きみのいる夏

三日もすると、トビーの顔がもとの白い肌に戻った。

「トビーの肌は、ひどくなる時も早いけど、治るのも早い。ちっとも、黒くならないんだな」

「そうなんです。小麦色の肌は憧れです」

「誰も、持っていないものがほしくなる、ということだよな」

「ミチさんは、何がほしいですか」

「なんだろう。そうだ、週末に、近くで、大きな花火大会が開催されるんだ。数百発の花火が打ち上げられる。行ってみたいかい」

「行きたいです、ぜひ」

「わかった。まかせておけ」



 花火大会のために、道継が浴衣を用意した。

 道継の浴衣は濃紺で、トビーのほうは白地に藍色の朝顔が染め抜かれたものに、黄色い帯である。

「歩きにくい」

 トビーが苦戦したのは下駄だった。

 道継が手を差し出すと、トビーがその手をしっかりと握った。

 港へ近づくにつれ、人の流れが増えていく。

 子どもたちは光る剣や風車を振り回し、浴衣姿の家族連れが笑いながら歩いている。屋台からは甘い綿菓子の匂い、醤油を焦がす焼きとうもろこしの香り、焼きそばを炒めるソースの匂いが潮風に乗って流れてきた。

「あ、金魚すくい」

 トビーが屋台の前で足を止めた。赤や黒の金魚が、提灯の明かりを受けて水槽の中をゆらゆら泳いでいる。

「やりたいか」

「はい。やったことないんです」

「トビーはやったことないことが、多いな」

「そうなんです」

「それって、これから試すことがたくさんあるってことだよ」

「ミチさんって、いつもポジティブですよね」

「そんなことはない。ほら」

 トビーはうれしそうに薄い紙を張ったポイを受け取ると、水面に沈めた。

「そんなに勢いよく動かすと、破れるぞ」

 トビーのポイはあっけなく破れ、悲しそうな顔で、道継を見上げた。

「よし。おれにまかせろ」

 道継はポイを斜めにして、次々と三匹の金魚をすくった。

「ミチさんは、何でもできますね。やっぱりすごい」

「そんなことは、ないよ」

 しばらくすると、会場の照明が少し落とされ、ざわめきが静まり、人々が一斉に夜空を見上げた。

 ドン――。

 腹の底まで震わせるような音が海に響き、漆黒の空へ一輪の金色の花が開いた。

 一瞬遅れて、海面にももう一つの花が咲くと、浜辺から一斉に拍手が起こった。

「すごいね」

 火薬の匂いを含んだ潮風が二人の間を吹き抜けた。

 赤、青、緑、黄色。

 大輪の花が次々と夜空を染め、そのたびに海が色を変える。沖に停泊した漁船の影が、光を浴びて黒く浮かび上がった。

「ミチさん、ぼくのこと、好きですか」

「どうなんだろう」

 道継がトビーをちらりと見た。

「嫌いじゃないですよね」

「それは、そうだな」

「ミチさん、ぼくのこと、大好きですよね」

「うん」

 トビーが道継の腕を両手で包みこんで、笑った。

「トビー、楽しいかい」

「うん。この時間がもったいなくて、過ぎてほしくない」

「こういうことは、これから、何度でも、あるから」

「そうだね。きっと、そうだよね。」

 トビーが顔を道継の腕にくっつけると、道継がその頭を撫でた。