うんって言って、だいきくん


『え、僕も外階段行ってたんですけど』
『まじ?おっかしいなー』
『二階と三階間違えたんですかね』
『え~』


『いまめしくった』
『なんの報告すか……?』
『いまふろ』
『スマホ風呂に落とす呪いかけた』


『電車おくれてんだけど。遅刻する』
『えぐいっすね』
『むかえにきてしょうき』
『僕だいきなんで行けないっすね』


(ヤバい楽しい……)

体育館裏での抱っこから数日、そんな感じでぽつぽつと続く先輩とのラインに、僕は少々頭などを抱えていた。

『だいきがいつでも俺を呼べるようにね』、なんて理由で交換した連絡先は、本来の目的にこそ使えていないものの、一行だけの短いやりとりがまばらに続いている。

彼女にだってこんなマメに連絡したことないのに、これが楽しいだなんて、僕ちょっとどうにかし始めている。彼女いたことないけど。

「ササやんめっちゃ顔ニヤけてるよ」
「えっまじ……?」

僕をよく知るあの彼女にそんな声をかけられ、ついスマホを伏せつつ頬を押さえる。だって構ってもらえちゃうんだもの、仕方ない。

別の女子に呼ばれて席へ戻っていく彼女の背中を見やりながら、伏せたスマホをもう一度起こす。
遅刻しそうな先輩からは、ぴえん、みたいな感じのスタンプが来ていて、僕もちょっとわけのわからない人型らしきスタンプを返した。

(いやー……)

満たされているぅ~。

たとえとしては正しくないかもしれないけれど、飼い主を得たわんちゃん猫ちゃんはこんな心境なんだろうか。
どんな心境って、その人のところへ行けば甘えられる、ほどよく構ってもらえる、ちょっとサイコーっていう心境。

先輩は男で、僕も男で、男女のように恋やら愛やらが絡むわけでもないから、男らしくないところを見られて嫌われちゃうんじゃ……みたいな心配もない。


――『だいきは可愛いよ』


(…………)

そっ、あれはぁー……まぁほら、犬とか猫とかうさぎとかハムスターとかのあれと同じだと思います。今の再放送は不適切。なんてったって奴は距離感めちゃ近セフレ二十人冤罪男なので。
神妙な顔をした僕、小さく首を振る。ブ、と手の中で小さくスマホが震えて、明るくなった画面にラインのポップアップが出た。


『昼休み、そとかいだんいこっかな』

「……、……」

――っそれはもう僕も行くが……?
すぐにでもラインの画面を開きそうになり、咄嗟に指先を止めた。待って待って、そんなすぐに既読にしたら「待ってました!」感が出るじゃん……はっず。僕はっず。コトリとスマホを置く、謎の余裕ぶったムーブなどをしてみる。

大体にして、先輩は"外階段に行く"という意思表明をしただけであり、"だいきもおいで"なんて一言も言っていない。これでもし僕が意気揚々と相席しに行って、「何しに来たの……?」なんてことになったら目も当てられない。
せっかく獲得した"甘えさせてくれる人"との距離感は慎重に保たなければならない。

そうですか、と返事をしようとしてスマホを持ち上げれば、画面には追撃のポップアップなどが出ていた。

『ひるめし忘れないでもってこいよ』

「っ……」

――わぁ~~、おいでもクソもねぇ~~……。
そんで多分そういう思わせぶりなとこがセフレ二十人疑惑に拍車をかけてんですよ先輩……!

キュッとスマホを握った僕は、大人しく『はい』の二文字を返信することしかできなかった。





さて、昼休み、母ちゃんの弁当などを持ち、校舎端っこ外階段の二階部分。
……僕は、ちょっと若干重々しく扉を開いていた。

先輩との昼飯がやだとかじゃない。

四コマ目が体育だった。めっちゃ汗かいた。
制汗スプレー無茶苦茶に振ってきた。
無茶苦茶に振った後に、いや僕意識し過ぎじゃね――!?と思って、濡らしたハンカチでちょっと拭いた。
けど、シトラスの匂いが全然取れねぇ。

……よって、若干重々しく外階段へ出向いた次第でございます。

そんなバタバタをしていたためにちょっと遅れて、汗なんて気にしてもう抱かれる気満々みたいですんごい恥ずかしいし、っていうか"抱かれる気満々"っていう言葉選びがすでに大事故だし、先輩は階段に腰かけてスマホをむいむいといじっているし。

「おっ、だいき遅かったじゃん」
「……っす」

階段から僕を見上げてへらりと笑う先輩に、ぺこ、と小さく頭を動かす。階段を先輩のとこまで降りていって端と端に座れば、きょとん、と僕を見る視線を感じた。

「……とおくね?」
「……――」

っすよね……!

いや、僕もちょっとあまりに不自然だよなとは思った……!がさがさと昼飯の袋を鳴らす先輩の物音を耳にしながら、お弁当バッグを膝に置いて、ほんのちょっとだけ口ごもる。

「――い、や、まじ四コマ目体育だったんすよ……シャレなんないくらい汗かいた」
「まじか。今日暑かったもんなぁ」
「そう、んでめっちゃスプレー振ってきたから今レモンくさくて」
「なははは」

からりとした先輩の声に、自然と僕の声も軽くなる。なんだ、別にこうして言っちゃえばよかったんだ。

体育したのは僕だけじゃないし、めっちゃ汗かいたのも僕だけじゃないし、制汗スプレーでえらい匂いになってんのも僕だけじゃない。

気が抜けて、お弁当を広げる。

視界の端で、どか、と僕の真横に座る先輩の気配。
耳の辺りを、すん、と嗅がれるような音。

「え、でもそんなくさくねぇよ?」
「――ッちっか!」

びっくりして飛びのけば、階段の壁に後頭部をごちんとやった、いってぇ!
ぐっと声も出せずに両手で後頭部を抱える。ちょういたい、頭二個に割れた絶対、あとくそはずい。

「うわだいきくんご無事……?」
「いてぇわはずいわでご無事じゃないっすね……!」

隣で覗き込んでくるのが目の端に見えて、ちょっとだけ身体を壁の方に逃がす。人がやらかして恥ずかしい時は覗き込んじゃいけませんって授業で習わなかったのか先輩。見ないでほしい。

けれど大きな手が、後頭部に当てられた僕の手の上から、頭をなでてくる。

「よーちよちいたいでちゅねぇ」
「ちょ、マジ最低」

からのサイコー。……いや、僕もつくづくちょろいなと思う。
恥ずかしいのを過度に心配するでもなく、見なかったことにするでもなく、こうしてからかって怒らせてくれる。僕的にはかなりありがたい。
大人しくなでられていれば、ぐい、と頭を下げさせられて、先輩にぶつけたところを観察された。

「たんこぶはなってねぇな」
「マジすか。そういえばたんこぶつくったことない」
「石頭じゃん。保健室いく?」
「行かないっす」

へらへらとしながら、そのままお互いにお昼を食べ始めた。先輩は相変わらず炭水化物のオンパレードで、今日は炭酸じゃなくて桃フレーバーのお茶だった。
おにぎりは、やっぱり二口くらいで消えていく。

「先輩って食いますよね」
「え、普通じゃね?だいきも弁当でっけぇじゃん」
「これうちの母親、父親の弁当とおんなじサイズつくるんす」

何気ない会話をしながら昼飯を食う、そんなとりとめのない今日である。
僕に小学生の妹がいる話とか、先輩はじいちゃんっ子だっていう話とか、先輩はもう制作系の専門学校に進学を決めてることとか。

マジ意味わからんライン多すぎっすねって話とか、だってだいきが返すからって文句とか、今日夕方から曇りっすねって話とか、して。

昼飯食い終わって、先輩が当たり前みたいに自分の腿をポンポンと叩くもんだから、……僕も、いそいそとお邪魔する。
きゅ、と肩を抱き寄せられて、足はこないだのようにすくい上げられて姫抱きだし、頭はやっぱり先輩の肩に寝かされるし。

「はは、めっちゃシトラスの匂いする」
「……いやマジ、……浴びるほどスプレーしたんで」
「うんうん」

何やら頷くような動きののちに、すり、と頭をなでられた。ぶつけたとこじゃなくて、てっぺんの辺りを。額に、先輩の口元が当たる。

「汗かいたの気にするくらい、抱っこされたかったね、だいき」
「……なん、なんすかその意地悪……」
「俺呼ばれんの待ってたんだけどね」
「…………」

――え、えぇー……。

つい何も答えられずに黙ってしまえば、先輩が息だけで笑った気配があった。じわ、と汗をかくような感覚を覚える。

遠くで、みんなの話し声や笑い声がする。グラウンドで遊んでるような声もする。
なのにここは静かで、先輩の肩にくっつけた耳からゆっくりとした呼吸の音だけが聞こえていて。

四コマ目に体育したのは僕だけじゃないし、それでめっちゃ汗かいたのも僕だけじゃないし、制汗スプレーでえらい匂いになってんのも僕だけじゃない。
でも、今この学校で一番先輩に近いのって、もしかして僕だけだな……??とも、思った。


「次はだいきが呼ぶ番ね」


そのお言葉を最後に先輩は喋るのをやめて、昼休みが終わるまで、ただ僕を抱いていた。

たまにお茶を飲む喉元を見ながら、何故か僕は、小さく頷くのが精一杯だった。