因習村で贄やってるけど、思春期なので外に出ます


【来るぞ、大阪】

 おい、おい、おい、来たぞ、大阪。え、ちょ、やば、みんなその服どこで買ったん? あのこの服肩にシャワーズのヒレみたいなフリルついてる。どうやって畳むん?
「なぁシアン、ああいう服どうやって畳むんやと思う?」
「え、畳まんのちゃう? ハンガーのままクローゼットにかける」
「天才やん。絶対正解」
 シアンが、むぎゅと変な顔をした。
 引越しという最初の山場を越え、カンジとシアンは日用品の買い出しに来ていた。
 ほんまに少子化なん、と思うくらい大阪は人が多い。子安町の百倍くらい多い。多分これ数字盛ってないから。
 そう、子安町ーー。
 子安町は、日本一の出生率を誇る、関西の田舎町である。その出生率は正真正銘の神のみわざだった。
 町の中心にある子安神社に祀られる、子安神様。カンジは子安神様に力を与えるため、贄として血を捧げてきた。
 子安神の力は、まるで未来の医療といえるものだ。つわりをなくし、出産の危険をなくす。その結果が、出生率日本一。
 けれどそれは、カンジの犠牲の上に成り立っている。血を捧げ、やがては神の伴侶として身を捧ぐ。カンジが贄として犠牲を払うからこそ、子安神は力を使えるのだ。
 その結果、カンジには人生の選択権がない。それでいいのかーーと、飛び出して、きたぞ、大阪。
 外の世界をみて、自分がどうするか決める。
 それが、カンジが大阪ですべきことだった。
「それにしてもシアン君、一緒についてきてくれてありがとう。僕だけやったら御堂筋線乗れてないし」
「いや、僕が来たかっただけやから」
「守村やから、一応お目付け役って感じやろ。いいだしっぺお前やしな」
 この大阪モラトリアムを提案してくれたのは、どうやらシアンらしい。
 シアン「らしい」、というのは、詳細を誰も教えてくれないからだ。聞いても、最終的な選択に影響するといけないからと隠される。
 いや、選択に影響するんやったら教えてくれよ、と思うが贅沢は言えない。なんせ大阪にこさせてくれたのだ。
 ドラッグストアで洗剤やシャンプー、その他生活に必要な諸々を買う。
 それにしても、シャンプーひとつとっても種類がいっぱいあって驚いた。
 あと、シアンが「無香料のんにしてもいい?」と前のめりで聞いてきたのも驚いた。すきにせえよ。別にこだわりはない。
 ドラッグストアでの買い物を終え、部屋に戻る頃には日が暮れていた。
「とりあえずレトルトカレーと、レンチンご飯な」
 カンジにとっては、こういうのがいちいちワクワクする。「レトルト」と「レンチン」にはケンタッキーのパーティーバレルくらいのワクワクが詰まっている。
 じゃぁケンタッキーのパーティーバレルにはどれくらいのワクワクが詰まっているかというと、明日結婚式の新郎新婦くらいのワクワクが詰まっている。
 とシアンに話していたら、「結婚」というキーワードに引っかかったようだった。
「カンジ君は、神の伴侶になることをどう考えてんの?」
「どうと言われても、一緒に暮らすんやろな、くらいの感じかな」
 この点に関して、カンジに悲壮感はない。
「だって僕初恋もまだやし。こいびとと引き裂かれるなんて許せない!」みたいな感情ないから」
 レンジのタイマーがなったので、ご飯を取り出す。カレーをかけたら簡単にワクワクご飯の完成だ。
「そっか、じゃぁいっぺん恋を探さなあかんね」
「JーPOPか! その前にバイト探さなあかんや」
「か、返しが鋭すぎる……」
「ありがとう。食べ終わったらバイト探そ」
 カレーを平らげ、使った食器をふたりで片付けて、床にゴロンところがった。
 床に敷いてあるラグは、シアンが実家から持ってきたもので、適度な弾力が気持ちいい。ラグに身をゆだね、どんなバイトがいいかなと考える。
 できたら、人の輪に入ってみたいし、今までできなかったことがしたい。
「僕は派遣に登録しとくわ」
 シアンは早々に方針を決めたようだ。カンジは、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「なぁ、一緒のところでバイトせんの?」
「カンジ君は恋も探さなあかんし、僕がいてたら邪魔になるかなって」
 それはつまり、シアンがいたらみんなシアンを好きになってしまってカンジの恋が始まらないという意味だろうか。まぁいい。
「僕は今まで禁止されてたことがしたい。料理とか」
「ああ、刃物はハサミと爪切りだけやったもんね」
「あとは、ちゃんと職場のひとと仲良くなれるとこがいいな。あ、こことかどうやろ。アットホームな職場です、やって」
「まって、ボケやんな? カンジ君。アットホームは危険やって」
 シアンとやいのやいの言いながら求人をあさりたおし、結局当初いっていたとおり料理屋のキッチンのバイトに申し込むことにした。
「緊張するなぁ。僕っていわば箱入りやし、使い物になるんかな」
「大丈夫、うちの親父もカンジ君のことしっかりしてるって褒めてたし」
「イサミおじさんが? まぁ儀式とかはちゃんとしてたけども」
「とりあえず明日の面接がんばろ。一緒に行こか?」
「うう……、店の前までお願いします……」
 町を出てわかったことだが、カンジは方向音痴だった。昼間、ドラッグストアに行こうとしたときも、マップアプリを見ながら逆方向へ歩き始めたのでシアンが焦っていた。
 むしろ最初はカンジのボケだと思って笑っていたのだが、どうやら本気らしいとわかって顔が変わった。ちょっと怖かった。
「じゃあ、明日は道案内よろくな」
 そしてふたりは、この年頃の男の子にしては少々健全すぎる時間にベッドに入った。
 その日の真夜中ーー。
 カンジの部屋のドアがそっと開けられた。素足が床をつかむ、ぺたぺたという音がやけに大きく響く。
 足音は、カンジのベッドの前で止まった。
 大きな影が、カンジの体を覆う。その影はさらにカンジの首元に近づき、大きく息を吸い込んだ。二、三度それを繰り返し、影は部屋から出ていった。
 気配が完全に無くなったのを確認してから、カンジはカッと目を開けた。
 は、肺活量やばッ! 部屋の空気なくなるかと思ったッ! 普段五ミリのくせに……!
 シアンの衝撃的な行動に、何が起きたのかいまいち理解できない。
 そういえば、子安町にいたころから、シアンはたまにカンジの匂いをかいでいた。でもわざわざ寝てる部屋に忍び込んで匂いを嗅ぐのはどう考えてもおかしい。絶対に何かある。
 まぁ、人の趣味はそれぞれだし、シアンが匂いフェチである可能性はなきにしもあらずではある。いや、やっぱりなしである。
 カンジは再び目を閉じて眠ろうとしたが、なかなか眠りはやってこなかった。
 翌朝、カンジはぼんやりした頭で目覚めた。じわじわと昨日のことを思い出す。
 急に部屋に入り込んできた影、もといシアン。部屋の空気を吸い尽くそうとしたシアン。
 シアンは、何か秘密を抱えている。大阪に来ることになった経緯も含めて、絶対重大な秘密がある。
 しかし、シアンが隠したがっているのを無理に暴くのも気が引ける。シアンにも考えがあるのだろうし。
 カンジはノロノロと体を起こし、今日着るシャツにアイロンをかける。
 パリッとしたシャツがダサさの原因だと思っていたのだが、くたっとしたシャツを着てもダサかった上に違和感がすごくて結局アイロンをかけることにしたのだ。
 キッチンへ行くと、シアンがなんでもない顔でおはようと声をかけてきた。
 肺活量五ミリのシアンやな。
「カンジ君、今日はお昼食べたらすぐ出発くらいでいいよね」
 シアンが、バイトの面接の時間を確認してくれる。受けるのはカンジで、シアンは道案内なのに丁寧なことである。
「うん。迷わなければそれでいける。シアン君は? 派遣って、登録とかせなあかんのやろ」
「うん。派遣の登録って毎日何回もやってるみたいやから、カンジ君送って行ったついでに寄ってみる」
「悪いなぁ」
「いいよ、好きでやってることやから」
 この優しさが特別であることはカンジにもうっすらわかっていた。でも、どういう特別かまではわからなかった。

 良くも悪くも、カンジは贄としてずっと特別扱いを受けてきたからーー。