うんって言って、だいきくん


屋上に続く階段の、屋上の扉の真ん前までって行ったことある?僕は来たことなかった。

僕の高校の屋上は老朽化から閉鎖されてて、屋上に続く扉もバリケードがされてて通れない。一応どっかのクラスの掃除当番に入ってるのか、階段は綺麗だったけど。

僕は現在、その階段を上がり切ったバリケードすぐ横の踊り場で、胡坐(あぐら)をかいてむすっと拗ねた先輩に正面から跨って、もう両手でがっちりと両頬を摘ままれていた。ほっぺいてぇ。

「俺の都合ォ~~?」
「ひゃい……」
「セフレ二十人いねぇっつったよね~~??」
「おえんなはい」

頬を摘ままれていることによる"ごめんなさい"は、きちんと言えなかったけれど、先輩には通じたようだった。
しばらく拗ね顔で僕の頬をぐにぐにとしていた先輩が、大きなため息をひとつついて手を離す。ほっぺいてぇ……。

しかしそんなことより、真正面から抱っこされてるこの状況の方がのっぴきならない。ちょっと寄りかかればハグじゃん。ハグチャンスじゃん。ハグチャン。
いつも横から抱っこしてもらってぴったりしっくりばっちりなんだもの、正面からなんて絶対気持ちいいじゃん。う、ん、やっぱちょっと言葉選びが壊滅的だな僕。

けれど欲望とは素直なもので、僕の視線は無意識に先輩の胸板へ向く。
……今は怒られるかな。いや怒られてんだよな今。
その上でぺったんこしたら絶対怒られるよな。

「……おまえ物欲しそうすぎない……?」
「えっ!?わかりました!?」
「わかっ、わかるでしょそんなジッと見てたら……」

呆れたように言う先輩は、さっきまでの拗ねが霧散したかのように半笑いだ。
先輩がこて、と頭を傾けて空いたほうの肩をとんとんと示してくれるので、ンもうそうなったら僕も遠慮なく失礼する。来たれハグチャン。
両手もそのまま胴体に回せば、先輩の腕も僕をギュッとした。ぐい、と少々持ち上げられて、よりぴったりと密着する。


「…………」


――さ、サイコーじゃぁん……。

顔から身体の前面から腿から尻から、もう全部先輩である。密着度が過去最高。柔軟剤の匂いがする。……尻……?

「……、……なんか尻触ってません……?」
「ちょうどそこにあるから?」
「…………」

なるほど……?
IQ2の僕、流れるように受け入れる。尻よりもハグ。このぬくもりと安心感が手に入るなら尻の二つや三つどうってことねぇ。

先輩に回した腕にきゅうと力を入れれば、先輩からは小さく咳払いが漏れた。

「……だいきってさぁ」
「んっす」
「なんつーか……もしかして俺のこと好きなのかなって思ってたんだけど、マジで抱っこだけなんだな」

……はい……?
予想だにしていない発言にじわりと頭を持ち上げれば、そっぽを向いた先輩は、ちょっとだけ口を尖らせていた。
目の端で、ちらりと僕を見る。

「……いや、すっげ自意識過剰だなと思って俺」
「……自意識すか……」
「俺のこと好きだろうから、すぐライン来ると思ってた……んだよね……」
「…………」

へ、へぇ……。


途端に、先輩に縋りつくように、というかがっつり正面から抱きついている自分を俯瞰で認識してしまって、僕はぎしりと固まった。

視線がぐらぐらと揺れて、なのに先輩からは逸らせない。じりじりと、本当にじりじりと、ハグの距離を離していく。
けれど先輩の胴体に回した腕は外れなくて、まるで僕より先に身体が答えを知っているみたいだった。

「……急に真っ赤じゃんだいき」
「……あ……暑いんで……」
「そだねぇ……」

……からの沈黙……。

僕に回されたままの腕は、離す気が無いようにがっちりとしていた。
僕を覗き込む先輩の顔も、逃す気が無いようにじっと見つめていた。
だから見つめ返せば、先輩は苦笑いといった表情。

「……だいきくんキミちょっと可愛い自覚あります……?」
「……は、はつみみ……」

なけなしの軽口を返せば、さらに先輩の顔が寄ってくる。額は完全に触れていて、鼻先もちょっと掠っている。どこか抑えたような声がひとつ。

「いーことを思いつきましただいきくん」
「なん、すか」
「俺を恋人にすれば四六時中甘えちゃいたい放題」
「…………」

――え、えぇー……魅力的ぃ……。

「抱っこもぺったんこもキスもハグもそれ以上もいつでもご注文いただけます」
「なんか知らないの混じってる……」

それきり先輩は言葉を続けず、けれどなでるように僕の背中を滑っていく手のひらが、返事を待っているようで。
IQ2の頭で何とか文章を構築しようとするものの、多分それよりも離れない僕の両手のほうが、先に答えを出していたりして。

「……うんって言ってだいきくん」
「えぇ……」

頭から湯気が出そうなほどに、顔が熱かったのは覚えてる。
先輩の肩にもっかい埋まって、そのまま誤魔化すように頷いたのも、覚えてる。
何コマ目なのかもわかんないチャイムが聞こえて、あれっ僕授業サボってない……?とぼんやり思ったことも、覚えてた。


「……キスしたら怒る?だいき」
「う、え……お、怒る~~……」
「んなはははは、怒んのかよ」


埋まった肩口から聞こえる先輩の声はやっぱり心地よくて。

うーんやっぱサイコーっす先輩、って、僕は思いました。