三日もすると、トビーの顔がもとの白い肌に戻った。
「トビーの肌は、ひどくなる時も早いけど、治るのも早い。ちっとも、黒くならないんだな」
「そうなんです。小麦色の肌は憧れです」
「誰も、持っていないものがほしくなる、ということだよな」
「ミチさんは、何がほしいですか」
「なんだろう。そうだ、週末に、近くで、大きな花火大会が開催されるんだ。数百発の花火が打ち上げられる。行ってみたいかい」
「行きたいです、ぜひ」
「わかった。まかせておけ」
*
花火大会のために、道継が浴衣を用意した。
道継の浴衣は濃紺で、トビーのほうは白地に藍色の朝顔が染め抜かれたものに、黄色い帯である。
「歩きにくい」
トビーが苦戦したのは下駄だった。
道継が手を差し出すと、トビーがその手をしっかりと握った。
港へ近づくにつれ、人の流れが増えていく。
子どもたちは光る剣や風車を振り回し、浴衣姿の家族連れが笑いながら歩いている。屋台からは甘い綿菓子の匂い、醤油を焦がす焼きとうもろこしの香り、焼きそばを炒めるソースの匂いが潮風に乗って流れてきた。
「あ、金魚すくい」
トビーが屋台の前で足を止めた。赤や黒の金魚が、提灯の明かりを受けて水槽の中をゆらゆら泳いでいる。
「やりたいか」
「はい。やったことないんです」
「トビーはやったことないことが、多いな」
「そうなんです」
「それって、これから試すことがたくさんあるってことだよ」
「ミチさんって、いつもポジティブですよね」
「そんなことはない。ほら」
トビーはうれしそうに薄い紙を張ったポイを受け取ると、水面に沈めた。
「そんなに勢いよく動かすと、破れるぞ」
トビーのポイはあっけなく破れ、悲しそうな顔で、道継を見上げた。
「よし。おれにまかせろ」
道継はポイを斜めにして、次々と三匹の金魚をすくった。
「ミチさんは、何でもできますね。やっぱりすごい」
「そんなことは、ないよ」
しばらくすると、会場の照明が少し落とされ、ざわめきが静まり、人々が一斉に夜空を見上げた。
ドン――。
腹の底まで震わせるような音が海に響き、漆黒の空へ一輪の金色の花が開いた。
一瞬遅れて、海面にももう一つの花が咲くと、浜辺から一斉に拍手が起こった。
「すごいね」
火薬の匂いを含んだ潮風が二人の間を吹き抜けた。
赤、青、緑、黄色。
大輪の花が次々と夜空を染め、そのたびに海が色を変える。沖に停泊した漁船の影が、光を浴びて黒く浮かび上がった。
「ミチさん、ぼくのこと、好きですか」
「どうなんだろう」
道継がトビーをちらりと見た。
「嫌いじゃないですよね」
「それは、そうだな」
「ミチさん、ぼくのこと、大好きですよね」
「うん」
トビーが道継の腕を両手で包みこんで、笑った。
「トビー、楽しいかい」
「うん。この時間がもったいなくて、過ぎてほしくない」
「こういうことは、これから、何度でも、あるから」
「そうだね。きっと、そうだよね。」
トビーが顔を道継の腕にくっつけると、道継がその頭を撫でた。
了
「トビーの肌は、ひどくなる時も早いけど、治るのも早い。ちっとも、黒くならないんだな」
「そうなんです。小麦色の肌は憧れです」
「誰も、持っていないものがほしくなる、ということだよな」
「ミチさんは、何がほしいですか」
「なんだろう。そうだ、週末に、近くで、大きな花火大会が開催されるんだ。数百発の花火が打ち上げられる。行ってみたいかい」
「行きたいです、ぜひ」
「わかった。まかせておけ」
*
花火大会のために、道継が浴衣を用意した。
道継の浴衣は濃紺で、トビーのほうは白地に藍色の朝顔が染め抜かれたものに、黄色い帯である。
「歩きにくい」
トビーが苦戦したのは下駄だった。
道継が手を差し出すと、トビーがその手をしっかりと握った。
港へ近づくにつれ、人の流れが増えていく。
子どもたちは光る剣や風車を振り回し、浴衣姿の家族連れが笑いながら歩いている。屋台からは甘い綿菓子の匂い、醤油を焦がす焼きとうもろこしの香り、焼きそばを炒めるソースの匂いが潮風に乗って流れてきた。
「あ、金魚すくい」
トビーが屋台の前で足を止めた。赤や黒の金魚が、提灯の明かりを受けて水槽の中をゆらゆら泳いでいる。
「やりたいか」
「はい。やったことないんです」
「トビーはやったことないことが、多いな」
「そうなんです」
「それって、これから試すことがたくさんあるってことだよ」
「ミチさんって、いつもポジティブですよね」
「そんなことはない。ほら」
トビーはうれしそうに薄い紙を張ったポイを受け取ると、水面に沈めた。
「そんなに勢いよく動かすと、破れるぞ」
トビーのポイはあっけなく破れ、悲しそうな顔で、道継を見上げた。
「よし。おれにまかせろ」
道継はポイを斜めにして、次々と三匹の金魚をすくった。
「ミチさんは、何でもできますね。やっぱりすごい」
「そんなことは、ないよ」
しばらくすると、会場の照明が少し落とされ、ざわめきが静まり、人々が一斉に夜空を見上げた。
ドン――。
腹の底まで震わせるような音が海に響き、漆黒の空へ一輪の金色の花が開いた。
一瞬遅れて、海面にももう一つの花が咲くと、浜辺から一斉に拍手が起こった。
「すごいね」
火薬の匂いを含んだ潮風が二人の間を吹き抜けた。
赤、青、緑、黄色。
大輪の花が次々と夜空を染め、そのたびに海が色を変える。沖に停泊した漁船の影が、光を浴びて黒く浮かび上がった。
「ミチさん、ぼくのこと、好きですか」
「どうなんだろう」
道継がトビーをちらりと見た。
「嫌いじゃないですよね」
「それは、そうだな」
「ミチさん、ぼくのこと、大好きですよね」
「うん」
トビーが道継の腕を両手で包みこんで、笑った。
「トビー、楽しいかい」
「うん。この時間がもったいなくて、過ぎてほしくない」
「こういうことは、これから、何度でも、あるから」
「そうだね。きっと、そうだよね。」
トビーが顔を道継の腕にくっつけると、道継がその頭を撫でた。
了



