翌朝。朝食ブッフェを堪能した私は、スーツに袖を通し、ピンヒールを履く。
仕事用の戦闘服に着替えると、自然と気持ちも引き締まった。
約束の時間になると、女将さんが部屋を訪ねてくる。
「ご案内いたします。西園寺先生」
案内されたのは会議室。
中には支配人をはじめ、各部門の責任者と思われる人たちが並んでいる。
「一晩お世話になりました。改めまして、西園寺董子と申します」
私が頭を下げると、皆も一斉に礼を返した。
「いかがでしたでしょうか?」
支配人が、どこか緊張した面持ちで尋ねる。
「率直に申し上げます」
室内の空気が、ぴんと張り詰めた。
「接客、お料理、お部屋。どれを取っても素晴らしかったです」
支配人の表情がふっと緩み、安堵の笑みがこぼれる。
私は続けた。
「ただ、一つだけ惜しい点があります」
「……惜しい、ですか」
「皆さんの接客は、マニュアル通りでとても丁寧です。ですが、少し完璧すぎます。ロボットみたい」
女将さんと支配人が顔を見合わせる。
「ロボット……」
「あの、それの何がいけないのでしょうか」
支配人は困惑した様子で聞く。
「では質問です。皆さんは手紙をもらうなら、パソコンで印字されたものと、手書きのもの、どちらが嬉しいですか?」
私は一人ひとりの表情を見渡した。困惑する人、首をかしげる人、考え込む人。それぞれ反応は違う。
「あの……私は手書きが嬉しいです」
遠慮がちに手を挙げたのは、仲居姿の女性だった。
「ありがとうございます。他の方はいかがでしょう?」
次に口を開いたのは女将さん。
「私も手書きです。気持ちが伝わる気がしますし、私自身、お礼状などはできるだけ手書きで書くようにしています」
その言葉に、周囲のスタッフも「そうですね」と大きく頷いた。
「接客も同じです」
私は皆さんの顔をゆっくり見渡した。
「みなさんキチンと決められた仕事をされています。所作も美しい。ですがあまりにも整い過ぎて機械的な印象を受けました」
女将さんが「ああ」と思い当たるように頷く。
「口コミに"接客が事務的"と書かれることが多くて……」
「そうでしたか。マニュアルは、お客様を不快にさせないための土台です。でも、それだけでは、お客様は満足されません」
支配人が真剣な表情で耳を傾ける。
「昨日、夕食を担当してくださった仲居さんが、湯葉を気に入った私に『朝食でもお出しすることがあるんですよ』と教えてくださいました」
私は微笑んだ。
「勝手なことを……」
割烹着姿の男性が吐き捨てるように呟く。
「あら、なぜですか?」
相手の言葉を引き出すためにあえて聞く。
「朝食のメニューは仕入れで変わることがあるんで、でベラベラ喋られたら困るんですよ。クレームになったら面倒でしょう」
「そうですね、安易な情報提供はトラブルの元」
「そうだろう!」
「ですが私はその一言が、とても嬉しかった。また食べたいという気持ちに寄り添ってくれたのだとわかったので。おかげで朝食がさらに楽しみになりました」
女将が静かにうなずく。
「先生のおっしゃる通り。失礼がないことは大切です。でも、従業員をマニュアルで縛り過ぎていたのかもしれません」
支配人は何度も頷きながらメモを取っている。そして、真剣な表情でいった。
「この度は大変勉強になりました。今後の従業員教育に活かしていきたいと思います」
決意と意欲を感じられる眼差しが嬉しい。
「みなさんなら、出来ます! ぜひ今で以上にお客様に感動を届けて差し上げてください」
「西園寺先生、どうもありがとうございました」
皆が一斉に感謝の言葉を伝えてくれる。
「こちらこそ、ありがとうございました。次はプライベートで伺いたいと思います」
拍手で見送られ、私は宿を後にした。
