因習村で贄やってるけど、思春期なので外に出ます

【進路】

ーーツクツクホーシ、ツクツクホーシ。
 八月三十一日。カンジは夏休みを例大祭の準備などで忙しく過ごした。

ーーツクツクホーシ、ツクツクホーシ。
 そして最終日の今日、

ーートップジージョー、トップジージョー。
 自宅の一室で、

ーートップジージョー、トップジージョー、ジョオオォォ

「うるッせええぇ!」
 蝉にキレていた。

「ただでさえ森やのに家の前に木なんか植えるから漫才が聞こえへんやろ!」

 夏休み最終日、せっかくゴロゴロしながらスマホで漫才動画を見ていたというのに、台無しである。
 子安町はスマホの環境がよくて格安SIMでもサクサク通信、ハイスピード漫才もノンストレスなのに、台無しである。

 そういえばあの記者、もとい失礼なおっさん、やけにこの町の電波が悪いっていってたな。田舎だからバカにしてたのかな。
 カンジの脳裏に、二ヶ月前のことがよぎった。

 あの時の話は、二ヶ月たったいまでもまだ処理できていなかった。

 シアンと話したいと思ったが、夏休み中は忙しくて会えずじまい。
 それに、シアンが守村の養子だという話も、記者のせいで宙ぶらりんになってしまっていた。

 明日、話そう。

 とりあえず今は漫才で頭をからっぽにしよう。カンジはそう区切りをつけ、手元のスマホに集中した。

 *

 新学期、教室へ行くと、なんとシアンが成長していた。びっくりした。まだ成長の余地があったとは。

 身長はそんなにかわっていないのかもしれないが、体の厚みが変わった気がする。

「カンジ君、久しぶり」
 大きな背中を少し丸め、柔らかい声で話すのは変わっていなくて安心した。

「久しぶり、夏休みどうやった?」
「うん、忙しかった」
 贄であるカンジが忙しければ、守村の者も当然忙しいのだ。

「いろいろ、カンジ君に話したいことがあるよ」
 シアンも同じ気持ちであったらしい。記者の話を聞かされたあと、ばたばたと夏休みに入ってしまったから。

「じゃぁまた、放課後な」
 カンジが話を切り上げると、クラスメイトがシアンに群がった。
 休み明けだ。それぞれ積もる話があるだろう。
 カンジは自分の席をあけ渡し、一軍連中にシアンを譲ることにした。


 カンジがいなくなると、教室の空気が少し軽くなった。
 カンジは威張りもしないし贄であることを鼻にかけたりもしないが、まわりはどうしても気にしてしまう。

 悪意はない。しかし、カンジの気に障ることをしてしまったらどうしよう。この町の神様を怒らせてしまうのではないか。そうおもうと緊張してしまうのだ。

 カンジに気後れしないのは、名前に「守」の字が入る人間くらいだ。
 このクラスでは、守村シアンと守矢ハルト。
 その守矢ハルトが、シアンに詰め寄った。

「なぁシアン、おまえ最近、カンジ君と仲良いよな。なに話してる?」
「なにって、いろいろやけど」
「変なこと、ふきこんだりしてへんやろな」
 雲行きが怪しい。
 周りの人間からも、ハルトを応援しているような気配を感じる。

「変なことって、なに」
 シアンが引かずに切り返すと、ハルトは鼻白んだ。

「なにって、人権、とか」

 カンジに人権をふきこんだりしてないだろうなと、そう言っているのか、こいつは。

「おまえ、アホか」
 シアンから地を這うような声がでる。ハルトは、その声に絡め取られたかのように、体をこわばらせた。
 温厚なシアンが怒っている。興奮で瞳が収縮し、蛇のように細くなっている。

ーー自分はいま何に睨まれているのか。

 シアンが大きく息を吐いた。
「カンジ君は、人権くらい知ってるよ」

 シアンの声は幾分か落ち着きを取り戻していた。でもまだ、ハルトは動けない。

「知ったうえで、自分の我慢と、この町みんなの幸せを天秤にかけて、贄を引き受けてくれてるんや」
 自分のことしか考えていない、今のハルトと違って。

「カンジ君が悩んでるのは、贄として町のためにやってきたことが、ほんまは町の人を苦しめてた可能性があるって気づいたからや」

 町ぐるみの多産DVによって、暴力に加担してた可能性。

「カンジ君が考えてるのは、いつも町のことや」
 カンジは、贄を献血にたとえた。
 それは、贄制度を町の公共利益ととらえ、カンジ自身それに貢献すべきという意識があるから。

 カンジは根底で、自分より町の利益を優先している。

「カンジ君は、おまえより賢いよ。いらん口出しすんな」
 そこまでいうと、シアンは怒気を完全に収めた。

 ハルトの体の強張りが解け、そして、やっと震え始めた。

 *

 放課後、蝉のなく帰り道を、カンジとシアンはふたりで歩いていた。

「それにしても、一限のハルトくんびっくりしたなぁ。いきなりゲロ吐いて、なんか止まらんかったもんな。バラエティやったらキラキラ処理されるやつ。ふふ」
「笑ったりなや」

「ごめんごめん。夏やし、食中毒かな。やっぱ怖いよな。ーーと、いう話はおいといて、夏休み前のこと、シアン君と話したいと思ってた」
 カンジが本題を切り出す。
「僕から話していい?」
「いいよ」

「えっと、まず、シアン君の養子のことなんやけどさ」
「えっ、そっち?」
 シアンがきょとんとする。あの日は記者の話に持って行かれてしまったと思っていたので、カンジの口からまず養子の話と言われて面食らってしまった。

「えっ、うん。僕が知らされてなかったの、なんでなんってめっちゃキレたやん」

 自分の根幹にかかわる多産DVの話より、シアンの養子の話を優先してくれる。しかも当然のように。シアンはこっそり奥歯を噛み締めた。

「考えたんやけど、守村のイサミおじさん、シアン君のことを実子やと思ってるんちゃうかな」
「な、なるほど…⁉︎」
「分かったフリ下手か」
 カンジはシアンの脇腹をどついたが、シアンはノーダメージで笑っている。

「つまりさ、シアン君のことを守村として認めん! って思ってたら、こいつは養子やから接し方に気をつけろって、絶対僕に言ってるはずやん。でも言ってないってことは、シアン君のことをちゃんと守村の一員やと思ってて、僕がそう接しても問題ないって考えてたってことやろ」
「……たしかに」

「な、イサミおじさんにとって、シアン君は守村やし、息子なんよ」

 シアンは考えるそぶりを見せ、でもすぐに頭をふった。
「でも……じゃあなんで、僕は子安神様に会わしてもらわれへんの」

 普通、守村の直系であれば子安神と顔を合わせ、町のことを話あったり、世話をしたりする。

「それは……知らん!」

 カンジは勢いよく言い切った。
「それは知らん! ていうかさ、聞いたら、イサミおじさんに。イサミおじさん、怖くないやろ」
 カンジのあっけらかんとした態度に、なんだか簡単な問題のようなきがしてくる。

「そうやな、聞いてみようかな」
 シアンは少しすっきりした顔で笑った。

「じゃあ僕の養子の話はこれで終わり。次は、あの記者の話でいい?」
 この町は、出産を強要し、人々の選択を奪っているのではないかと、杉本五雄は投げかけた。

「正直、全然考えられへん。みんな子どもが大好きやし、産まれるのを心待ちにしてる。子どもを望んでお参りにも行くし、産まれたらお礼にも行く。なにが、あかんのやろう。でもあの時、あのおじさんの話を聞いてる時は、確かにそうやなって思った。僕、誰かの選択を奪ってるかもって怖くなった」

「カンジ君、自身は?」
 カンジがハッと顔を上げる。

「カンジ君自身はどうなん? 贄として在るよう町中から求められて、選べない。血を求められて、体調が悪ければ延期はされるけど、拒めない。将来、神の伴侶になることも、カンジ君が選んだことじゃない」

 カンジが、痛そうに眉を寄せた。
「たしかに、僕は選択できることが少ないかもしれん。でも、そんなに、嫌じゃないから……。なんかちょっと、アレ? って思っただけで……」

「カンジ君、もう一回話聞かん? あの記者の杉本さんに」
「えっ、急に想定外! なんで⁉︎」

「だって、あの時の話難しかったし、もう一回聞いたらもうちょっとわかるかもしれへんやん」

 シアンは、いつもより自分に勇気が湧いている気がした。
 さっきはうだうだ悩んでいた自分をカンジが励ましてくれた。
 イサミはきっとシアンのことを息子のように思っている、だから直接聞いてみろと安心させてくれて、やっぱりカンジはかっこいいなと思った。

 自分も、誰かの道を切り拓いてみたいと思った。

「僕、その時の名刺そのまま持ってるから」
「しかも今すぐ⁉︎」

 はやる指で携帯の番号を押す。呼び出し音が鳴る。一回、二回、三回ーー。
「出んなぁ」
 もう一度掛け直してみるが、やはり繋がらない。

「あ、こっちの会社の番号にかけてみよう。つないでもらえるかも」
 今度は三回のコールで繋がった。テンションの低い男性が、淡々と会社名と自分の名前を告げる。

「すみません、杉本さんいらっしゃいますか」
『杉本?』
 電話口の相手は、杉本という名前にピンときていないようだった。
「はい、以前杉本五雄さんに名刺をもらって、それで電話したんですけど」
『あー、杉本! 杉本なら多分辞めましたよ』
「多分?」
『ええ、二ヶ月くらい連絡が取れてません』

 二ヶ月前からーー?
 ちょうど、杉本が子安町に来たのが二ヶ月前だ。
 そこから連絡が取れていないとなると……。まさか、子安神様が何か?

「……そうですか。ありがとうございます」
 なんとかそれだけ言って、電話を切った。
 隣で耳を澄ませていたカンジにも当然聞こえただろう。

「なあ、これって……」
 カンジが不安そうに尋ねる。しかし、シアンにも答えはなかった。

ーー自分は、誰かの道を拓けたのだろうか?