お土産ごはんフルコース in 新幹線


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 さて。今日の新幹線で食べるフルコースは何にしようか。
 本日の業務は終了し、新幹線乗車まであと三十分。

 名古屋駅は新幹線がある駅でもあるが、名古屋の中心でもある。百貨店もいくつかあるし、地下街の店も充実している。名古屋と言えばカフェ……エビフライのサンドイッチをテイクアウトするのもいいし、デパ地下でデリをいくつか購入するのもいい。きしめんはちょっと難しいかもしれないけれど。

 少し悩んだあとに思い浮かんだのは、昨日の懇親会でのひとコマ。

『千里さん来るなら、もっと名古屋名物のがよかったですかね。手羽先とか』

 あのときは、懇親会の料理はなんでもいい、明日には新幹線ご飯があるから……と思って聞き流したが、意識してみると手羽先にかぶりつきたい気持ちがわき上がってきた。

「それなら……」

 時刻は十八時。今日はこのまま直帰する予定だ。家に帰ったら出張中のデータをまとめる必要があるが、今から晩酌をしても家に着くころには酔いは完全に冷めているだろう。

「よし。今日の新幹線フルコースは、居酒屋コースに決定!」

 もちろんメインは手羽先。手羽先を中心に居酒屋にありそうなメニューを探してみようか。キャリーケースを引きながら、私は目的の店に向かった。

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 ホームが去っていき、すぐにのどかな風景がうつしだされる。のぞみは神奈川まで止まることはない。通路側の席に座る中年男性も東京に戻るのだろうか。スーツのジャケットを脱ぐと缶ビールのプルタブをあけると一息であおった。

 では、私も居酒屋フルコースを始めますか。と、缶ビールをトレイに置く。
 名物を悩んでいたら時間がなくなり、慌ててホームの売店で購入したものだ。買ったばかりでよく冷えていて、一口飲むと疲れた身体をビールの泡がかけめぐり、自然と肩の力が抜ける。
 平日の夕方、東京行きの車内はスーツを着た人でほぼ席が埋まっている。皆、同士のようで、私を知る人は誰もいない。

 喉が潤い心が一息ついたところで、私は袋の中のものをトレイに取り出した。
 第一陣は、だしまきたまご、手羽先、焼き鳥各種。
 手羽先を中心に選んでいたら、自然と立派な居酒屋メニューが完成した。

「どれも早く食べたいけど……まずは軽く、卵焼きから」

 最初はだしまきたまごに決定。
 名古屋コーチンの新鮮な卵を使用していて、二切れのミニサイズパック。箸で半分に切り一気に頬張った。ふわっとした触感に濃厚なコク。出汁が優しくてじわじわと身体に染みていく……あっという間に口の中から消えてしまった。

 もう一つは後に残しておこう。ちょっとずつ食べないともったいない。
 それにしてもこの優しさは、出張帰りの疲れによく馴染む……。一品目にだしまきたまごを選んだのは大正解だったと自分の選択を褒めてあげよう。

 続いて、輪ゴムで止められたプラスチック容器をあけると、手羽先が五つ。五つは少し多いかと思ったけど、どうせ家に帰るのだ。お腹いっぱいになったら明日にまわしてもいい。おしぼりを用意したら準備はOK。少しお行儀が悪い気もするけど、手羽先は手でいきたいところ。

 歯でそっと身をはがすと、香ばしさと甘さが口の中に広がった。
 これだ……話題に出された時から無意識に手羽先求めていたらしい。身体中が「これだよ、これこれ!」と叫んでいるのがよくわかる。
 ねっとりした甘辛のタレがしっとりと馴染み、ビールとの相性は百点。手羽先には黒胡椒がかかっていて、ツンとした辛さがあとから追いかけてきた。ますますビールに合う……!
 タレの奥には引き締まった身が入っていて、噛むごとに鶏のうまさを感じられ……。

「一気に三つ食べちゃってた」

 夢中で手羽先を食べてしまっていたらしい。私は落ち着くために、汚れた指をおしぼりで拭った。いつのまにかビールも一缶あけてしまっている。

「念のため、二缶買っておいて正解だった」

 新幹線到着一分前の判断を褒めながら、二缶目のプルタブをあける。
 お酒は嫌いではない。二缶で酔うことなどないし、昔は家で晩酌することもあった。だけど、毎日家で行う処理仕事はアルコールが入ると集中力が欠けてしまう。私が今、お酒を許している場面は仕事の飲み会や接待、それからこの新幹線の時間だけだ。

「タレを食べた後は、塩も食べたくなるよね」

 手羽先が甘辛なので、焼き鳥はシンプルに塩を選んだ。ももとねぎまと一本ずつ。どれも名古屋コーチンを使用したものだ。
 串にささった肉は、ほんのりきつね色にこげめがついている。間違いなくおいしいな……と、まずはももから一口。
 最初に感じたのは、肉の弾力……!名古屋コーチンの特長で、よくしまった身はごりごりっとした噛み応えがあり、肉の旨みがダイレクトに伝わってくる。
 塩はあとからかけられたのでなく、しっかり下味がついている。シンプルな味付けはビールに合う……!
 続いて、ねぎま。炙られた白ねぎの香ばしさととろっとした甘さときたら……! 鶏肉の塩気ともバランスがよく、炭火のこげもたまらない。

「白ねぎの甘みがうつった鶏肉ってなんでこんなおいしいんだろうな」
 あっという間になくなってしまった串を見ながら小さく呟いてしまう。

 最後に待っているのはつくね。こちらは照り照りとしたタレに絡められていて、楽しみはその中身にもある。
 プラスチックケースの中でそっとつくねを割ると、オレンジ色に光る半熟卵が顔を出した。とろりと黄身が垂れるから、思わず生唾を飲みこむ。なんという贅沢……!
 つくねは柔らかいが、鶏肉の旨みもギュッと詰まっている。そこに絡んでくる半熟卵!

「これは……最高……」

 昨日から我慢していた名古屋居酒屋メシを一気に浴びてしまえば、そんな感想しか出てこない。

 お腹もふくれてきたところで、少し箸休めとする。
 二時間のフルコースだから、焦らずにちょっとずつゆっくり食べすすめよう。

 膝を冷やしている袋からデザートを取り出した。保冷剤と一緒に巻かれているのは瓶に入ったプリン。二時間しか持ち歩き出来ない生もののデザートは、お土産の選択肢からは外れてしまいがちだけど……新幹線で食べれば何も問題はない。むしろ新幹線で食べることをオススメしたい。

「食事の合間に甘いものを挟みたくなるんだよね……」

 小野木さんには「普通デザートは食後だろ」と言われけど、私はそう思わない。甘いものこそ一旦食中に挟みたい。そのあと食事に戻った方がデザートの良さを引き立てると思うし、食事も進む。……そりゃ異論は認めるけど、個人的に譲れない。

 さて、箱に入ったプリンは黄色に輝いている。このプリンも名古屋コーチンの卵をふんだんに使っているのである。
 意図せず、名古屋コーチンのフルコースにもなっていた。

「……あまっ」

 味の濃い居酒屋メニューの合間に挟むプリンのおいしさ、伝わってほしい。アルコールで火照った喉を滑り落ちるプリンの冷たさはこんなに気持ちいいんだ。

「これは……」

 思わず瓶を二度見してしまった。
 プリンは固めからとろとろまで柔らかさが様々で、各々好みがあると思うが、このプリンはやや固めでぷるっともちもちとしている。このほどよい固さは今まで食べたなかでも、かなり好みかもしれない。卵の存在感を確かに感じられ、甘さは控えめだが濃厚で満足感がある。
 あっという間にガラス瓶は空っぽになってしまった……。

 それでは、料理に戻ろうかと思ったとき。隣の男性が袋から箱を取り出した。男性が取り出したのは駅弁でパッケージには「味噌カツ」という文字が見える。
 なるほどね、味噌カツね。……味噌カツ。……味噌カツもいいなあ。
 これ以上食べられないと思って諦めたけど、味噌にたっぷり漬け込んだ串カツも、お店のラインナップにはあったのだ。こんなことになるなら買っておけばよかった……。一度想像すると口の中が味噌になってしまう。

「あ」

 ひらめいた私はトートバッグからあるものを取り出した。
 矢田さんからもらったお土産を思い出したのだ。

 岡崎の特産品といえば、八丁味噌。矢田さんがくれたのは、この八丁味噌をなんにでも合わせることができるようにパウチにされたもので、気軽に食べ物にかけて八丁味噌を楽しむことができる。「とんかつにかけて味噌カツでもいいし、野菜炒めとかおでんとか……あっ、焼きナスもオススメかな!」と言ってくれていた。どうせ家で使用するわけだし、ここで少し使うのは全然アリ!

 味噌ダレの蓋をあけると、赤味噌の香りがした。
 トレイの上に残っているだしまきたまごに目を向ける。優しい味にこの味噌は絶対に合う……。
 パウチを軽く押すと味噌が飛び出て、それをだしまきたまごにちょこんとつけて食べてみる。

「ん! 合う!」

 そうそう、この味噌の口になっていたんだよ。味噌欲をかなえることができてよかった。矢田さん、ありがとう……。
 味噌の辛味とたまごに含まれた優しい出汁は想像以上に相性がいい。矢田さんがおでんが合うと言っていたのだから当然と言えば当然だが……かなり満足。すぐに食べ終えてしまい、ビールと一緒に手羽先もお腹の中にすべて収まってしまった。

 フルコースの〆ご飯として買っていたのは、四つ入りの天むす。普通のおにぎりの半分くらいのサイズだろうか。海老の天ぷらをころんした丸形の米が包み、さらに海苔が囲み込んでいる。
 頭からぱくっとかぶりつく。しっとりした衣を感じたあと、すぐにぷりっとした海老が勢いよく口の中に転がり込んできた。

「てんぷら部分だけ出てしまった」
 
 いつもこうだ。海老のぷりぷり食感を楽しみつつも、主役が抜けてしまったおにぎりを見つめる。しかし衣自体に味がしっかりついているから、海老がいなくなったあとでもおいしい。むしろこの天ぷらの味がついた冷たい米がおいしいまである。米の甘さと塩加減、しっとりとした海苔も最高だ。

 しかし二つ目を食べ終えたところで腹八分……いや、九.五分。

「残りは明日の朝ごはんにしよう」

 お腹がいっぱいになったなら、無理して全部食べなくてもよい。自由に好きなだけ食べていいのが、この新幹線フルコース。

「でも、甘いものは別腹」 

 気分に合わせてフルコースのメニューはいつだって変更してもいい。お土産用に買っていたお菓子を今から食べることに決定!

 月に何度か出張するから、新幹線で食べる用以外にお土産を買うことはほとんどない。だけど駅構内に出店していた大あんまきの屋台を見て、気持ちをおさえることができなかった。大あんまきはその日に作られ、翌日には賞味期限が切れてしまう。自分が出張に行かなくては食べられないお土産のひとつ。洋菓子も大好きだけど、私はあんこに目がないのである。

 だしまきたまごのような大きさと形をしている大あんまきをうっとり見つめる。以前話に聞いて、食べたいとずっと思っていたんだ。

 大あんまきとは、小麦粉で焼いた薄い生地であんこを包んだもの。一本丸ごと食べるのはさすがに量があるが、この場ですべて食べなくてもいい。もともと家で食べるために買ったのだ。
 割りばしを逆さにして、五センチ分切る。これなら今のお腹の容量にぴったりだ。
 大あんまきは抹茶あんや栗あんなどバリエーションに富んでいるが、今回はチーズあんまきに決めた。
 一気に頬張ると、まずはしっとりとした生地のほのかな甘み。そしてぎっしりつまったあんこ! 甘さ控えめなあんこにチーズのやわらかな塩味! あまいとしょっぱいのかけ算は高く評価されるべきものだ。

 一切れ食べるともっと食べたいと欲が出てくるが、お腹は膨れているし夜食にしよう。今夜の仕事は夜中までかかるだろうから。

 居酒屋フルコース、デザート付きを楽しんでいたら、いつのまにか新幹線は新横浜駅に到着していた。東京駅まで残り少し。
 トートバックからノートパソコンが覗いてきたのでにらめっこしたが、数秒後には窓の外に目を戻す。まだ食事の余韻に浸っていたい。

 ――移動し〝ながら〟だから、食事だけでいい。

「岐阜のおいしいものでも調べようかな」

 きっと名古屋では見つからない、岐阜ならではのメニューが岐阜駅周辺にある。岐阜は旅行でも行ったことがないから、どんなグルメがあるのかまだ知らない。

 でも、調べるのはやめよう。岐阜に行ってから決めよう。そのときの気分でもいいし、匂いに誘われてもいい。そのエリアの人におすすめをきくのもいい。

 知ることは、楽しい。画面の中だけではない、実際にその地域に行って、触れて、知るんだ。

「その前に、もう一口大あんまき食べちゃおう」

 ジャケットを羽織るまで、あと十分。
 大あんまきはたぶん、全部なくなることになると思う。