お土産ごはんフルコース in 新幹線


千里(せんり)っていつも自分の席でおにぎりかじってない?」
「……小野木(おのぎ)さん。サンドイッチの日もありますよ」
「いや、そういう意味じゃなくって。たまには外も出てみたら? ここらの定食屋、安いところもけっこうあるし」
「午後の会議に向けて、データを目に通したいので」
「会議って二時だろ。昼食終わってからでもいい」
「食べるのって、何も考えなくていいじゃないですか。噛んで飲み込むだけです。脳が余ってます」
「ながら作業中毒だ」
「中毒って大袈裟な……時間を有効に使いたいだけですよ」

 時間は有限だ。日々の業務をこなすだけで一日はあっという間に終わる。食事は口と手を動かすだけでいいのだから、メールチェックをしたり、データを確認する簡単な作業と並行できる。時間が足りないんだ。

「マルチタスクにこだわると逆に効率落ちると思うけど」
「わかってます。だから同時にこなすのは二つまで、と決めてます」

 ――移動しながらの食事は、〝移動〟と〝食事〟。同時にこなすのは二つまで、だったよな?

 彼の言葉にまんまと納得させられて。

 今、私は膝の上にたくさんの袋を抱えているのである。彼が教えてくれた出張のお楽しみは……いつのまにか私のお楽しみになっている。
 新幹線は神戸に向かってゆっくりと動き始めた。

『大丈夫。移動時間を有効活用してる。だから、食事だけでいいんだよ』

 小倉駅から新神戸までは二時間ある。
 この時間はパソコンを開かない。メールや資料のチェックもしない。
 私には、新幹線で移動をするという大きな目的がある。
 
 だから、この時間はご飯を食べることだけに集中してもいい。

 
 ⚘ お土産ごはんフルコース in 新幹線 ⚘


 新幹線は空いていて通路側の隣は空席、後ろの席もいない。イスのシートを軽く倒し、ジャケットを脱ぎ、身体をシートに委ねれば、ここは私だけのスペースとなる。
 時刻は十一時半。
 それでは、お土産でランチフルコースといきますか。

「どれから食べようかな」

 大小様々な袋の中に控えているのは五種類のご当地グルメ。駅近くでどれを食べるか散々悩みながら購入するのも楽しかったが、どれから食べるか悩む時間も楽しい。

 お土産フルコースとは、なかなか大げさな言い方でフルコースの型にまったくハマっていないしルールもなんにもない。自由にほんの少し贅沢に、ご当地グルメをテイクアウトやお土産で購入し、新幹線でひたすら食べ続けることである。
 二週に一度やってくる出張の密かな楽しみになっている。小野木さんの掌のうえで転がされているのはいなめないのだが……。

 どれにするかと悩んで袋に手を当てると、ほんのりあたたかさが伝わった。
 
「冷める前に、まずはあったかいものから」

 あたたかさと一緒に伝わるのは、香ばしい小麦の匂い。細長い紙袋をそっと剥がした先に見えるのは――明太子フランス。
 誰もいないし……と豪快にかぶりつく。フランスパンのしっかりした感触を噛み締めると、濃厚な明太子ソースがとろりと溢れてきた。その後からぴりっとした辛味が追いかけてくる。

「……おいし」

 そうだ、私はお腹がすいていたのだ。空腹に気づいてしまうと、もう我慢できない! すぐにもうひと口かじる。フランスパンにはバターがたっぷり染み込んでいて、そこに塗られた明太子が絶妙。濃厚なソースに包み込まれていたのは、ぷちぷちとした食感……!

「このぷちぷちがたまらない……」

 表面はパリッと音が立つほど硬いけど、中はふんわりとしていて簡単に嚙み切れる。焼きたてだからこその食感だ。

 小倉駅は福岡県北九州市にある。
 駅のお土産コーナーで存在感を放っていたのは、福岡名物筆頭・明太子だ。明太子に強く心を惹かれたものの、残念ながら並んでいるのは冷凍明太子。
『冷凍なので、持ち歩きは十三時間まで可能ですよ』と親切な店員さんは教えてくれたが、あいにく出張はまだ続いている。このまま家に帰るのではなく、関西にも二日滞在する必要がある。夕食は社内の懇親会もあるから、ホテルですべて食べきるのは難しそうだ。

 それでも明太子が食べたい私が選んだのは、明太子フランス。有名店の明太子をたっぷり使用し、その場でパンを焼いてくれる。明太子欲を満たすことができるし、新幹線の中で食べるのに最適といえる。

 半分まで食べ終えたところで、一息。今度は冷たいものを袋から取り出した。
 太めのストローがささったカップに入っているのは、淡いピンク色をした飲み物――あまおうスムージー!

 一気に吸い込むと、冷たさが入り込んできた。とろりとした甘さが口いっぱいに広がっていく。

「……ふう」

 温かくて辛い物を食べた後に、冷たくて甘いものを飲む。これはため息が出るのも仕方ないと思う……!
 この組み合わせは我ながら天才だ。こうやって組み合わせを考えるのもこのフルコースの醍醐味。
 福岡で有名なあまおうは出張では持ち帰りは難しいが、飲み物ならこうしていただける。
 しかもこのスムージーは、あまおう苺をまるごと凍らせて削っているから、苺のおいしさをそのまま味わえるのだ。甘さのなかに秘められた酸味は新鮮で、まろやかなミルクとの掛け合わせも素晴らしい……。

 甘さで和らいだところで、明太子フランスに戻ると――食べ終えるまでは一瞬。
 スムージーはまだまだじっくり楽しみたいので、窓際のトレーに一度避難。飲み干さないように気を付けないと。

「次は甘いものにいきますか」

 座席のトレーの上に置いたのは、小さな箱と紙袋。
 ひとつは、和菓子屋。もうひとつは、パン屋で購入したもの。
 
 箱に貼ってあるセロハンテープをぺりぺりと剝がすと二本のお団子が見えた。
 これは福岡に店舗を構える老舗和菓子屋で購入したもので、私が一番目当てにしていたものである。
 今回選んだのは、みたらし団子と白あん団子。
 団子は店内で作られた出来立てのもので、その場で焼き目をつけてくれる。そこにたっぷりの餡を合わせてくれるのだ。
 
 さっそく、みたらし団子から一口。
 照りのある餡が団子に絡みついていて、甘い醤油の香りが鼻腔をくすぐる。甘じょっぱさとお焦げの香ばしさが抜群においしい! 団子は柔らかくもちもちとしていて、噛み締めると素朴な団子の甘みが顔を出す。餡には少し酸味もあるからさっぱりと食べやすいのかも。

 ひとつ食べたら次は白あん団子に交代。全部一気に食べてしまうのはもったいないから、交互に食べていこう。

「うわ、ボリューミーだ」

 白あんが団子と同じ高さほど積まれている。大きな口を開けると、控えめな白あんの甘さが滑り込んできた。乾燥レモンが散らされていて、爽やかさとほのかな苦味もいいアクセント。もったりとした白あんと、やわらかい団子の組み合わせは最高……。
 
 家に帰ってからでは、この風味は味わえない。
 お土産やテイクアウトは出来立てをすぐ食べるのはなかなか難しい。家に持ち帰るまでに時間がかかるものも、新幹線で食べるのであれば購入してから三十分以内に味わうことができる!
 新幹線で食べる良さをじわじわ感じながら、みたらし団子をまたかじる。

「けっこうお腹が張ってきた……でもこれは絶対に食べたい」

 紙袋に入っているのは、小さめのパンひとつ。
 テイクアウトは、小さいもの一つでも気兼ねなく購入できるところがいい。
 駅弁にも惹かれるけど、このお土産フルコースがより自分に合っているのはそういうところだ。新幹線の駅やその周辺はおいしいもので溢れているから。食べ歩きのような感覚で、好きなものを好きなだけ食べることができるのがいい。

 手のひらにころんと乗るパンには、一見普通のロールパンに見える。のだが、これがたまらなく美味しいらしい。以前、噂を聞いて以来、絶対食べるのだと決めて、駅に向かうまでの商店街で購入した。
 柔らかいパンを一口かじると、じわじわと甘みが溢れてくる。このとろりとした甘いものの正体は練乳。噛むたびに優しいミルクの風味が広がり、自然と笑顔になってしまう。
 残しておいたあまおうスムージーとの相性もバツグン! 苺と練乳が合わないわけがないね、と自然と笑みが浮かぶ。

 これで食事はいったん終了。
 袋の中に最後ひとつ残っているのは、お菓子。
 どんな味なんだろう?と興味が湧いて買ってみた、めんたい味のかりんとう。甘いのか、からいのか、予想がつかない。

 ひとまず、ひとつ口に放り込んだ。ぼりぼりっという小気味いい音と共に、かりんとうの甘さ、続いてピリッとした辛さが現れる。

「かりんとうのコーティングしてる油が好き」

 と呟きながら、もうひとつ。これは食べ始めたら、とまらない系のお菓子……! 口から聞こえる音を楽しみながら、もう一つ。
 窓の外をぼんやり眺めながら、案の定手が止まらなくなってきた。

 新幹線の中だけは、思考を停止させて食事に集中できる。

『千里はたまに立ち止まるくらいがちょうどいいよ。千里見てるとあれ思い出す。泳ぎ続ける……なんだっけ』
『心配しなくても私はマグロではないですよ。止まったからって死にません』
『そうそう。だから二週間に一回くらい自分を甘やかせよ』

 何が「だから」なのかはわからないけど、「移動中は食事だけでいい」という言葉にはなぜか納得してしまった。
 自分が納得したなら、受け入れるしかない。
 そして本当に悔しくて仕方ないのだけど、このフルコースは生活の数少ない楽しみになってしまっている。苦手意識の強い店舗周りもこれがあるから乗り越えられてしまうと思う。

 短いメロディのあとに「まもなく新神戸駅」とアナウンスが流れた。私はゴミをひとつにまとめて、シートをもとに戻し、ジャケットを羽織る。この時間はおしまい。

 時刻はまだ十四時前。
 仕事モードに切り替えると、スーツケースを握りしめて新幹線を降りた。