「部長、ここのシーンのセリフ切った方がいいですかね?」
「うーん。でもここ大事なシーンだしな……あ、でも尺的に……」
映画研究会(映研とも呼ばれている)の部室は自主制作映画の台本、編集の相談や雑談映画鑑賞の音なので常にガヤガヤとしている。いつもなら気にしながらも作業できるが今日はなんだか気持ちがぼーっとする。
「滝、相談があるんだけど……って。大丈夫か?さっきから上の空って感じだけど」
映研の部長、波多野先輩。生きていく中で同じサークルに入らなかったら俺と関わることはなかったであろう、The·陽キャな先輩だ。映画鑑賞の次に帽子集めが趣味らしく、毎日被る帽子のバリエーションが多い。今日は、黒字にロゴ刺繍のシンプルなデザインの帽子だ。
「昨日珍しく飲んでたもんね〜ゆずるん酒弱いし」
小道具を運びながら中野先輩が話に乗る。中野先輩は、部員全員にあだ名をつけ、俺は"ゆずるん"と呼ばれている。
「大丈夫です。昨日帰る時にえっと……綾城先輩が、助けてくれて」
「あー、綾城?カクテル研の?」
「……はい」
その名前を改めて耳にした瞬間、マウスを握り手がわずかに動きを止める。たった一度名前が出ただけなのに。だけど、綾城瑞樹という名前は話に出るとなかなかのインパクトを残すような気もする。現在時刻は十五時半。カクテル研究会の活動は十七時から始まる。
「(……行くか。)」
お礼をしに。
と、言うことで……俺は昨夜の「彼氏」という瑞樹の声が、言葉が頭から離れないまま、第二サークル棟へ向かっていた。映研での作業をある程度終わらし時刻はちょうど十七時頃。空はほのかにオレンジ色に染まっているというのに、部室はカーテンで閉められどこか薄暗い。扉の向こうから椅子か、机か、何かを運び床へ置く音が聞こえる。その音に思わず息が止まる。
「何してんの、俺」
でも、ノックをしてしまったのはお酒のせいじゃないことは確かだった。中から落ち着いた声がする。
「どうぞ」
扉を開けた瞬間、昨夜とは違う顔をした綾城瑞樹がそこに立っていた。カクテル研究会は、もっと大人びていて洒落たバーみたいなのを想像していたが、実際は大学の一室に簡易カウンターを置いただけの空間であった。だが、カウンター奥の棚に並んだグラスが本格的で、瑞樹ひとりと俺しかいないのに、自分の存在の場違い感が否めない。ぎこちなく部室に足を踏み込み先輩へ目を向ければ、「滝」と名前を呼ばれ小さく頷いた。惹き込まれそうな涙袋がしっかりしていて大きな優しい瞳。黒いシャツの袖をまくり、氷をグラスに落とす。氷とガラスが触れ合ったコン、と澄んだ音が聞こえる。その姿は"マスター"と呼ばれているだけあり様になっていた。
「……こんにちは」
「珍しいな。なんかあった?」
「いや、特には……たまたま通りがかっただけと言うか」
分かりやすい嘘だ。瑞樹はそれ以上追求せずグラスの中の橙色のカクテルを混ぜる。部室内にはかすかに柑橘の匂いが漂う。
「そう。ところで昨日は大丈夫だったか?」
「はい、おかげさまで」
瑞樹と話しているとどうも言葉に詰まってしまい自分でも、なんで部室に行くまでしたのか分からなくなっていた。逸らしていた視線をまた瑞樹に向けて口を開く。
「ああいうの慣れてるんですか」
「慣れてるって言うか、面倒なのはさっさと片付けた方がいいだろ」
俺の言葉の意味を理解したのかあぁ、と小さく笑う。さっきと変わらないさらっとした声色。それを聞いて俺は少しだけ眉をひそめる。
「彼氏って言うのは……?」
聞いてしまった。と思い膝から崩れ落ちそうになるのを必死に抑えた。瑞樹がこちらを見る。一瞬だけ目が細くなるのがわかる。
「早いだろ。あれが」
軽い。だけど、昨夜の瑞樹の言動に深い意味は無いと知り安堵している自分がいる。なのに胸のざわつきは収まるどころかさらに増している気がする。お礼をしたかったはずなのに「ありがとうございます」の一言も言えずとにかく頭を下げた。
「一杯飲んでく?」
「いいです。俺弱いので……」
「知ってる。昨日真っ赤だった」
即答された。そして、瑞樹の口角が少しだけ上がる。
「それより、お礼かなにかしたいんですけど」
「お礼……別にいいよ。俺大したことしてないし」
「いや、それは悪いので……」
「真面目だな」
「普通です」
先輩はあげた口角をそのままにまた小さく笑った。持っていたグラスを置き手を当て考えるポーズをとる。
「じゃあ昨日一緒帰ろ」
「えっ」
まさかの瑞樹の提案につい聞き返す声が出る。ただ目を泳がせていると瑞樹が続ける。
「昨日のこともあってさすがに心配だしな」
結局自分から言い出したのに断れないよなと思い、瑞樹の背中を追いかけるように歩く。辺りはカクテルのようなオレンジに染まっていたはずなのに空はオレンジから赤、紫と変化していた。空を見上げてまた瑞樹へ目線を下ろすと耳のピアスが照らされて輝いていた。弱く風が吹く春の空気は冷たかった。
「お前ん家どこだっけ」
「ここ右に曲がればすぐです」
「そう」
「あの、ほんとにこんなのでいいんですか?送ってもらうのは逆に俺が得するというか」
「そこまで言うなら……お前ん家行ってもいい?」
はい。戸惑いながらも返事をして俺の家まで案内する。
「どうぞ……」
また、断れなかった。決して嫌だったわけではないが、俺から言ったのに断るとか失礼だよな……。これは推しに弱いだけなのか?結論の出ない議題は何度も頭の中でぐるぐると渦を巻く。瑞樹はドアをバタンと閉めたあと、部屋を見渡し眉を下げる。
「お前、そんな簡単に家に入れちゃうんだな。俺が悪いやつじゃないとは限らないし」
「え、あ……すみません?」
「別に謝って欲しいわけじゃない」
俺に向いていた目線はクリーム色のカーペットが敷いてある床へと下がって声のトーンも後半になるとさらに低くなっていたように思う。謝って欲しいわけじゃない。またすみませんと言いかけたが言葉を呑んで続けた。知らない間に謝るくせでもついたのだろつか。
「ところで、俺の家に来てなにかしたいことでも?」
「んー、じゃあ映画観たい」
さっきの低い声のトーンとはうんと変わって、明るい少し子供っぽさのある無邪気な声色で瑞樹は話しながら部屋に並ぶ代表のDVDのディスクに指を指す。これも俺には断る理由がないので、また話題になっていてたまたま借りていたBlu-rayの映画を観ることに。瑞樹と俺の家で映画を観るなんてなんだか不思議な気持ちだ。部屋の電気を暗くして、プレイヤーにディスクを入れて再生する。確か、恋愛モノだったような……。タイトルを見た時は別に深く考えていなかった。瑞樹はソファに深く腰を下ろして、俺を隣に招くように軽く叩いた。
「楽しみだな」
そう言って昨日みたいに口角を上げてら笑顔を俺に見せる。内容は、とにかく甘酸っぱい青春ラブストーリーだった。主演二人の不器用ながら言葉でちゃんと伝えようとする姿がどこかもどかしくて、愛おしかった。高校生の頃。こんな恋愛がしてみたいと何度願ったことか。「好き」だなんて言葉を耳にタコができるほど聞いてみたかった。物語の終盤。たくさんの壁にぶつかりながらも卒業式の前日。ついに告白するシーンだ。
――「俺は卒業したあともお前の隣にずっといられたらなって思う。好きだ」
それまでただの音だったはずのセリフが、鮮明に耳に残った。まるで、瑞樹のあの言葉みたいに。周りの音が少しだけ遠くなる。理由も分からないまま、隣を意識してしまう。胸に手を当てなくても心臓が脈を打つのが早くなっているのが分かる。涙を目にいっぱい溜めて、一粒、また一粒と頬をつたって落ちていく。ほんとに好きなんだ。お互いの気持ちがついに通じあって熱いハグをする。雲ひとつない快晴の下、二人ともぐじゃぐじゃに泣く。カメラがどんどんフェードアウトしていき主題歌とともにエンドロールが流れる。流れ終わると部屋を明るくしてリモコンで音量を小さくする。
「終わりましたね」
少ししてからそう呟いた。瑞樹はまだ名残惜しそうに画面を見つめている。
「こういう映画、好き?」
「嫌いではないです。映画ならだいたい好きなので。でも高校の頃、こういうの観てちょっと憧れたりはしました」
「恋愛?」
「まあ……そんな感じです」
瑞樹がまた口を開くまで沈黙が続いて、小さく息を吸ってから話す。
「今日はいい勉強になったな」
「何のですか」
「映研の。映画って終わったあとがいちばん余韻あるよな」
「エンドロールとかですか?」
少し考えてたから言った。瑞樹は頷きながら立ち上がる。
「そう。俺結構エンドロール真面目に見るタイプ」
「……意外かも、です」
「なんだよそれ……って、もう二十一時か。これ以上いたら迷惑だしそろそろ帰るわ」
「俺、送ります!」
まっすぐ挙手をしながら俺も立ち上がる。瑞樹は「いいのに」と言ったがこのままでは俺が貰いっぱなしだ。ただでさえ酔っぱらいが酔っぱらいに絡まれている面倒なところを助けてもらっただけで終わらず、俺のことを家まで送るとか一緒に映画を観るとか俺にとって得でしかないことばかりだったから。
外に出ると、夜の空気がひんやりとしていた。該当の光がアスファルトに落ちる。少し歩いてから瑞樹が口を開く。
「ああいう映画嫌いじゃないって言ってたけど映研でよく観たりするんの?」
「まあ、波多野先輩が好きなので……たまに」
「今日もあいつの趣味か」
「そうですね。この前波多野先輩に貸してもらったんです」
歩く音だけが夜に響く。
「今も恋愛、憧れる?」
少し間が空いてからの質問に言葉が出なくて瑞樹の顔が見れなくなる。いや、違う。俺の今の顔を瑞樹に見せたくなかった。外が暗くて良かった。と息をつく。
「高校生のときだけって、言ったじゃないですか」
「ふーん……って、からかいたかっただけだから顔上げろよ。送ってくのここまででいいから。またな、滝」
「……おやすみなさい。またな、大学で」
瑞樹はまた口角を上げて、意地悪に笑う。さらっと手を振る瑞樹に自分も繰り返し瑞樹を見送る。今夜の空は瑞樹に助けてもらったあの日と似ていた。
「うーん。でもここ大事なシーンだしな……あ、でも尺的に……」
映画研究会(映研とも呼ばれている)の部室は自主制作映画の台本、編集の相談や雑談映画鑑賞の音なので常にガヤガヤとしている。いつもなら気にしながらも作業できるが今日はなんだか気持ちがぼーっとする。
「滝、相談があるんだけど……って。大丈夫か?さっきから上の空って感じだけど」
映研の部長、波多野先輩。生きていく中で同じサークルに入らなかったら俺と関わることはなかったであろう、The·陽キャな先輩だ。映画鑑賞の次に帽子集めが趣味らしく、毎日被る帽子のバリエーションが多い。今日は、黒字にロゴ刺繍のシンプルなデザインの帽子だ。
「昨日珍しく飲んでたもんね〜ゆずるん酒弱いし」
小道具を運びながら中野先輩が話に乗る。中野先輩は、部員全員にあだ名をつけ、俺は"ゆずるん"と呼ばれている。
「大丈夫です。昨日帰る時にえっと……綾城先輩が、助けてくれて」
「あー、綾城?カクテル研の?」
「……はい」
その名前を改めて耳にした瞬間、マウスを握り手がわずかに動きを止める。たった一度名前が出ただけなのに。だけど、綾城瑞樹という名前は話に出るとなかなかのインパクトを残すような気もする。現在時刻は十五時半。カクテル研究会の活動は十七時から始まる。
「(……行くか。)」
お礼をしに。
と、言うことで……俺は昨夜の「彼氏」という瑞樹の声が、言葉が頭から離れないまま、第二サークル棟へ向かっていた。映研での作業をある程度終わらし時刻はちょうど十七時頃。空はほのかにオレンジ色に染まっているというのに、部室はカーテンで閉められどこか薄暗い。扉の向こうから椅子か、机か、何かを運び床へ置く音が聞こえる。その音に思わず息が止まる。
「何してんの、俺」
でも、ノックをしてしまったのはお酒のせいじゃないことは確かだった。中から落ち着いた声がする。
「どうぞ」
扉を開けた瞬間、昨夜とは違う顔をした綾城瑞樹がそこに立っていた。カクテル研究会は、もっと大人びていて洒落たバーみたいなのを想像していたが、実際は大学の一室に簡易カウンターを置いただけの空間であった。だが、カウンター奥の棚に並んだグラスが本格的で、瑞樹ひとりと俺しかいないのに、自分の存在の場違い感が否めない。ぎこちなく部室に足を踏み込み先輩へ目を向ければ、「滝」と名前を呼ばれ小さく頷いた。惹き込まれそうな涙袋がしっかりしていて大きな優しい瞳。黒いシャツの袖をまくり、氷をグラスに落とす。氷とガラスが触れ合ったコン、と澄んだ音が聞こえる。その姿は"マスター"と呼ばれているだけあり様になっていた。
「……こんにちは」
「珍しいな。なんかあった?」
「いや、特には……たまたま通りがかっただけと言うか」
分かりやすい嘘だ。瑞樹はそれ以上追求せずグラスの中の橙色のカクテルを混ぜる。部室内にはかすかに柑橘の匂いが漂う。
「そう。ところで昨日は大丈夫だったか?」
「はい、おかげさまで」
瑞樹と話しているとどうも言葉に詰まってしまい自分でも、なんで部室に行くまでしたのか分からなくなっていた。逸らしていた視線をまた瑞樹に向けて口を開く。
「ああいうの慣れてるんですか」
「慣れてるって言うか、面倒なのはさっさと片付けた方がいいだろ」
俺の言葉の意味を理解したのかあぁ、と小さく笑う。さっきと変わらないさらっとした声色。それを聞いて俺は少しだけ眉をひそめる。
「彼氏って言うのは……?」
聞いてしまった。と思い膝から崩れ落ちそうになるのを必死に抑えた。瑞樹がこちらを見る。一瞬だけ目が細くなるのがわかる。
「早いだろ。あれが」
軽い。だけど、昨夜の瑞樹の言動に深い意味は無いと知り安堵している自分がいる。なのに胸のざわつきは収まるどころかさらに増している気がする。お礼をしたかったはずなのに「ありがとうございます」の一言も言えずとにかく頭を下げた。
「一杯飲んでく?」
「いいです。俺弱いので……」
「知ってる。昨日真っ赤だった」
即答された。そして、瑞樹の口角が少しだけ上がる。
「それより、お礼かなにかしたいんですけど」
「お礼……別にいいよ。俺大したことしてないし」
「いや、それは悪いので……」
「真面目だな」
「普通です」
先輩はあげた口角をそのままにまた小さく笑った。持っていたグラスを置き手を当て考えるポーズをとる。
「じゃあ昨日一緒帰ろ」
「えっ」
まさかの瑞樹の提案につい聞き返す声が出る。ただ目を泳がせていると瑞樹が続ける。
「昨日のこともあってさすがに心配だしな」
結局自分から言い出したのに断れないよなと思い、瑞樹の背中を追いかけるように歩く。辺りはカクテルのようなオレンジに染まっていたはずなのに空はオレンジから赤、紫と変化していた。空を見上げてまた瑞樹へ目線を下ろすと耳のピアスが照らされて輝いていた。弱く風が吹く春の空気は冷たかった。
「お前ん家どこだっけ」
「ここ右に曲がればすぐです」
「そう」
「あの、ほんとにこんなのでいいんですか?送ってもらうのは逆に俺が得するというか」
「そこまで言うなら……お前ん家行ってもいい?」
はい。戸惑いながらも返事をして俺の家まで案内する。
「どうぞ……」
また、断れなかった。決して嫌だったわけではないが、俺から言ったのに断るとか失礼だよな……。これは推しに弱いだけなのか?結論の出ない議題は何度も頭の中でぐるぐると渦を巻く。瑞樹はドアをバタンと閉めたあと、部屋を見渡し眉を下げる。
「お前、そんな簡単に家に入れちゃうんだな。俺が悪いやつじゃないとは限らないし」
「え、あ……すみません?」
「別に謝って欲しいわけじゃない」
俺に向いていた目線はクリーム色のカーペットが敷いてある床へと下がって声のトーンも後半になるとさらに低くなっていたように思う。謝って欲しいわけじゃない。またすみませんと言いかけたが言葉を呑んで続けた。知らない間に謝るくせでもついたのだろつか。
「ところで、俺の家に来てなにかしたいことでも?」
「んー、じゃあ映画観たい」
さっきの低い声のトーンとはうんと変わって、明るい少し子供っぽさのある無邪気な声色で瑞樹は話しながら部屋に並ぶ代表のDVDのディスクに指を指す。これも俺には断る理由がないので、また話題になっていてたまたま借りていたBlu-rayの映画を観ることに。瑞樹と俺の家で映画を観るなんてなんだか不思議な気持ちだ。部屋の電気を暗くして、プレイヤーにディスクを入れて再生する。確か、恋愛モノだったような……。タイトルを見た時は別に深く考えていなかった。瑞樹はソファに深く腰を下ろして、俺を隣に招くように軽く叩いた。
「楽しみだな」
そう言って昨日みたいに口角を上げてら笑顔を俺に見せる。内容は、とにかく甘酸っぱい青春ラブストーリーだった。主演二人の不器用ながら言葉でちゃんと伝えようとする姿がどこかもどかしくて、愛おしかった。高校生の頃。こんな恋愛がしてみたいと何度願ったことか。「好き」だなんて言葉を耳にタコができるほど聞いてみたかった。物語の終盤。たくさんの壁にぶつかりながらも卒業式の前日。ついに告白するシーンだ。
――「俺は卒業したあともお前の隣にずっといられたらなって思う。好きだ」
それまでただの音だったはずのセリフが、鮮明に耳に残った。まるで、瑞樹のあの言葉みたいに。周りの音が少しだけ遠くなる。理由も分からないまま、隣を意識してしまう。胸に手を当てなくても心臓が脈を打つのが早くなっているのが分かる。涙を目にいっぱい溜めて、一粒、また一粒と頬をつたって落ちていく。ほんとに好きなんだ。お互いの気持ちがついに通じあって熱いハグをする。雲ひとつない快晴の下、二人ともぐじゃぐじゃに泣く。カメラがどんどんフェードアウトしていき主題歌とともにエンドロールが流れる。流れ終わると部屋を明るくしてリモコンで音量を小さくする。
「終わりましたね」
少ししてからそう呟いた。瑞樹はまだ名残惜しそうに画面を見つめている。
「こういう映画、好き?」
「嫌いではないです。映画ならだいたい好きなので。でも高校の頃、こういうの観てちょっと憧れたりはしました」
「恋愛?」
「まあ……そんな感じです」
瑞樹がまた口を開くまで沈黙が続いて、小さく息を吸ってから話す。
「今日はいい勉強になったな」
「何のですか」
「映研の。映画って終わったあとがいちばん余韻あるよな」
「エンドロールとかですか?」
少し考えてたから言った。瑞樹は頷きながら立ち上がる。
「そう。俺結構エンドロール真面目に見るタイプ」
「……意外かも、です」
「なんだよそれ……って、もう二十一時か。これ以上いたら迷惑だしそろそろ帰るわ」
「俺、送ります!」
まっすぐ挙手をしながら俺も立ち上がる。瑞樹は「いいのに」と言ったがこのままでは俺が貰いっぱなしだ。ただでさえ酔っぱらいが酔っぱらいに絡まれている面倒なところを助けてもらっただけで終わらず、俺のことを家まで送るとか一緒に映画を観るとか俺にとって得でしかないことばかりだったから。
外に出ると、夜の空気がひんやりとしていた。該当の光がアスファルトに落ちる。少し歩いてから瑞樹が口を開く。
「ああいう映画嫌いじゃないって言ってたけど映研でよく観たりするんの?」
「まあ、波多野先輩が好きなので……たまに」
「今日もあいつの趣味か」
「そうですね。この前波多野先輩に貸してもらったんです」
歩く音だけが夜に響く。
「今も恋愛、憧れる?」
少し間が空いてからの質問に言葉が出なくて瑞樹の顔が見れなくなる。いや、違う。俺の今の顔を瑞樹に見せたくなかった。外が暗くて良かった。と息をつく。
「高校生のときだけって、言ったじゃないですか」
「ふーん……って、からかいたかっただけだから顔上げろよ。送ってくのここまででいいから。またな、滝」
「……おやすみなさい。またな、大学で」
瑞樹はまた口角を上げて、意地悪に笑う。さらっと手を振る瑞樹に自分も繰り返し瑞樹を見送る。今夜の空は瑞樹に助けてもらったあの日と似ていた。

