西園寺さんの出張めし

 夜風が、心地よく頬を撫でる。

ひとりになって思い出すのは七年前のこと。

先輩との出会いをきっかけに仕事は軌道に乗り、ビジネスクラス訓練にも無事合格。

後輩もでき任される業務も増え、私は順調そのものだった。

その頃、ホノルル便での乗務中にとある男性と出会った。

身なりが整っていて、物腰も柔らかい。不動産関連の会社を経営しているという彼は、ホノルルへ商談に行くのだと話してくれた。

何度か顔を合わせるうちに、彼は私を誘った。

『今度、食事でもいかがですか?』

 彼に対して恋心に近い憧れはあった。ただ、当時の私は、仕事の延長くらいの感覚で、軽く承諾してしまったのだと思う。

それが地獄の入り口だとも知らずに。

食事の席で、彼は私を好きだといい男女の関係を求めてきた。

『ごめんなさい。そんなつもりじゃ……』

 貰ったプレゼントも突き返し、きっぱり断った。

これで終わる、そう思ったのに。

その翌日から私のSNSには根も葉もない中傷が書き込まれ、会社にも匿名のクレームが届いた。

《色仕掛け、金目当て――そんな女は辞めさせろ》

 先輩は私を信じるといってくれた。

けれど、上司は違った。

保護の名目で私はビジネスクラスから外され国内線のフライトばかりが増えていく。

そんな中、男性の妻を名乗る弁護士から慰謝料請求が届き、ついに地上職への辞令が下った。

その瞬間、私は悟った。

――もう空には戻れない。

それでもわずかな希望を手放せず、しばらくは地上で働き続けたけれど、やがて私は会社を辞めた。

 今でも思い出すと涙が溢れてくる。

でもいくら悔やんでも過去は変えられない。

マナー講師になったのは私のような思いをする人を減らしたかったから。

「――西園寺さん?」

 聞き覚えのある声に、私は足を止めた。

顔を上げると数メートル先に、見覚えのある男性が立っている。

「……花村さん?」

「やっぱりそうだ。……本当に偶然ですね」

 いいながら駆け寄ってくる。

「偶然ですね。お仕事ですか?」

 松越デパートは博多にもある。けれど彼は小さく首を振る。

「いえ。法事がありまして、実家に帰省中なんです」

 確かに私服姿だ。

そして、今日もお洒落。ついじろじろと見てしまう。

「福岡のご出身でしたか」

「はい。久しぶりに帰ったら見合いの話ばかりされて……逃げて来たんですよ」

 その顔があまりにも嫌そうで、思わず笑ってしまった。

「分かります。うちの母もうるさくて」

「西園寺さんもでしたか。よかった」

(よかった?)

「……いまなんて?」

 そう聞き返すと、花村さんの顔がみるみる真っ赤になっていく。

「違います、すみません。大失言でした。忘れてください」

「いいですよ」

 私は少しだけ笑って、彼を見る。

「そのかわり、一杯付き合ってくれますか?」

 今夜は、誰かと飲みたい気分だ。