自主制作映画の制作が長引いて帰る頃には日が沈み時刻は20時を過ぎていた。劣化の進んでいる街灯が点滅して消えかけ状態であった。想定よりも帰るのが遅くなって瑞樹との約束が守れないかもしれない。明日も来いよ。俺ん家。瑞樹の声が何度も頭の中で再生される。
「……え?綾城先輩?」
当たりが暗く見えにくかったが遠くから見慣れた顔が徐々に近づいてくる。そこにはやっぱり瑞樹がいた。俺が呼んだとき、瑞樹は足を躓き地面に倒れそうになる。
「危ない!」
咄嗟に支えた体が妙に重い。でも、この感覚は俺にも分かる。瑞樹の腕を自分の方に回し体勢を整える。少し迷ってから声をかける。
「綾城先輩、飲んでるんですか」
「……ちょっとだけ」
「絶対ちょっとじゃないでしょ……」
消えかけた街灯がかろうじて照らしていた小さな光の下、瑞樹に届いているかも分からない言葉をこぼした。また、昨日の瑞樹の言葉が頭の中によぎる。真っ直ぐな目で言われたあの言葉。考えときますとだけ言ったが心の中では迷わずに決まっていたこと。そのまま何も言わずに瑞樹を支え直す。
「帰れますか」
「帰れる」
これは帰れない声だろ。絶対。ため息を暗闇に落とす。
「家まで送りますから」
「……ん」
素直な返事に従い、なんとか瑞樹を歩かせながら記憶を頼りに家まで送る。ドアを開けて中へ入り、瑞樹を荷物と一緒にソファへ運ぶ。
「着きましたよ、先輩」
声をかけるとまた意味ありげに「滝」と名前を呼ばれる。その声はアルコールを含んでいるせいかいつもより少しだけ甘かった。
「来たな」
「送っただけです」
「来たじゃん」
次はさっきの甘えた声とは違うぼそっと拗ねたみたいな言い方。寄っているとはいえ、瑞樹の態度がこのときだけは俺より年上とは思えなかった。それくらい、子供っぽくて、新鮮で、可愛らしかった。そんなことを思っていると拗ねた子供が口を開く。
「……約束、しただろ」
「また明日来ます……じゃあ、もう帰りますね」
言いながら鞄に手をかける。拗ねた子供になった瑞樹を一人にするのはたしかに心配でしかないけど、このまま瑞樹の家にお邪魔するのも違う気がする。
「待って。帰んの」
「はい。……その状態で一人は無理ですよね」
「大丈夫」
瑞樹の声に反応して動きが止まる。また、絶対大丈夫じゃない言い方。「明日、また来ます」と言い直しながらもでも……と続きを濁しそうになって慌てて言葉を呑んだ。
「……やだ。帰んな」
少しだけ潤んだ瞳が真っ直ぐに俺を見る。その目は、ずるい。
見たことないような瑞樹の姿。不思議な気持ちなのに、嫌なときとは違う胸の感じ方。
「一緒にいろよ」
変わらず子供みたいな言いなのにやけに芯のある感情。
「……綾城先輩、酔ってるので」
「酔ってる。だから、今くらいいいだろ……離れるな」
「分かり、ました」
「うん」
小さく息を吸って言うといつものように即答される。だけど少しだけ安心したみたいで、瑞樹が全身から脱力する。ソファからまた瑞樹の腕を自分の肩へ回し支える。「歩けますか?」と訊くと静かに頷いていた。ベッドに座らせるとそのまま流れて横になる。
「滝、ここ」
「いや……それは」
「いいから」
強引なまま力の入っていない腕に引っ張られいいように瑞樹の隣に座らされる。
「……滝」
「ちゃんと来いよ、明日」
「いきます」
そう答えると、満足そうに目を閉じる。
「……約束な」
それだけ言うと、安心したみたいに寝息が落ちる。気づいたら完全に夢の中。先輩の寝顔。子供みたいに甘えた声にぴったりな寝顔だった。先輩との約束が出来たのが嬉しくて、口元が緩む。酔ってるから。寝てるから。大丈夫。そう、自分に言い聞かせて先輩の横で一夜を過ごした。
朝だ。柔らかい光が目を閉じていても分かる。
目を開けると、瑞樹はもう先に起きていた。
「……おはようございます」
「おはよ」
少しの沈黙。そして先輩が先に口を開く。
「……昨日の、ノーカンだから」
思わず聞き返すと先輩は目を逸らしながら続けた。
「酔ってたし…ちゃんとしたやつじゃないし。今日、来い」
昨日と同じ言葉。
「ちゃんとした状態で、もう一回…」
心臓が、どくんと鳴る。胸に手を当てると動きが早い事が分かった。とにかく、返事だけ。俺は短く答えた。朝の光みたいに柔らかい声で言われた。あぁ、どうしよう。先輩がすぐそこにいるのに、自然と口元が緩む。胸が甘く軋んで、ドクンと高鳴る鼓動が聞こえていないだろうかと心配になった。
「今日、楽しみにしてますね」
本編の制作を終わらせてエンドロールまでしっかり確認をして大学を出た。今日はまだ空がオレンジだった。少し歩いてインターホンを押すとすぐにドアが開く。
「……来たな」
昨日のアルコールを含んだどこか甘い声とは違う、ちゃんとした声。
「昨日さ。ノーカンって言ったけど…あれ、全部本音だから。寂しかったのも。」
瑞樹の視線を向けられ逃げられない。「逃げません」確かに自分が言った言葉なのに、瑞樹を前にすると言葉が出ない。そのまま、距離が少しずつ縮まる。触れそうで、触れない。人差し指、中指とゆっくり瑞樹の手と絡められていく。指が動くたびに名前を呼ばれて心臓が今にも張り裂けそうな気分になる。そしてふに、っと柔らかい感触が唇に。
「お前が逃げないって言ったみたいに俺もノーカンとか、冗談とかいう言葉に逃げない。滝のこと好きだから」
いつもの低い声。閉じた目を開いて俺の頭を撫で少しだけ笑っていて、恥ずかしげに笑った。
「……続き、今度な」
その一言で、全部持っていかれる。続き?それ以上があるのか……?瑞樹の寝顔を見ながら呟く。
「……みずき、さん。おれもみずきさんの隣にいたいです」
自分でも驚く程に小さな声だった。
「……え?綾城先輩?」
当たりが暗く見えにくかったが遠くから見慣れた顔が徐々に近づいてくる。そこにはやっぱり瑞樹がいた。俺が呼んだとき、瑞樹は足を躓き地面に倒れそうになる。
「危ない!」
咄嗟に支えた体が妙に重い。でも、この感覚は俺にも分かる。瑞樹の腕を自分の方に回し体勢を整える。少し迷ってから声をかける。
「綾城先輩、飲んでるんですか」
「……ちょっとだけ」
「絶対ちょっとじゃないでしょ……」
消えかけた街灯がかろうじて照らしていた小さな光の下、瑞樹に届いているかも分からない言葉をこぼした。また、昨日の瑞樹の言葉が頭の中によぎる。真っ直ぐな目で言われたあの言葉。考えときますとだけ言ったが心の中では迷わずに決まっていたこと。そのまま何も言わずに瑞樹を支え直す。
「帰れますか」
「帰れる」
これは帰れない声だろ。絶対。ため息を暗闇に落とす。
「家まで送りますから」
「……ん」
素直な返事に従い、なんとか瑞樹を歩かせながら記憶を頼りに家まで送る。ドアを開けて中へ入り、瑞樹を荷物と一緒にソファへ運ぶ。
「着きましたよ、先輩」
声をかけるとまた意味ありげに「滝」と名前を呼ばれる。その声はアルコールを含んでいるせいかいつもより少しだけ甘かった。
「来たな」
「送っただけです」
「来たじゃん」
次はさっきの甘えた声とは違うぼそっと拗ねたみたいな言い方。寄っているとはいえ、瑞樹の態度がこのときだけは俺より年上とは思えなかった。それくらい、子供っぽくて、新鮮で、可愛らしかった。そんなことを思っていると拗ねた子供が口を開く。
「……約束、しただろ」
「また明日来ます……じゃあ、もう帰りますね」
言いながら鞄に手をかける。拗ねた子供になった瑞樹を一人にするのはたしかに心配でしかないけど、このまま瑞樹の家にお邪魔するのも違う気がする。
「待って。帰んの」
「はい。……その状態で一人は無理ですよね」
「大丈夫」
瑞樹の声に反応して動きが止まる。また、絶対大丈夫じゃない言い方。「明日、また来ます」と言い直しながらもでも……と続きを濁しそうになって慌てて言葉を呑んだ。
「……やだ。帰んな」
少しだけ潤んだ瞳が真っ直ぐに俺を見る。その目は、ずるい。
見たことないような瑞樹の姿。不思議な気持ちなのに、嫌なときとは違う胸の感じ方。
「一緒にいろよ」
変わらず子供みたいな言いなのにやけに芯のある感情。
「……綾城先輩、酔ってるので」
「酔ってる。だから、今くらいいいだろ……離れるな」
「分かり、ました」
「うん」
小さく息を吸って言うといつものように即答される。だけど少しだけ安心したみたいで、瑞樹が全身から脱力する。ソファからまた瑞樹の腕を自分の肩へ回し支える。「歩けますか?」と訊くと静かに頷いていた。ベッドに座らせるとそのまま流れて横になる。
「滝、ここ」
「いや……それは」
「いいから」
強引なまま力の入っていない腕に引っ張られいいように瑞樹の隣に座らされる。
「……滝」
「ちゃんと来いよ、明日」
「いきます」
そう答えると、満足そうに目を閉じる。
「……約束な」
それだけ言うと、安心したみたいに寝息が落ちる。気づいたら完全に夢の中。先輩の寝顔。子供みたいに甘えた声にぴったりな寝顔だった。先輩との約束が出来たのが嬉しくて、口元が緩む。酔ってるから。寝てるから。大丈夫。そう、自分に言い聞かせて先輩の横で一夜を過ごした。
朝だ。柔らかい光が目を閉じていても分かる。
目を開けると、瑞樹はもう先に起きていた。
「……おはようございます」
「おはよ」
少しの沈黙。そして先輩が先に口を開く。
「……昨日の、ノーカンだから」
思わず聞き返すと先輩は目を逸らしながら続けた。
「酔ってたし…ちゃんとしたやつじゃないし。今日、来い」
昨日と同じ言葉。
「ちゃんとした状態で、もう一回…」
心臓が、どくんと鳴る。胸に手を当てると動きが早い事が分かった。とにかく、返事だけ。俺は短く答えた。朝の光みたいに柔らかい声で言われた。あぁ、どうしよう。先輩がすぐそこにいるのに、自然と口元が緩む。胸が甘く軋んで、ドクンと高鳴る鼓動が聞こえていないだろうかと心配になった。
「今日、楽しみにしてますね」
本編の制作を終わらせてエンドロールまでしっかり確認をして大学を出た。今日はまだ空がオレンジだった。少し歩いてインターホンを押すとすぐにドアが開く。
「……来たな」
昨日のアルコールを含んだどこか甘い声とは違う、ちゃんとした声。
「昨日さ。ノーカンって言ったけど…あれ、全部本音だから。寂しかったのも。」
瑞樹の視線を向けられ逃げられない。「逃げません」確かに自分が言った言葉なのに、瑞樹を前にすると言葉が出ない。そのまま、距離が少しずつ縮まる。触れそうで、触れない。人差し指、中指とゆっくり瑞樹の手と絡められていく。指が動くたびに名前を呼ばれて心臓が今にも張り裂けそうな気分になる。そしてふに、っと柔らかい感触が唇に。
「お前が逃げないって言ったみたいに俺もノーカンとか、冗談とかいう言葉に逃げない。滝のこと好きだから」
いつもの低い声。閉じた目を開いて俺の頭を撫で少しだけ笑っていて、恥ずかしげに笑った。
「……続き、今度な」
その一言で、全部持っていかれる。続き?それ以上があるのか……?瑞樹の寝顔を見ながら呟く。
「……みずき、さん。おれもみずきさんの隣にいたいです」
自分でも驚く程に小さな声だった。

