【イカれたメンバーを紹介するぜ】
バイトを始めて一か月経ち、かなり職場の人間関係がつかめてきた。
カンジと一緒にシフトに入るメンバーもだいたい把握して、おしゃべりする余裕もでてきたところだ。
「今日は守田くんにエビの下処理をしてもらいます」
「すごい量ですね」
カンジの目の前には、バケツに入った大量のエビ。カンジの教育係をしている高峰えりか見本を見せてくれる。
「えっ、速ッ⁉︎ いま何がどうなったんですか」
「よく見てて。これが、こうなって、こう」
「高峰ちゃん、それ、説明する気ないやつや」
隣からすかさずツッコミがはいる。鋭いツッコミの主は桑久保貴志、歯科大学に通う大学生だ。
「頭をとって……こうして、こうか。できた!」
「いや、できるんかい」
桑久保はツッコミを入れながらも、手元は素早く動いていた。歯科学生だけあって手先が器用なのだ。
「はい、苦玉取りおわり。高峰ちゃん、そっち手伝うわ」
「ありがとう」
苦玉取りってなんやろ、と首を傾げていると、その様子を察した高峰が説明してくれる。
「桑久保の処理してた魚はマルハギっていって、お腹のところに苦い玉があるねん。それとっとかんと、お料理ぜんぶ苦くなっちゃうから」
「マルハギなぁ、俺の地元ではマルハゲって呼んでたけどな」
「マルハゲって、さすがにだまされませんよ」
「言うなぁ守田。でもほんまですー」
ケタケタと雑談しながらエビをむいていたら、店長、さゆりの大声が響いた。
「いい鯛入ったよー! 高峰ちゃん、守田君に鱗引き教えたってー!」
「はーい」
高峰はさゆりに返事をすると、行こ、といってカンジの手を引いた。ーーのだが、次の瞬間、勢いよくカンジの手を振り払った。
えっ、なに、僕なんかした?
カンジは戸惑うことしかできない。空気がおかしくなってどうしようもなくなったところに、さゆりが助け舟を出してくれた。
「見て、高峰ちゃん! 四キロくらいあるよ」
高峰はぎこちなく動き出し、「うわ、すごい」と元気よく声をあげた。
な、なんやったんやろ。カンジもぎくしゃくしながら鯛を見に行く。
「うわっ、モンスターみたい。鯛ってデカいと怖いですね……。捌くの大変そう」
「ゆりちゃん店長はかなり大きい魚も捌ける猛者やからね」
なんでも、小さめのマグロなら解体できるらしい。
「じつは前に、四十キロのマグロを仕入れたことがあってさあ。私やったらいけるんちゃうかと思って仕入れたんやけど、さすがにいかれへんかったわ。あれは調子のったなぁ」
「三十キロでしょ。佐藤副店長がこの前言ってましたよ。そこの数字盛ってなんの意味があるんやって」
「あはは、バレたか。じゃぁ、鱗引きよろしくね」
さらりと空気を修復し、さゆりは去っていく。
す、すごい。さすが店長
「じゃぁはいコレ。鱗引く道具」
高峰が小さな金具を渡してくれる。まだすこし固さはあるが、ほとんど元の調子を取り戻していた。
「これをこっから、ビイイーってやって」
「こ、こうかな?」
言われた通りにやってみると、ビチビチと音をたてて大量の鱗がはがれていく。新感覚だ。
「うわっ、すごいめっちゃ取れる! 芝犬の換毛期的な気持ちよさ」
カンジが夢中になって鱗をとっていると、高峰が笑った。
「楽しそうやね、守田君」
「はい。今まで知らんかったことを知って、できんかったことができるようになるの、すごく楽しいです」
「やばい、ピュア光線浴びた」
*
「ただいま、今日はエビのよせ揚げもらったで」
「おかえり! カンジ君が作ったん? うれしい」
シアンの顔を見ると、カンジの胸の中がほわっとあたたかくなる。
新しく何かできるようになったり、自由を感じた時の高揚感とはまた違う、優しいぬくもりだ。
「うれしいなぁ、はよ食べよ」
おもちゃを買ってもらった子どもが開封を待ちきれないみたいにそわそわしている。
普段少食であまり食べ物に執着がないように見えるのにこの喜びよう。
シアンが喜んでくれたら、僕も嬉しい。
「僕が練習で揚げたんやけど、バラバラになったやつ。下手くそやけどどうぞ」
ご飯やサラダ、他のおかずも盛り付けて、最後にエビのよせ揚げをのせる。
「いただきます」
カンジは、シアンの大きな口に呑み込まれていくエビを眺める。食べられて、その人の力になって。
「おいしいよ、カンジ君」
食べられて、その人の力になって、おいしいよって言ってもらえることの歓喜。
そういえば、長いこと奉納してないんやなぁ。
ぷりぷりに身の弾むエビを食べながら、カンジはしばし、エビの喜びに思いを馳せた。
*
夜は、不思議な時間だ。
昼間だったら絶対しないのに、ということをしてしまうし、逆に昼間はできないことも夜ならできたりする。
何が言いたいかというと、昼の自分に夜の自分は理解できないし、夜の自分に昼の自分は理解できないということだ。
今晩は……来るんかな。
初夏の夜は、肌寒くて厚手の寝巻きが手放せない。昼間は季節をすっ飛ばしたかのような日差しだったのに、夜はしっかり冷える。
カンジは布団をしっかり引き上げて、ぎゅっと体を丸めた。
シアン……、今日は来るんかな。
大阪に出てきた日から続いているシアンの奇行ーー奇行と言っていいと思うーー、よなよなカンジの寝室に忍び込んできて、カンジの匂いをかぐ。多分、かいでるで合っていると思う。
こっそり入ってきて、カンジの側により、思い切り息を吸う。カンジは寝たふりでやりすごし、翌朝ふたりでなんでもない顔をして話題にもださない。
シアンは多分、この奇行がバレていることに気づいていない。気づいていたら続けられないだろう。
シアンの行動が謎すぎる。一体これはなんなんだ。
もし昼間に匂いを嗅ぎにきたら、「なんなん、やめえや」と言ってしまえばそれでおしまいだ。でも夜だから、カンジはなぜか動けない。
そして今夜にいたっては、なぜかシアンを待っている。なぜだろう。夜の自分はわからない。
この夜の不思議な行為は、どこか儀式めいていて奉納を思い出させる。シアンは何もしないというのに。指一本触れることなく、カンジの側に来て、息を吸い込んで帰っていく。
だけど本能的に感じるのだ。
今自分は、深くシアンを満たしていると。
シアンを満たす喜び。それは、シアンに喜んでもらうと自分も嬉しいというような、綺麗事じみた感覚とは少し違う気がする。
相手の深いところに入り込んで、自分という存在を灼きつけるような。そう、シアンの口に飲み込まれていったあのエビのようなーーああ眠い。
夜の思考にからめとられながら、カンジは眠りに落ちていった。
そして、寝室のドアが開くーー。
バイトを始めて一か月経ち、かなり職場の人間関係がつかめてきた。
カンジと一緒にシフトに入るメンバーもだいたい把握して、おしゃべりする余裕もでてきたところだ。
「今日は守田くんにエビの下処理をしてもらいます」
「すごい量ですね」
カンジの目の前には、バケツに入った大量のエビ。カンジの教育係をしている高峰えりか見本を見せてくれる。
「えっ、速ッ⁉︎ いま何がどうなったんですか」
「よく見てて。これが、こうなって、こう」
「高峰ちゃん、それ、説明する気ないやつや」
隣からすかさずツッコミがはいる。鋭いツッコミの主は桑久保貴志、歯科大学に通う大学生だ。
「頭をとって……こうして、こうか。できた!」
「いや、できるんかい」
桑久保はツッコミを入れながらも、手元は素早く動いていた。歯科学生だけあって手先が器用なのだ。
「はい、苦玉取りおわり。高峰ちゃん、そっち手伝うわ」
「ありがとう」
苦玉取りってなんやろ、と首を傾げていると、その様子を察した高峰が説明してくれる。
「桑久保の処理してた魚はマルハギっていって、お腹のところに苦い玉があるねん。それとっとかんと、お料理ぜんぶ苦くなっちゃうから」
「マルハギなぁ、俺の地元ではマルハゲって呼んでたけどな」
「マルハゲって、さすがにだまされませんよ」
「言うなぁ守田。でもほんまですー」
ケタケタと雑談しながらエビをむいていたら、店長、さゆりの大声が響いた。
「いい鯛入ったよー! 高峰ちゃん、守田君に鱗引き教えたってー!」
「はーい」
高峰はさゆりに返事をすると、行こ、といってカンジの手を引いた。ーーのだが、次の瞬間、勢いよくカンジの手を振り払った。
えっ、なに、僕なんかした?
カンジは戸惑うことしかできない。空気がおかしくなってどうしようもなくなったところに、さゆりが助け舟を出してくれた。
「見て、高峰ちゃん! 四キロくらいあるよ」
高峰はぎこちなく動き出し、「うわ、すごい」と元気よく声をあげた。
な、なんやったんやろ。カンジもぎくしゃくしながら鯛を見に行く。
「うわっ、モンスターみたい。鯛ってデカいと怖いですね……。捌くの大変そう」
「ゆりちゃん店長はかなり大きい魚も捌ける猛者やからね」
なんでも、小さめのマグロなら解体できるらしい。
「じつは前に、四十キロのマグロを仕入れたことがあってさあ。私やったらいけるんちゃうかと思って仕入れたんやけど、さすがにいかれへんかったわ。あれは調子のったなぁ」
「三十キロでしょ。佐藤副店長がこの前言ってましたよ。そこの数字盛ってなんの意味があるんやって」
「あはは、バレたか。じゃぁ、鱗引きよろしくね」
さらりと空気を修復し、さゆりは去っていく。
す、すごい。さすが店長
「じゃぁはいコレ。鱗引く道具」
高峰が小さな金具を渡してくれる。まだすこし固さはあるが、ほとんど元の調子を取り戻していた。
「これをこっから、ビイイーってやって」
「こ、こうかな?」
言われた通りにやってみると、ビチビチと音をたてて大量の鱗がはがれていく。新感覚だ。
「うわっ、すごいめっちゃ取れる! 芝犬の換毛期的な気持ちよさ」
カンジが夢中になって鱗をとっていると、高峰が笑った。
「楽しそうやね、守田君」
「はい。今まで知らんかったことを知って、できんかったことができるようになるの、すごく楽しいです」
「やばい、ピュア光線浴びた」
*
「ただいま、今日はエビのよせ揚げもらったで」
「おかえり! カンジ君が作ったん? うれしい」
シアンの顔を見ると、カンジの胸の中がほわっとあたたかくなる。
新しく何かできるようになったり、自由を感じた時の高揚感とはまた違う、優しいぬくもりだ。
「うれしいなぁ、はよ食べよ」
おもちゃを買ってもらった子どもが開封を待ちきれないみたいにそわそわしている。
普段少食であまり食べ物に執着がないように見えるのにこの喜びよう。
シアンが喜んでくれたら、僕も嬉しい。
「僕が練習で揚げたんやけど、バラバラになったやつ。下手くそやけどどうぞ」
ご飯やサラダ、他のおかずも盛り付けて、最後にエビのよせ揚げをのせる。
「いただきます」
カンジは、シアンの大きな口に呑み込まれていくエビを眺める。食べられて、その人の力になって。
「おいしいよ、カンジ君」
食べられて、その人の力になって、おいしいよって言ってもらえることの歓喜。
そういえば、長いこと奉納してないんやなぁ。
ぷりぷりに身の弾むエビを食べながら、カンジはしばし、エビの喜びに思いを馳せた。
*
夜は、不思議な時間だ。
昼間だったら絶対しないのに、ということをしてしまうし、逆に昼間はできないことも夜ならできたりする。
何が言いたいかというと、昼の自分に夜の自分は理解できないし、夜の自分に昼の自分は理解できないということだ。
今晩は……来るんかな。
初夏の夜は、肌寒くて厚手の寝巻きが手放せない。昼間は季節をすっ飛ばしたかのような日差しだったのに、夜はしっかり冷える。
カンジは布団をしっかり引き上げて、ぎゅっと体を丸めた。
シアン……、今日は来るんかな。
大阪に出てきた日から続いているシアンの奇行ーー奇行と言っていいと思うーー、よなよなカンジの寝室に忍び込んできて、カンジの匂いをかぐ。多分、かいでるで合っていると思う。
こっそり入ってきて、カンジの側により、思い切り息を吸う。カンジは寝たふりでやりすごし、翌朝ふたりでなんでもない顔をして話題にもださない。
シアンは多分、この奇行がバレていることに気づいていない。気づいていたら続けられないだろう。
シアンの行動が謎すぎる。一体これはなんなんだ。
もし昼間に匂いを嗅ぎにきたら、「なんなん、やめえや」と言ってしまえばそれでおしまいだ。でも夜だから、カンジはなぜか動けない。
そして今夜にいたっては、なぜかシアンを待っている。なぜだろう。夜の自分はわからない。
この夜の不思議な行為は、どこか儀式めいていて奉納を思い出させる。シアンは何もしないというのに。指一本触れることなく、カンジの側に来て、息を吸い込んで帰っていく。
だけど本能的に感じるのだ。
今自分は、深くシアンを満たしていると。
シアンを満たす喜び。それは、シアンに喜んでもらうと自分も嬉しいというような、綺麗事じみた感覚とは少し違う気がする。
相手の深いところに入り込んで、自分という存在を灼きつけるような。そう、シアンの口に飲み込まれていったあのエビのようなーーああ眠い。
夜の思考にからめとられながら、カンジは眠りに落ちていった。
そして、寝室のドアが開くーー。
