王子様たちの憂鬱

本物を見せれば、さすがに売れない。

偽物の口論まで「互いに本音をぶつけられる特別な関係として使える」と評価された翌日、僕は旧放送室の長机で、王子様廃業同盟のノートへ新しい作戦を書いた。

〈次の作戦 台本なし生配信〉

壁側の椅子に座った黒馬が、ページをのぞき込む。

「これで終わる?」

「終わらせる。台本どおりの失敗も、本物の口論も売られた。残っているのは、加工前の僕らを最初から最後まで見せることくらいだ」

僕はその下へ条件を足した。

第三者の秘密は話さない。個人を名指しで攻撃しない。答えたくない質問には答えない。互いのことを話す時は、本人がその場で止められるようにする。

同盟の規則を守った上で、僕は笑顔をやめる。黒馬は分からないことを分かったふりしない。学校が用意した王子様ではなく、僕ら自身の言葉だけで、予定された配信時間を持たせる。

「これでいいか」

黒馬は一項目ずつ読み、最後まで指で追ってからうなずいた。

「いい。俺もやる」

「あとで嫌になったら言え。配信が始まる前なら中止する」

「白鳥も」

互いに確認した。

これは事故ではない。学校の台本が破れた拍子に本性が映るのでもない。

僕たちが相談し、選び、カメラの前へ出す。

だから失敗しても、学校のせいにはできなかった。



「台本を置かない、ということですか」

広報室で提案を聞いた久世副校長は、すぐ却下しなかった。

「はい。前回は、作られた質問と作られた口論の境目が曖昧になりました。次は最初から自由企画にした方が、視聴者にも誤解がありません」

僕は穏やかな敬語で、自分の処刑台を組み立てた。

副校長は机上の端末へ直近企画への反応を表示した。関連動画の再生数もコメント数も伸びている。

「確かに、君たち自身の反応へ関心が集まっています。学校名や個人情報、第三者への中傷は避ける。危険な質問は放送部側で非表示にする。それでよければ、今回は『自由企画』として試してみましょう」

「ありがとうございます」

「質問も事前には見ません」

黒馬が付け足す。

「それで困らないのですか」

「分からなかったら聞き返します」

副校長は小さく笑った。

「それも黒馬君らしさですね」

失敗を魅力へ変換する準備が、すでに始まっている。

それでも僕は、今回は違うと思った。

一部分だけなら「意外な一面」で済む。だが配信時間いっぱい、加工前の僕らを流し続ければ、王子様という薄い包装紙くらい溶けるはずだ。

配信は三日後、放課後に決まった。



赤いランプが点いた。

小野寺がカメラの横で開始の合図を出す。僕と黒馬の前には端末が一台。台本も進行表も、床の立ち位置を示すテープもない。

「こんにちは。ダブルプリンスのお二人です。本日は、お二人の希望により台本なしでお送りします」

小野寺がそこまで紹介し、僕へ視線を送った。

普段なら、口角を上げる。

上げなかった。

「白鳥衛です。今日は学校から配布された人格が休みなので、愛想は各自で補ってください」

小野寺の肩が小さく揺れた。笑ったのか、事故を予感したのかは分からない。

黒馬が続ける。

「黒馬柾です。分からない質問は聞き返します」

「宣言するほどのことではない。普段からそうだろ」

「今日は言っておいた方がいいと思った」

「そこだけ急に学習するな」

コメントが一気に流れ始めた。

最初に拾ったのは、〈白鳥先輩は、いつも本心から笑っているんですか〉だった。

「いいえ。笑顔も僕ですが、毎回心の底から楽しいわけではありません。毎日そうなら、先に保健室へ連れていくべきです」

小野寺がカメラの陰で口元を押さえる。

「笑う方が面倒が少ないから笑っています。不機嫌そうにすると『大丈夫?』と聞かれ、理由を説明し、相手を安心させる仕事が増える。笑顔は省エネルギーです」

黒馬が僕を見る。

「学校で笑ってる時、瞬き少ない」

「今それを公開する必要があったか?」

「質問に関係あると思った」

〈本当に素だった〉
〈白王子、思ってたより性格悪い〉
〈でも説明が具体的で分かりやすい〉

想定していた幻滅が来た。

胸の奥が、わずかに固くなる。

けれどコメントは止まらなかった。罵倒にもならず、画面から人が消えていく様子もない。

次は黒馬への質問だった。

〈黒馬先輩は、無口でクールに見せてるんですか〉

黒馬は首を傾げた。

「『見せてる』って、わざと黙ってるかって意味?」

小野寺がうなずく。

「返すことがない時は黙ってます。意味が分からない時もあります」

「お前の沈黙へ深い意味を感じていた人間が、今まとめて被害届を書いている」

「どこに出すんだ」

「比喩だ」

「じゃあ、書いてない?」

「もういい」

画面を埋めたのは、落胆ではなく笑いを示す反応だった。

王子様は壊れている。

間違いなく壊れているはずなのに、視聴者は破片を拾って「こちらの方が本人らしい」と喜んでいる。

失敗の気配がした。

それでも、ここまで来て引き返す気はなかった。

僕は次のコメントを選ぶ。

〈ダブルプリンス企画の好きなところはどこですか〉

「質問に前提を埋め込むな。僕が好きだと、いつ決まった」

「俺は部の紹介ができたところ」

「一項目見つかっただけで企画全体が無罪になると思うな」

黒馬は少し考えた。

「白鳥と話すようになったのも、企画が始まったから」

「お前は時々、反論のつもりなく急所へ物を置くな」

流れるコメントを無視して、僕は次を選んだ。

〈二人は本当に仲がいいんですか〉

「学校がつけた『最高の相棒』という札ほどではありません」

「でも、話すのは続いてる」

「仲の良さを会話の継続日数で測るな」

「嫌なら続けないと思う」

前回、僕が逃げ道として使った言葉を、こいつは勝手に美化せず、そのまま返してきた。

コメントが速すぎて読めなくなる。小野寺が一度、落ち着くよう手を下げた。

その中から、黒馬が一つを指した。

〈黒馬先輩は、白鳥先輩のこういう素顔を知って、がっかりしませんでしたか〉

「がっかりって、前の方がよかったと思うかってこと?」

「そういう意味だ」

僕が答えた。

喉の奥が少し乾く。

これは作戦だ。黒馬が性格の悪い僕をどう評価しているか、カメラの前で確認するための場ではない。

だが黒馬は、普段と同じように質問を言葉どおり受け取った。

「性格悪いとは思った」

「そこはもう十分伝わっている」

「でも、俺は学校で笑ってる白鳥より、今の白鳥の方が好きだけど」

息が止まった。

触れられていないのに、腰へ手を置かれた時と同じように、一拍だけ。

赤いランプが見える。

小野寺がいる。久世副校長も別室のモニターで見ているはずだ。画面の向こうには、数え切れない目がある。

それでも今の言葉だけが、旧放送室で二人きりの時と同じ近さで届いた。

「……その言い方は、誤解を招く」

ようやく出た声は、普段より低かった。

黒馬が首を傾げる。

「何と?」

「それを僕に説明させる気か」

「俺は、今の白鳥の方が何を言ってるか分かるから好きって言った」

「補足しても安全にはなっていない」

コメント欄は完全に役目を放棄し、記号と短い叫びで埋まった。

僕は端末を伏せたくなった。だが、それをすれば動揺を認めることになる。

代わりに次の質問を拾い、毒舌で切り返した。

その後も、食堂レビューは言いすぎではないか、喧嘩は本物だったのか、互いの嫌いなところは何かと聞かれた。

僕は、学校が欠点を丸めて美談にするやり方が嫌いだと答えた。黒馬は僕が説明を勝手に補いすぎるところが面倒だと言った。僕も、黒馬が曖昧な言葉を一つずつ止めるせいで会話が渋滞すると返した。

互いを美化しなかった。

それでも、隣の椅子は空かなかった。

終了時刻になり、小野寺が締めの合図を出した。

「以上です。今日の内容で王子様への期待が損なわれた方は、今後もっと有意義な動画をご覧ください」

「俺は、またやってもいい」

「勝手に次回を作るな」

赤いランプが消えた。

その瞬間、肩から何かが落ちた。

配信中、笑顔を作らなかった。性格の悪さも、他人を観察して管理していることも隠さなかった。

数人は、思っていた人と違うと書いた。

それでも配信は最後まで続き、黒馬は隣にいた。

本性を見せたら、関係は壊れる。

長い間、疑う必要すらないと思っていた答えが、初めて間違っているように見えた。

「白鳥」

「何だ」

「顔、赤い」

「照明だ」

「もう消えてる」

「黙れ」

左手で右手の親指を包むほどの嘘ではない。小さすぎて、見逃される種類の嘘だ。

「さっきの『好き』は、どういう意味だ」

聞いた直後に、今の一文だけ時系列から削除したくなった。

黒馬は少し首を傾げる。

「今の白鳥の方が、一緒にいて分かりやすいって意味」

「好きにも種類があるだろ」

「それは、まだ分からない。でも今の方が好きなのは分かる」

聞かなければよかった。

そして、聞けてよかったと思った自分が、もっと気に入らない。

僕は黒馬を、好きなのかもしれない。

認めた瞬間、胸の内側へ落ちた言葉は、意外なほど静かだった。



旧放送室へ戻った時、配信結果はすでに届いていた。

同時視聴数、コメント数、配信後の反応。どれも過去最高だった。

僕は王子様廃業同盟のノートへ、まだ結果を書けずにいた。

「失敗?」

黒馬が聞く。

「外的にはな」

「外じゃない方は?」

「分類を増やすな」

答えられないまま、扉がノックされた。

僕はノートを閉じ、鍵付き収納へ滑り込ませた。黒馬が扉を開ける。

久世副校長が薄いファイルを持って入ってくる。

「お疲れさまでした。大成功でしたね」

「僕たちは、王子様らしくない部分を見せました」

「ええ。そこに価値がありました」

副校長は満足そうに端末を示した。

「整えられた姿だけでなく、率直な言葉や不器用な反応も含めて君たちだと、視聴者が受け入れた。今後は『素顔こそ価値』という方針で、文化祭までの企画を展開したいと思います」

僕は笑わなかった。

「今日の配信は、僕たちが今回だけ選んだものです」

「もちろんです。だからこそ、君たちの意思を尊重した自然な企画として広げられる。細部は相談しながら進めましょう」

一度、自分で見せた。

その事実が、今後も見せてよいという許可へ、目の前で書き換えられていく。

副校長が長机へファイルを置いた。

表紙には、〈王子様たちの素顔密着企画〉とある。

中の予定表には、昼休み、バスケットボール部の練習、下校時の撮影候補が並んでいた。授業の合間、黒馬の部活、学校を出たあとの時間まで、空白へカメラの予定が差し込まれている。

「次回から試験的に始めます。お二人の負担にならないよう、撮影時間は調整します」

黒馬が予定表を見た。

「作戦会議って、何の作戦ですか」

「普段のお二人の打ち合わせを、視聴者に伝わりやすく表現した仮称です」

本当の同盟を知らずに、言葉だけがこちらの秘密へ踏み込んでいる。

副校長が去ったあとも、ファイルだけが机の中央に残った。

黒馬が最後の行を指す。

〈二人きりの作戦会議撮影候補〉

僕たちが自分で開けた扉の向こうから、学校はもう、靴を脱ぐ気もなく入ってこようとしていた。