因習村で贄やってるけど、思春期なので外に出ます

【問】

 奉納のあと一週間は体育が見学になる。

 小太りの自分こそ運動が必要なのになぁと思いながら、カンジはスマホで大喜利に興じていた。

 テレビ番組の影響で最近ハマった暇つぶしである。
 ちなみに見学のレポートは書き慣れているので五秒で終わらせた。

 問、怖くないお化け屋敷、なぜでしょう?

 答、おかんがパートでお化けやってるから


 問、おばあちゃんが動画投稿を始めました。
   初投稿の動画のタイトルは?

 答、昭和二十年嫁姑戦争サバイバー


 問、買わせる気がない自販機、どんなの?

 答、全部シークレット


ーーすん、と首元に空気の流れを感じた。

 ぞわっとして振り返ると、びっくりした顔のシアンと目が合った。
 いや、びっくりすんのはこっちだわ。
 シアンはふふふ、と息を震わせながら笑っている。

「なに」
「カンジ君、めっちゃ、おもろいね」

 しびび、と脳が痺れた。

 おわかりいただけるだろうか。

 関西で育ち、いけてない小太りとして学園生活を送ってきた人間が。贄として特別扱いはあるものの、だからといってみんなの輪の中に入ってワイワイやれるでもなく、お笑い番組で時間を潰してきた人間が。かっこいいよりもおもしろいの方が上級のほめ言葉として存在する(場合による)この関西の地で、憧れの男から「めっちゃ、おもろい」と言われたときの喜びが。

「お、おもろい?」
「うん。嫁姑戦争サバイバーとか、みたいし」
「ふーん」
「全体的に、角度がするどい。尖ってると思う」

 な、なんだこれ。めっちゃ気持ちいい。カンジが笑うと、つられたようにシアンも笑った。

 シアンの顔は、実はちょっと怖い、と思う。確かにシャープでかっこいいけど、なんかこう、蛇っぽいというか。それでこの体の大きさで、全体としては優しげなのは奇跡だと思う。

「そんな尖ってたかな……」
「カンジ君、いつも孤高ってかんじでかっこよかったけど、さらにかっこいいと思った」
「なにいうてんねんお前」

 素でツッコんでしまった。二の句がつげないでいると、コートの中からシアンを呼ぶ声がした。

「シアン! はよ入って! 負けそうやねん」
「ごめん! 今行く」

 シアンの背中が遠くなる。
 カンジは慌てて言った。

「ちょ、なぁ、大喜利のこと、誰にも言わんといてな」

 シアンは嬉しそうに頷くと、力強く地面を蹴ってコートに戻っていった。一歩がデカいなぁ。
 コートでは、守矢ハルトがボールを持って待ち構えていた。

「カンジ君となに話てたん?」
「見学つまらんねって話てた」

 優しげな声でさらりと嘘をついて、シアンは笑った。
  *

「カンジ君、一緒に帰らん?」

 カンジは、すばやくあたりを見まわした。いつもシアンと一緒に帰っている一軍の連中がおもしろく思わないかもしれない。

ーー。

 意外と空気は静かだった。自意識過剰か、恥ずかしい。

「家まで五分やけどな」
「じゃあ、寄り道しよ」
 わあ、人生初イベント。乗るしかない、このビッグウェーブに。

 六月の下旬、いつ梅雨明けが発表されるのかという頃で、もう十分夏の様相を呈していた。

「東側から遠回りして帰ろ。森の方から涼しい風が来てええわ」
「うん」
 カンジには寄り道のレパートリーなどあるはずもないので、シアンの提案に頷くことしかできなかった。

 初めて通る帰り道は、シアンの言う通り涼しい風が吹いていた。糊の効いたシャツで帆のように風を受けていると、やっぱり肺活量の少ない声でシアンが話かけてきた。

「なぁ、聞いてもいい?」
「え、何を?」

「贄のこと、どう思ってるん?」

 シアンに言いたい。肺活量をどんなに少なくしても、婉曲表現にはならんのよ。デリカシーどうした。

「ごめん、こんなこと聞いていいか迷ったんやけど」
 一丁前に迷ってそれかい。

「いいたくなかったら言わんでええよ。……そうや、僕にもなんか大喜利の問題だしてや」

「……贄は、そういうもんやと思ってる」

 カンジにとって贄は生まれた時から備えていた性質であって、受け入れていた。

「嫌なこと、ない? 奉納は血をお供えするから体調も悪いし、外の海で泳いだりすんのも禁止やろ。そんで将来はーー」
「僕はこう考えてる」

 シアンの言葉を遮ってカンジは続ける。

「献血ルーム。気になって調べた。受付して問診して、お茶とお菓子食べながら順番待って、血をぬかれてそんでありがとうって言ってもらって帰るねん。一緒や」
「い、一緒か?」

「ほんで例えばめっちゃ珍しい血液型やったりするやろ? そしたら、むこうからお願いします血を分けてくださいみたいなお手紙が来るねんて。それにめっちゃ珍しい血液型やったら輸血難しいから私生活でも当然ケガを避ける行動するやろ? 山とか海とか、避けるやん。あと言うとくけど、僕別に体調悪くない。体育の見学は大事をとってやし、風邪とかで熱あったら奉納は中止やし。問診で引っ掛かったらちゃんとはじかれんねん。献血と一緒や」
「一緒かなぁ」
「一緒やとおもうけどなぁ」

「じゃぁなんで、奉納のあとはだるそうなん。ぼんやりしてることが多い気がする」

「それは、」
 カンジはギクリとした。それは、だって、余韻が残っているからーー。

 奉納に行くと、神様がようきたねって優しく手を引いてくれて、その声が本当にうれしそうだから、自分がこのひとにどれだけ求められているのか身にしみて。その時点で多分、頭、のぼせてると思う。

 そのあと冗談みたいに甘い果物とかお菓子とか食べさせてくれて、果汁のしたたる指と、僕の口もとを見比べては勿体無いねぇなんていうから、その、僕のとぜんぜん違う太くてひきしまった指を咥えて、骨ばってはいるけど意外に滑らかなそれを舌でなぞって、そしたらあれ、なんか口のなかって神経がすごく敏感で、ちょんちょんってつつかれると我慢できない気持ちになる。

 神様に体をすり寄せて、服が、肌がこすれるのを楽しんでいたらかわいいねって言われて、そんなわけないのにそうか僕はかわいいのかって、ゆだった頭で理解したらもう幸せっていう感覚が全身を貫いて。

 こんな、麻薬みたいな幸せが、奉納のあいだは止まないのだ。

 そして、ありがとうカンジ君、おいしいよ、と言ってもらえる。自分が役にたつ。なかなか、余韻が抜けない。

ーーすんすん。
「うわっ、何⁉︎」

 驚くほど近くで、シアンが匂いをかいでいた。衝撃で、思考が現実に戻ってくる。

「な、なに。くさい?」
 近すぎるシアンを押し戻そうとするも、カンジの力では全く動かない。
 おかしいな、僕の方が力士に近い体型やのに。力士といえば、横綱の化粧まわしって四十キロもあるんびっくりしたなぁ……なんて、手も足も出ない状況に、つい現実逃避してしまう。

「カンジ君、いい匂いする」

「近い近い、耳もとでしゃべんな」
 カンジがもう一度押し返すと、今度はすんなりと離れた。

「臭くなくてよかったよ」
「めっちゃいい匂い……。でも、するときとしない時がある……。っていうかごめん! 話の途中やったね。なんで、奉納の後はだるそうなん?」
「それはーー、奉納は基本夜やし、緊張もするし、ちょっと寝不足になったりはするよ」
「そういうもんか」

 ハプニングがあったおかげで、うまい言い訳を思いついてホッとする。

「ほんまに、悪いもんではないよ。神様いいひとやし」
「神様いいひと」

 カンジにしか言えない表現に、シアンがクスリと笑う。

「うん。ほんま気さくなお兄ちゃんって感じで話も面白いし。でも最近はちょっと年取ったなぁって思う。あ、そうそう知ってる?神様って、神力でスマホ充電できるねん」

 シアンがとても驚いている様子に気分がよくなり、カンジはさらに続ける。

「しかもさぁ、スマホも僕より詳しい。不思議やでな。古今東西、霊的なものは電子機器と相性いいらしい。ちょっと古いけど、リングの貞子とか、着信アリとか知ってる? でもうちの神様はもっとすごいで、アルゴリズムに介入できるらし、いッ、痛ッ!」
 アルゴリズムに介入できるらしい、知らんけど。で締めようとしたら、言い終わる前に思いきり肩をつかまれた。

「ちょ、ちょっと待ってカンジ君。それ、僕に言うてええ話か?」

 カンジはキョトンとする。確かに、神様の具体的な外見やエピソードは一般の町民には言ってはいけない決まりだ。手の届かない偉大な存在として信仰を集める必要がある。

 でもシアンは。
「だってシアン君、守村やん」

 この町の中心、神主の一族。

「もしかしてカンジ君、聞かされてないの」
 シアンは目をそらしながもはっきり言った。

「僕、養子やねん。親は、だれかもわからん。だから、ほんまは守村としての資格、ないんよ」
「そ……」
 色々なことがカンジの頭の中をかけ巡る。シアンが守村の血を引いてない? 自分は開示してはいけない情報を開示してしまったのか? 不安と焦りのなか、カンジの口から出たのは、

「それは、言うといてもらわな困るわ!」
 逆ギレだった。

「守村のイサミおじさん、なんで僕にいうてくれてないん。家族の問題でデリケーやから? 贄制度の方がデリケートやろがい」

「……ほんまやね」
 シアンがおずおずと相槌を打ってくる。

「こんな身近にこんな特大トラップ仕掛ける意味、なんかある? おかしいやろが」
「おっしゃる通りです」

「ほんでトラップが意味深な顔でややこしいこと聞いてきて、ダブルトラップにもほどがあるやろ。それでポロッとしゃべったら『大丈夫? トラップひっかかってない?』って、そらひっかかるよ!」
「ごめんて」

 カンジが興奮してまくしたてていると、遠くから「おーい」と声が聞こえてきた。

 声の主を探すと、前方に小さく人影が見える。カンジたちの話はまず聞こえていないだろう。

「この町の人やないね」

 シアンが目を細めて言った。