東京出張でひとりごはんはじめました

 出張が嫌いだった。
 正確に言えば、出張そのものが嫌いなのではない。
 知らない土地へ行くことも、新幹線に乗ることも、普段とは違うホテルに泊まることも、それほど嫌いではなかった。
 むしろ、少しだけ好きだ。
 ただ――。

「夕飯、どうしよう」

 これが嫌だった。
 出張先で一人になると、いつもこの問題に悩まされる。
 仕事を終えたあとに、知らない街で知らない店に一人で入る。
 それがどうにも苦手なのだ。
 別に一人で食事ができないわけではない。
 普段だって一人でラーメンを食べることくらいあるし、休日には一人でカフェにだって入る。
 けれど出張先では勝手が違う。
 仕事で疲れていて土地勘がない。翌朝も早いので居酒屋で深酒もできない。
 そして何より――変なものは食べたくない。
 そんな妙なプレッシャーがある。
 だから私は出張時の食事は、ホテルの部屋でコンビニ弁当を食べる。
 安全で確実だし、なにより失敗しない。
 ホテルから徒歩三分のチェーン店のコンビニエンスストアには見慣れたパッケージのお弁当が何種類も並んでいて、この上ないくらい最高だ。

「味気ないんだよね……」

 新幹線の窓から東京の街を眺めながら、私は小さく呟いた。
 今日は一泊二日の東京出張。目的は取引先との打ち合わせと、新商品の説明会。
 場所は東京駅から少し離れたオフィス街。電車一本で行けて本数も多い。
 仕事は明日の午後まで続き、終わったらすぐに新幹線に乗らなければならないが
 つまり今夜は自由だ。
 私は鞄の中からスマートフォンを取り出した。
 東京駅を検索すると、そこを起点としてお店を探す。
 口コミサイトから始まり、東京駅周辺の地図や飲食関係のインフルエンサーが投稿するSNSやブログまで検索範囲を広げていく。

(へぇ。こんなにあるんだ……)

 こんがり焼いた焼き鳥、新鮮なネタを使った寿司。つるんとした喉ごしの蕎麦、値段ピンキリの洋食。
検索結果が多すぎて、だんだん目がチカチカと疲れを訴え始める。

「東京って、お店多すぎない?」

 当たり前のことを呟いてしまう。東京は、何度来ても慣れない。
駅は大きいし人も多い。道も多くて乗り換えだけでひと苦労。
 そして店も多くて、レストラン街は複数ある。選択肢が多すぎるというのは、時に人を疲れさせる。
 結局、私はスマートフォンをしまうが、そこでふと思う。

(今日くらい、冒険してみてもいいんじゃない?)

 それはほんの小さな思いつきだった。
 明日も仕事はあるから深酒はしない。
 肩肘の張る高級店に行くことも、テレビで何度も取り上げられるような有名店に並ぶこともしない。
 ただ気になった店に入って、好きなものを食べる。
 あとはホテルに帰るだけ。

「それくらいならできるかも」

 私は少しだけ笑った。