因習村で贄やってるけど、思春期なので外に出ます

【子安町モノ】

「ちわーす、みんなお疲れ様です! いやー、外暑すぎやな」
「うわー! 堀や、久しぶり! ライブうまくいったん?」
「あたりまえ。桑久保も元気しとった?」
 ある日仕事場へ行くと、カンジの知らない人がいた。会話から察するに、新参者は自分のようだ。
 輪に入って行きづらいので、コソッと高峰にたづねてみる。
「あの人、誰ですか?」
「あれっ、守田君会ったことなかったっけ。堀っていって、バンドやってるギタリスト。練習とかレコーディングとかが立て込んでくると、バイトに来んくなる」
 バンドのギタリスト。カンジにとっては初めての詰め合わせみたいな存在だ。俄然興味がわく。遠くからでも目立つ、逆立った頭をめがけて近づいていく。ぜひご挨拶したい。
「こんにちは。四月からここで働いている守田カンジです」
「おっ、新しい子はいったんやな。俺は堀一馬。Honey Tune っていうバンドでベースやってます」
「あれっ、ベースなんですか」
 さっき高峰からギタリストと聞いていたのでぽろっと疑問を口にしてしまう。すると堀は、犯人はお見通しだとばかりに吠えた。
「おいコラ高峰ちゃん。ギターとベースは違うと何回いったらわかるんかな」
 高峰は肩をすくめただけで、悪びれる様子もない。
「Honey Tuneって、どんなバンドなんですか」
「おつ、気になる? 聞いちゃう?」
 堀はキラキした目をしてカンジの肩をつかんだ。その横では桑久保と高峰がうんざりした顔をしている。
「Honey Tuneはさ、俺の音楽への愛やねん。音楽が俺の恋人。いや、愛してやまない…まだ足りんな。身を滅ぼしたとしても俺は音楽を愛ーー

「うるさいわ」
 桑久保が一刀両断する。
「ひどいなぁ桑久保は。あ、守田君、気になるんやったらCDあるで。買わん?」
 堀がCDを取り出すと、高峰がカンジと堀の間に割り込んだ。
「出た。守田君、無理して買わんでいいからね。こいつ、こういうところが小ずるいねん」
「小ずるいとはなんや。まじめな営業努力やろ」
「先輩には配って、後輩には買わせるやん」
「クッソばれとる」
「あの、CD一枚ほしいです」
 カンジがおずおず申し出ると、桑久保と高峰が気を遣わなくていいんやで、と止めてくれる。でも、カンジは本当に聞いてみたいと思った。
 こんなに自由なひとはどんな曲をつくるんやろう。
「あ、でもCDプレイヤーがない」
「いまどき無いよね」
「せっかくCD買ってくれるっていうことやから、俺の使ってないポータブルのやつ譲るわ。CDと合わせて五千円でどう?」
「プレイヤーの金取ろうとすんな」
 高峰は、ほんまに小狡いと再び憤った。

 カンジがCDを買ったことで理解者だと認識されたのか、堀はカンジのまわりをうろちょろしてずっと話しかけてきた。
 高峰はその様子をみて憐れむような視線を向けてくる。
「守田君は、どんなバンドが好きなん?」
「バンドは全然知らないですね」
 カンジは最近覚えたばかりの苦玉取りに集中しており、会話がおざなりになっていたがそんなことはお構いなしだ。
「出身どこなん? 俺は天王寺」
「近くていいですね。僕は子安町っていうところです」
「エッ‼︎」
 堀は大声をあげてゆうに三秒固まった。そして今度はやけに声をひそめ、カンジとの距離をつめてくる。
「子安町って、あの子安町やんな。出生率日本一の」
 堀はほぼぴったりカンジに体をくっつけ、さらに続ける。
「ていうことは守田君て、実はけっこう進んでたりすんの」
「何がですか? 子安はド田舎で二世代遅れてるってよく言われますけど」
「違うやん! 子安の男女は進んでるっていう話やんか。子作りがお盛んで有名な町やろ。守田君もそういう関係の彼女おったん」
「あの……」
「いやー、ロマンがあるよね、子安町。だって俺子安町モノのAVみたことあるもん」
 声をひそめていたはずが、しだいに興奮して大きくなっている。向かいにいた高峰にも聞こえたのだろう。堀を汚物でも見るような目で見ていた。
 なんて返すのが正解なんやろう。
 堀の発言は、明らかに侮辱だ。しかし、本人は全く侮辱だと思っていないどころか、褒め言葉だと思っているようである。
 正論で言いまかしたいわけじゃない。でも、子安町で生きるひとたちのことをそんな目で見ないでほしい。みんなが大切にしているものを知ってほしい。
「堀さん、子安町では、あたらしい命ってほんまに大切に扱われるんです」
 子どもを授かるまえにも、きっと大切にしますと手を合わせ、産まれたときには感謝をこめてへその緒を奉納する。
 それは新しい命をこころから大切に思っている、祈りの気持ち。
 こどもを作ることは一種神聖なことで、こんな風に好色な視線を浴びせられることは絶対ない。
 カンジの態度にひるんだ堀が一歩離れる。
「ああー、ごめんな守田君。ちゃかすようなこととちゃうかったよな」
 堀はとりつくろうようにヘラヘラ笑っていたが、カンジの気持ちは伝わったらしい。
「いえ、僕も、ノリ悪くてすみません」
 堀はカンジに絡むのをやめ、まじめに手を動かし始めた。
 カンジも自分の作業に戻ろうと思って前を向くと、高峰がこちらをじっと見ていた。
 しかし目が合ったのは一瞬で、彼女はふいと視線をそらした。
 その日の帰り、カンジが店を出る頃にはとっぷり日が暮れていた。
 少し日が短くなってきたなぁ。
 駅へと歩き出そうとした瞬間、背後から声をかけられた。
「守田君」
 完全に一人だと思っていたので激しく驚く。振り返るとそこには、少し前に上がったはずの高峰がいた。
 暗がりの中、顔だけが白く浮かんでいる。めっちゃ怖い。
「びッッくりした……。先に帰ったんじゃ」
「うん。守田君に話したいことがあるから待ってた。今から時間ある?」
 とくに予定はないので了承する。
「あっちのコンビニ行こ」
 コンビニの駐車場までくると、店の光でやっと高峰の輪郭がはっきり見えた。
「前にさ、守田君の手を思いっきり払ってしまったことがあったやん」
 覚えている。鯛の鱗引きを教わった日のことだ。高峰はカンジに鱗引きを教えようとして、こっちに来てと手を引いた。いや、引こうとしたのだが、急にカンジの手を振り払ったのだ。
「あのときのこと、謝ろうと思って待ってた」
 今日高峰がカンジの方を見ていたのは、この話をしようとして悩んでいたのだろう。
「実は私さ、前のバイトでストーカーされてたんよ」
 店長にだけ事情説明してるんやけどと前置きして高峰は話し始めた。
「同僚の男の子やったんやけど、私の行動が親しげやったんで気があると思われたみたいで……」
 高峰はもともと身振り手振りが大きくて、人との距離が近い。それが相手を勘違いさせたらしい。
「最後はすごい怒ってた。お前の方から寄ってきたのに犯人扱いかって」
 ストーカーの中では、高峰が自分に惚れているというストーリーができあがっていたのだろう。
「こっちやでとか、向こう行こうとか、そういう時に手を引っぱったりしててさ。そういうのがよくなかったんやって、自分なりに気をつけてたんやけど、あの時ついやってしまって」
 気づいたら、体が過剰反応していた。
「ごめん。守田君何も悪くないのに」
「いいよ」
「ずっと、守田君に嫌な思いさせたやろなって気になっててん。謝れてスッキリした」
「もうストーカーにはあってないんですよね」
 カンジは念の為に確認する。
「うん。そのかわり、悪い女に引っかかったって周りに言いふらしてるんやって」
 高峰の前の同僚から連絡が来て、教えてくれたそうだ。ストーカーが高峰に責任転嫁して悪評を広めていると。
「歪んでる」
「ね、歪み方すごい」
 高峰は、自分の姿をみた。コンビニの光に照らされて浮かぶ黒い輪郭。
「あれから、女の子っぽい服も着れんくなった」
 高峰の服は、夜に紛れるくらい、いつも黒い。
「好きな服、選びたいなぁ」
 カンジには、高峰の願いの切実さがわかった。どこかが歪んで、誰かにしわ寄せがいく。高峰は、本当は自由なはずなのに。
「ところでさ」
 高峰は急に明るい声を出した。
「今日キッチンで堀のゲス野郎がゲスな話したとき、守田君とめてくれたやん。あれ、すごい良かった」
 親指を立ててグッジョブのサインをくれる。
「年下やのにすごいしっかりしてて偉いなぁ、私もしっかりせななぁ、と思った」
「高峰さんはめっちゃしっかりしてるし僕はお世話になりっぱなしです」
 料理など一度もしたことがないカンジの教育係は骨が折れたはずだ。
 それなのに高峰は嫌な顔もせず、ひとつずつ丁寧に教えてくれた。
 それを伝えると高峰は、「でた、ピュア光線」と言って眩しそうに笑った。
「守田君は自信もっていいよ。私が守田君に一生懸命教えてるのは、守田くんがめちゃくちゃ一生懸命頑張ってるからやで」
 ちょっと恥ずかしくなって、二人で照れ笑いをする。
「守田君もなんか相談したいことがあったら聞くから言ってな」
 相談したいことーー。
 カンジの頭のなかに、ずっと気になっていたシアンの奇行がよぎる。
「あの、ちょっと答えづらいかもしれないんですけど、正直に答えてもらってもいいですか?」
「っ、うん」
 カンジの前置きから重い質問がくると予想した高峰が身構える。
「僕、変な匂いしてますか」
「え、に、におい?」
 高峰は拍子抜けした様子である。
「誰かに言われたん?」
「そういうわけではないんですけど……」
 歯切れの悪いカンジとは対照的に、高峰ははっきりと言い切った。
「守田君はね、無臭」
「無臭」
「うん。心配せんでも大丈夫」
 じゃぁ、シアンだけが感じる匂いってこと?
「なんでそんな心配してんの?」
「同居人が、なんか……よなよな僕のにおいかいでるみたいで……」
 高峰は鼻から変な声を出し、ついでに鼻水も出たようであわてて拭っている。
「同居人て、男の子やんな。どんな子なん?」
 穏やかで、体は大きいけど肺活量五ミリみたいな優しい声で、自分が子安町を出て大阪に来られたのは同居人のおかげ、ということを伝える。
「なるほど、親友通りこしてるな……」
 高峰はなぜか小刻みにふるえながら真剣な顔をしている。
「守田君、猫の飼い主って猫を吸うと幸せになるらしい」
「ああ、猫吸いってやつですね」
「そう。同居人の子は多分、猫吸いならぬ守田君吸いをしているんやと思う」
 も、守田君吸い……、語呂わるッ!
「大事なのは、守田君が嫌かどうかってことやと思う。まぁ吸わしたろと思うんやったら、吸わしたったらええんちゃうかな。吸いたいくらい、守田君のことが好ーー、す、す、スーパー癒しやねん」
 たしかに、カンジにとってもシアンは癒しで、そばにいると安心する。
「なるほど、なんかちょっとスッキリしました」
「そうか、よかった。嫌かどうかはちゃんと考えるんやで」
 じゃぁまたバイトでよろしくねと、高峰は元気よく手を振って帰って行った。