「いらっしゃい」
店内は思っていたより狭かった。
カウンターが数席と、小さなテーブルが二つだけ。
壁には手書きのメニューがズラリと並ぶ。昔ながらの居酒屋って感じ。
メニューは端から順に刺身、焼き魚、煮魚などの魚料理。
おでん、焼き鳥、いくつものお酒、あとはサイドメニューがいくつか。
私はカウンターの端に座ると、職人気質のような白い割烹着姿の老齢の男性店主に声を掛けられる。
「一人?」
「はい」
「どうぞ、ごゆっくり」
それだけ。怪訝な顔をされることもなくて、なんだかほっとした。
目の前にもメニューの一覧があったのでしばらく眺めると、そして「すみません」と老店主に声を掛ける。
「はい?」
「今日のお魚って何ですか?」
「銀だらですよ」
「……銀だら」
私の脳内に、焼き魚の映像が浮かんだ。
白い身と脂、つやつやとした照り。想像しただけで先程までの満腹はどこにいったのか、急に空腹感を覚えてしまう。
「ください」
「焼きで?」
「はい」
「お酒は?」
私は一瞬考えた。明日も仕事ならここは控えるべきだと分かっている。
でも今日は一日頑張った。
「……ビール、小さいのください」
「はいよ」
ほどなくして、ビールが届いたのでグラスに注ぐ。
私は一人で乾杯する。
「お疲れさま、私」
誰も聞いていないから言えた。
そして、ぐっと飲む。
「っはぁ……」
仕事終わりのビールは、どうしてこんなに美味しいのだろう。
そこへ銀だらが来た。
皮がこんがり焼けていて、食欲をそそる焼き立ての魚の香りが漂う。
箸を入れただけでほろりと崩れる白い身を口に運ぶ。
「……」
脂はすごいがしつこくない。
味噌のような甘い香りと塩気が銀だらの旨味を引き立たせる。文句無しの味に言葉が出なかった。
私は無言でビールを飲むと、また銀だらを口に運ぶ。
「お姉さん、魚好き?」
隣の席から声がしたので見ると、いつの間に座ったのか年配の女性が笑っていた。
「はい。大好きです」
「よかったねえ。今日は当たりだよ」
「そうなんですか?」
焼酎が入っていると思しき透明なグラスを左右に振りながら「そうよ」と優雅に答える。
「ここの銀だら、人気だから」
「……知らずに入りました」
「そういうのが一番いいのよ」
女性は楽しそうに笑った。きっと常連客なのだろう。もう出来上がっているのか屈託のない笑顔を浮かべる。
「調べて来るのもいいけどね。たまたま入って、美味しかったっていうのが、あとで思い出すのよ」
その言葉にハッとして箸を止めた。
たまたま入って美味しかった。
それが思い出になる。
「……確かに」
「東京はそういう店がいっぱいあるから」
「いっぱいありすぎて困ります」
「じゃあ、また来ればいいのよ」
女性はそう言って、はふはふとおでんを食べる。
(そっか……また来ればいいんだ)
東京には店がたくさんある。
だから、全部を一度に食べなくていい。
今日の店が当たりだったらそれでいいし、外れだったとしてもそれも旅の思い出になる。
出張だからって、正解を選ばなくてもいい。
(やっと分かったかも。出張メシの楽しみ方)
店内は思っていたより狭かった。
カウンターが数席と、小さなテーブルが二つだけ。
壁には手書きのメニューがズラリと並ぶ。昔ながらの居酒屋って感じ。
メニューは端から順に刺身、焼き魚、煮魚などの魚料理。
おでん、焼き鳥、いくつものお酒、あとはサイドメニューがいくつか。
私はカウンターの端に座ると、職人気質のような白い割烹着姿の老齢の男性店主に声を掛けられる。
「一人?」
「はい」
「どうぞ、ごゆっくり」
それだけ。怪訝な顔をされることもなくて、なんだかほっとした。
目の前にもメニューの一覧があったのでしばらく眺めると、そして「すみません」と老店主に声を掛ける。
「はい?」
「今日のお魚って何ですか?」
「銀だらですよ」
「……銀だら」
私の脳内に、焼き魚の映像が浮かんだ。
白い身と脂、つやつやとした照り。想像しただけで先程までの満腹はどこにいったのか、急に空腹感を覚えてしまう。
「ください」
「焼きで?」
「はい」
「お酒は?」
私は一瞬考えた。明日も仕事ならここは控えるべきだと分かっている。
でも今日は一日頑張った。
「……ビール、小さいのください」
「はいよ」
ほどなくして、ビールが届いたのでグラスに注ぐ。
私は一人で乾杯する。
「お疲れさま、私」
誰も聞いていないから言えた。
そして、ぐっと飲む。
「っはぁ……」
仕事終わりのビールは、どうしてこんなに美味しいのだろう。
そこへ銀だらが来た。
皮がこんがり焼けていて、食欲をそそる焼き立ての魚の香りが漂う。
箸を入れただけでほろりと崩れる白い身を口に運ぶ。
「……」
脂はすごいがしつこくない。
味噌のような甘い香りと塩気が銀だらの旨味を引き立たせる。文句無しの味に言葉が出なかった。
私は無言でビールを飲むと、また銀だらを口に運ぶ。
「お姉さん、魚好き?」
隣の席から声がしたので見ると、いつの間に座ったのか年配の女性が笑っていた。
「はい。大好きです」
「よかったねえ。今日は当たりだよ」
「そうなんですか?」
焼酎が入っていると思しき透明なグラスを左右に振りながら「そうよ」と優雅に答える。
「ここの銀だら、人気だから」
「……知らずに入りました」
「そういうのが一番いいのよ」
女性は楽しそうに笑った。きっと常連客なのだろう。もう出来上がっているのか屈託のない笑顔を浮かべる。
「調べて来るのもいいけどね。たまたま入って、美味しかったっていうのが、あとで思い出すのよ」
その言葉にハッとして箸を止めた。
たまたま入って美味しかった。
それが思い出になる。
「……確かに」
「東京はそういう店がいっぱいあるから」
「いっぱいありすぎて困ります」
「じゃあ、また来ればいいのよ」
女性はそう言って、はふはふとおでんを食べる。
(そっか……また来ればいいんだ)
東京には店がたくさんある。
だから、全部を一度に食べなくていい。
今日の店が当たりだったらそれでいいし、外れだったとしてもそれも旅の思い出になる。
出張だからって、正解を選ばなくてもいい。
(やっと分かったかも。出張メシの楽しみ方)
