馬の腕に囲われた時、僕は離れなかった。
あれはカメラのない場所で、一つずつ許可を渡して起きたことだ。七秒の指示も、感動用の台詞もなかった。
だからこそ、似た形を学校へ渡したくなかった。
「俺も嫌だ」
黒馬は言った。
「白鳥に嘘の謝罪をさせるのも、撮影で触るのも嫌。でも、出るかどうかは俺が決める。台本は直してほしいって言う」
「通らなければ?」
「その時、また決める」
「何度選ばせてもらえると思っている」
「少なくとも、白鳥が先に決めることじゃない」
胸の奥で、何かが細く軋んだ。
黒馬は少し黙ってから続けた。
「白鳥が俺のために怒るのは、うれしい」
不意打ちに、息が止まりかけた。
「でも、心配するのと、俺の答えを変えるのは別だ」
うれしいなら、任せればいい。
僕なら、黒馬が傷つかず、部員も巻き込まれず、学校が使えない結末を選べる。
そう言いかけて、飲み込んだ。
「白鳥は、どうする?」
「何を」
「文化祭に出るか。俺の返事じゃなくて、白鳥の返事」
僕は答えなかった。
黒馬は催促せず、スポーツバッグを肩へ掛けた。
「明日、副校長に俺の返事をする。白鳥は自分で決めて」
扉が閉まる。
昨日はその腕の中にいたのに、今日は同じ部屋で、選択という言葉だけが僕たちの間へ残った。
長机の上には、同盟ノートと配信予定表がある。
〈文化祭特別企画・事前生配信〉
〈テーマ 切り抜き騒動後の二人の本音〉
僕たちが何を選んでも、学校は選んだ結果を次の物語にする。
拒否すれば不仲。出れば仲直り。黙れば意味深。話せば本音。
なら、商品そのものを壊すしかない。
僕は同盟ノートを開いた。
第三の規則が目に入る。
〈重要な作戦は必ず相談する〉
黒馬へ相談すれば、止めるだろう。
自分で決めたと言って、僕にも選ばせようとするだろう。
それでは守れない。
僕はノートを閉じ、鍵付き収納へ戻した。
左手で右手の親指を包んだ。
僕と黒馬が特別だから、学校は仲直りを売れる。
謝る価値のある関係も、許す価値のある関係も、最初から存在しないと見せればいい。
なら、二人の関係そのものをなくせばいい。
表紙には〈文化祭特別企画 二人の王子、感動の仲直り〉とある。
僕と黒馬が喧嘩をした事実はない。黒馬は切り抜かれる前の言葉を聞いていて、僕を誤解してもいなかった。昨日、旧放送室で確かめた。
それでも紙の中では、僕はすでに黒馬を傷つけ、黒馬は十秒間の葛藤を経て僕を許している。
〈白鳥、観客へ向き直る〉
〈白鳥「誤解を招く言葉で、黒馬を傷つけてしまいました。ごめんなさい」〉
〈黒馬、白鳥を十秒見つめる〉
〈八秒目で表情を和らげ、右腕で白鳥の肩を抱く。そのまま七秒〉
〈黒馬「白鳥。これからも一緒にやっていこう」〉
昨日の黒馬は、僕の手へ触れる前にも、抱き寄せる前にも尋ねた。僕が離れないと答えたあとでしか、腕へ力を込めなかった。
この紙には、僕の返事を書く欄がない。
自然な仲直りというものは、秒針を見ながら行うらしい。
「切り抜き動画によって、二人の関係を心配する声が出ています」
久世副校長は、僕たちの向かいで穏やかに指を組んでいた。
「文化祭は、誤解を解くよい機会です。白鳥君が率直に謝り、黒馬君が受け入れる。二人の信頼が伝われば、今回の件も前向きな物語へ変えられます」
前向きな物語。
人の発言から都合の悪い後半を切り落とした口で、よくそこまで滑らかに言えるものだ。舌に編集機能でもついているのだろう。
「やりません」
黒馬が言った。
副校長の笑顔は動かなかった。
「どの部分に抵抗がありますか」
「全部です。白鳥は俺を傷つけてません。俺は怒ってない。喧嘩してないので、仲直りもできません」
実に正しい。
広報には最も向かない種類の正しさだ。
「黒馬君がそう感じていることは理解しています。ただ、これは君たち二人だけの感情を再現する企画ではありません。公開された映像を見た人へ、関係が損なわれていないと伝えるための表現です」
「損なわれてないなら、そう言えばいいです」
「言葉だけでは伝わりにくいこともあります。視線や動作を含めて見せることで――」
「嘘を本物っぽくするんですか」
僕は膝の上で指を重ねた。
黒馬は言葉の裏を読めない。その代わり、表に書かれた矛盾を踏みつけず、真正面から拾い上げる。
「副校長」
外向きの声は、自分でも感心するほど柔らかかった。
「誤解を解くために、事実ではない謝罪と仲直りを見せるのは逆効果ではないでしょうか。未編集の音声を公開すれば済む話です」
「未編集素材には、公開を想定していない会話も含まれます。生徒のプライバシーを守る観点から、慎重な判断が必要です」
こちらのプライバシーを切り刻んだ人間が、急に保護者の顔をした。
「それなら、該当部分の全文だけを使ってください」
「編集方針は、発言した本人だけでなく、映り込んだ生徒や学校全体への影響も考える必要があります。君たちに不利益が残らない形を、こちらで整えたいのです」
こちらで整える。
僕が何年も使ってきた言葉と、よく似ていた。
「もちろん、無理にとは言いません」
副校長は新しい一枚を台本の横へ置いた。
表題は〈文化祭企画参加に関する確認事項〉。末尾には久世征司の名前と、今日の日付が印字されている。
「ただ、黒馬君はスポーツ推薦を目標にしていると聞いています。まだ候補の段階ですから、競技成績だけでなく、普段の学校生活や活動への姿勢も含めて総合的に見られます」
紙の中央には、丁寧な書体でこうあった。
〈学校活動への貢献度は、校内推薦の総合評価に含まれます〉
「また、男子バスケットボール部から申請されている特別遠征費も、現在、年度内予算との調整中です。企画への参加だけで決まるものではありませんが、学校活動全体への効果を踏まえ、優先順位は総合的に判断されます」
次の行には、さらに簡潔な文があった。
〈企画を辞退した場合、部活動特別遠征費を再検討します〉
脅迫は、主語を予算にすると事務連絡になるらしい。
僕の声量が落ちた。
「黒馬が断れば、推薦の評価と部の予算に影響する、という意味ですか」
「影響を一つの要素へ単純化することはできません。どちらも総合的な判断です。だからこそ、君たちには将来まで考えて選んでほしいのです」
選べ、と言いながら、片方の皿へ推薦と仲間を積む。
天秤が傾いたあとで本人に指を差させれば、自由意思になるらしい。
黒馬は連絡文を最初からもう一度読んだ。曖昧な説明より、紙に書かれた二行の方を覚えようとしているのだろう。
「今日は決めません。部に確認します」
「もちろんです。自分で納得した上で返事をしてください」
副校長は、選択肢を与えた大人の顔でうなずいた。
◇
体育館では、部員たちが練習前の準備をしていた。
黒馬はスポーツバッグを床へ置き、主将の宮坂を呼んだ。僕は入口の壁際に残った。部外者が部費の相談へ首を突っ込むのは不自然だが、他人の将来を道具にする相談へ同席した直後なのだから、今さら礼儀だけ守っても仕方がない。
「特別遠征費、まだ決まってない?」
黒馬が尋ねると、宮坂はボール籠を止めた。
「ああ。夏休み後半の県外練習試合だろ。貸切バスと一泊分を申請してる。通らなければ日帰りに変えるか、参加を十八人から十二人に絞るって顧問が言ってた」
「六人は行けない?」
「今の予算ならな。保護者負担を増やす案もあるけど、全員が出せるとは限らない。だから特別費を申請した」
コートでは一年生が得点板を運び、二年生が床の汗を拭いている。十二人に絞るなら、ここにいる全員は行けない。
「広報に出ないと、見直すって言われた」
宮坂の眉が寄った。
「それをお前一人で背負うな。遠征は部の問題だ。出るかどうかは、お前が決めろ。断ったからって、誰もお前を責めない」
責めない。
それはたぶん本当だった。
けれど、責められないことと、置いていかれる六人が消えることは別だ。
黒馬はコートを一度見た。それから、僕へ視線を向けた。
「白鳥。旧放送室、寄れる?」
嫌な予感がした。
僕の予感は、たいてい相手が正しい時ほどよく当たる。
◇
旧放送室へ入ると、黒馬は広報室でもらった連絡文と台本を端までそろえた。内容の違う二枚を重ね、いつものように二つ折りにする。
「出る」
透明なファイルへ入れながら、黒馬は言った。
「馬鹿なのか」
「考えた」
「考えた結果、脅した相手の望みどおりに動くのか」
「遠征に行きたい。推薦も取りたい。宮坂たちを巻き込みたくない。だから出る」
「それは選ばされた答えだ」
「俺が決めた」
「圧力下の選択は選択ではない」
黒馬はファイルを鞄へしまい、僕を見た。
「嫌だけど、俺が決めた」
短い言葉だった。
だから、僕が都合よく解釈できる隙間がない。
「自由じゃないのは分かる。でも、条件が悪いからって、俺が考えて決めたことまでなくすな」
「お前は、学校に利用されている」
「分かってる」
「一度受け入れれば、次も同じ方法を使われる。推薦、部費、部員。お前が断れないものを、必要なだけ増やされるぞ」
「次に言われたら、その時また考える」
「遅い。最初の一度を渡した時点で、学校は有効な手段だと覚える」
「だからって、白鳥が今の俺の答えを無効にするのか」
言い返す言葉はあった。
黒馬より僕の方が、人間の圧力も、大人の逃げ道も知っている。僕が選んだ方が損失は少ない。本人が間違った出口へ進もうとしているなら、正しい方へ向けるのが合理的だ。
それを声にすれば、副校長と同じ形になる気がした。
「分かっていない。あの台本どおりに肩を抱けば、昨日お前が自分で選んだことまで、学校の演出と同じにされる」
昨日、黒馬の腕に囲われた時、僕は離れなかった。
あれはカメラのない場所で、一つずつ許可を渡して起きたことだ。七秒の指示も、感動用の台詞もなかった。
だからこそ、似た形を学校へ渡したくなかった。
「俺も嫌だ」
黒馬は言った。
「白鳥に嘘の謝罪をさせるのも、撮影で触るのも嫌。でも、出るかどうかは俺が決める。台本は直してほしいって言う」
「通らなければ?」
「その時、また決める」
「何度選ばせてもらえると思っている」
「少なくとも、白鳥が先に決めることじゃない」
胸の奥で、何かが細く軋んだ。
黒馬は少し黙ってから続けた。
「白鳥が俺のために怒るのは、うれしい」
不意打ちに、息が止まりかけた。
「でも、心配するのと、俺の答えを変えるのは別だ」
うれしいなら、任せればいい。
僕なら、黒馬が傷つかず、部員も巻き込まれず、学校が使えない結末を選べる。
そう言いかけて、飲み込んだ。
「白鳥は、どうする?」
「何を」
「文化祭に出るか。俺の返事じゃなくて、白鳥の返事」
僕は答えなかった。
黒馬は催促せず、スポーツバッグを肩へ掛けた。
「明日、副校長に俺の返事をする。白鳥は自分で決めて」
扉が閉まる。
昨日はその腕の中にいたのに、今日は同じ部屋で、選択という言葉だけが僕たちの間へ残った。
長机の上には、同盟ノートと配信予定表がある。
〈文化祭特別企画・事前生配信〉
〈テーマ 切り抜き騒動後の二人の本音〉
僕たちが何を選んでも、学校は選んだ結果を次の物語にする。
拒否すれば不仲。出れば仲直り。黙れば意味深。話せば本音。
なら、商品そのものを壊すしかない。
僕は同盟ノートを開いた。
第三の規則が目に入る。
〈重要な作戦は必ず相談する〉
黒馬へ相談すれば、止めるだろう。
自分で決めたと言って、僕にも選ばせようとするだろう。
それでは守れない。
僕はノートを閉じ、鍵付き収納へ戻した。
左手で右手の親指を包んだ。
僕と黒馬が特別だから、学校は仲直りを売れる。
謝る価値のある関係も、許す価値のある関係も、最初から存在しないと見せればいい。
なら、二人の関係そのものをなくせばいい。



