うんって言って、だいきくん


――って言ったってなぁ……!?


『次はだいきの番ね』から二週間が過ぎ、僕は教室で、まことしやかにスマホを睨みつけていた。

冷静に考えて、――いや僕と先輩のこの謎の関係性に冷静さはないのかもしれないけど、それでも冷静に考えて、先輩を呼びつける後輩ってナニ……!?

しかも呼びつける内容が『そろそろ甘えたいんですけどいいですか』だぞ、全然意味わかんない。

そろそろどころか別に毎日抱っこしてもらっても構わないんだけど、いやそうじゃないか、いやでもこの欲望を抱えて二週間を越えてきたのもこれまた真実で、いやだからといって先輩にも都合があるだろうし、お誘い申し上げて『今日無理だわ』とか返ってきたら僕は死ぬ。
間違いなく死ぬ。そして二度とお願いできない。ハートがチキン。

「ササやんめっちゃ百面相してるよ」
「えっまじ……?」

例の彼女が、通り過ぎざまに僕を覗き込んでいく。自分の席へと戻っていくその背中を見ながら、ちょっと思う。
……相談してみようかしら。アタシ悪い男につかまりそうなのって。

(…………)

いややめておこう。この場合悪い男につかまってるの、どっちかというと先輩のほう。
おかしな欲望持ちの僕に捕まった哀れなセフレ二十人冤罪男。……なんかどっちもヤバそうで笑う。

「笹山ー!」

教室のドアの方でクラスメイトが呼んでいるのが聞こえて、僕の思考回路はそこでいったん終了した。顔を向ければ、僕を呼んだ男子生徒の横に、知らない女子生徒が二人。リボンの色が上級生。……なんだろう。

おもむろに立ち上がってそちらへ向かえば、男どもがにやにやと僕を見ている。絶対違うと思います。


「……なんすか」
「ダイキってあんた?」
「ちょっと来て」
「……っす」

ンぬあーーこれぜったい違うやつぅ……。
囃し立てようとしてたクラスメイトも、その先輩女子の剣幕に、ぐ、と口をつぐんでいた。こっここ腰抜けどもめ……。

スタイル抜群の女子二人に囲まれて歩く僕は、さぞかし不釣り合いに見えたことだろう。両手に華のはずなのに、実質連行される犯人だ。
何の用ですか、と聞ける空気でもない。ブレザーのポッケに手を突っ込んで歩く先輩女子二人は、一年男子からすれば威圧感しかない。コワァイ。

っていうか僕の右側にいる人、ゴミ捨て場できょーや先輩にセフレビンタしてた人じゃぁん……。


しばらく歩かされて、校舎の端っこ、廊下の火災報知機の赤ランプの前で止まる。

先輩二人は、黙って立ち尽くす僕の前で、スマホをいじったりネイルをじっと見下ろしたりしているだけ。まるで僕が片手間みたいだ。

「……え、てかきょーやがぁ、最近付き合い悪いわけ」
「…………」
「無視なんだけど。聞いてる?」
「あ、え、僕すか」
「お前以外いなくね?」

いやどっからの"てか"なんだよ……などとは言えず、すません、と謝る。目の前のお二人からは盛大な舌打ちが二つ聞こえて、女子コエーと思った。

「遊ぼっつっても来ないの。ずっとスマホ見てて」
「女?って聞いたら『ダイキ』って言うの。お前だよね?」
「……そっ、なん、でそれで僕なんすか……」

よわよわ僕、かろうじて攻勢に出る。全然攻められてはないけれど、ダイキってこの学校に何人いると思ってんの、の一心で攻勢に出る。ビンタした方の先輩が、ぎろ、と僕を睨んだ。

「きょーやが一年の笹山って言ってた」

あんにゃろ……!!

「お前のきょーやじゃねぇんだわ。うちらのなの」
「おっ、お付き合いしてんすか……」
「は!?お前に関係ある!?」

きゃんと咆えられて、僕もつい肩をすくめた。いや、正直僕に関係はないっすね……ないっすけど所有物っぽく言うから僕の中の好奇心がつい……。
ってか先輩ずっと僕からのライン待ってんの……?ええ……??

目の前のこわい女子二人より、そっちの方に意識が行ってしまって、ちょっとだけ顔がにやける。それが気にくわなかったのか、ビンタじゃないほうの先輩がガン、と壁を蹴った。

「なに笑ってんだよ!きめぇ!」
「っすません」

「え、こわ」


ふと聞こえた声に、三人で弾けるように顔をあげれば、廊下の向こうから渦中の男がぺたぺたと靴音をさせながら歩いてきていた。
ラブコメならヒーロー登場。しかしながら僕的には、いいところに!頼むから早くこの女子二人連れてって!!……である。

先輩女子二人が、「あっ」とちっちゃく呟いて急にしおらしくなる。

「きょーやどしたん」
「うちらのこと探してた?」

いやアンタらさっきまで壁蹴ってましたよね……つかビンタ先輩はセフレビンタかましてませんでしたっけ……!?
吹き出しそうになるのを堪え、僕がぐぐ、と俯いた。僕は気にせず行ってくれ。ホントこの隙に早くどっか行って。笑っちゃいそう。

だというのに、"きょーや"は女子二人を素通りしてまっすぐ僕の方へと歩いてきた。

「なぁなんで連絡くんねぇの。普通のラインはしてくれんのに」
「え、僕すか!?」

スマホをひらひらとアピールしながら、先輩が僕をずずいと壁際に追い詰める。
先輩の後ろの方で、女子二人がもんのすごい顔をしている気配があるが、僕ももう目の前の先輩しか見えない。何故ならちょっと拗ねていて顔面が強い。

「次はだいきの番って言ったよな俺」
「おっ、え、はい、でもっ」
「えなに、他にいい奴いんの?俺以外にもいんの?」

ちょ、ちょっと待ってすんごい語弊のあること言うじゃん……!?
咄嗟に首を横に振り、色々を一気に否定する。他の飼い主も否定。ついでに後ろの女子二人へ"先輩とはそういうんじゃないです"と否定。なお伝わってはいないみたいである。
っていうかなんで先輩ここに……。

「せ、先輩なんでここに来たんすか……!」

頭の中の疑問が、そのまま口から飛び出した。きゅ、と眉間に皺を寄せた先輩は、自分の質問に対する僕の答えとして気に入らなかったのか、少々むっすりした顔をしていらっしゃる。

「……だいきのクラス行ったらいねぇから」
「は、はぁ……」
「……したらクラスの奴らがこっち来たって言うから」

な、なるほど……?

ちら、と僕の視線が後ろの先輩女子二人に向いたことに気づいたのか、先輩が肩越しにそちらを振り返った。

「ッ……」
「ご、ごめんねきょーや……」

女子二人から小さく悲鳴が上がって、後ずさるようにして去っていく。――え、と思って先輩を見上げれば、こめかみに青筋を浮かべてわりと治安の悪い顔をしていた。

す、とこちらに向き直った先輩に、ちょっとだけ肩が跳ねる。

「んで?」
「……っえ、はい……」
「……俺は質問に答えましたけど、だいきくんはなんで俺に連絡くれないんですか」
「連、絡……は、してます……」

そういうことじゃないんだろうなぁ、ということは、もちろん僕もわかっている。ラインはしてる。お誘いはしてない。うん、わかってる。
でも僕の口からは、全然可愛くない返事が出てしまう。……い、いや、可愛くある必要はないんだけれども……。

「……。抱っこしなくていいんだ?」
「…………」
「……俺呼ばれんの待ってたんだけど」

いつの間にか、壁際に追い詰められた僕の胴に、先輩の腕が回っていた。
いつの間にか、もうすぐ眼前に、先輩のちょっとおこな顔が迫っていた。

「アッ」

またもや聞こえた声に廊下を振り返れば、僕の欲望をよく知るあの彼女が、口元を両手で押さえて立ち尽くしている。

「…………」
「…………」
「……なに?」

沈黙の中、先輩がぼそりと呟けば、ぶんぶんと首を振った彼女が、けれど目線だけで僕に「たすける!?」みたいな視線を向けてくる。
ぜひ!!と僕が頷くよりも先に、先輩が僕をがばりと囲った。

「さっきありがとね、だいき連れてくね」
「アッハイ!」

はい!?……先輩を差し向けたのはお前かー!

視界の端に見えた"ごめん!"と手を合わせる彼女の姿を最後に、僕は先輩にあっけなくさらわれていった。