やがて、東京行きの東北新幹線がホームへ滑り込んできた。
私は指定席を確認しながら通路を進み、思わず足を止める。
「うそ……」
小さく声が漏れた。私の隣の席には、見覚えのある横顔。
花村さんが座っていた。
彼もこちらに気づき、驚いたように目を見開く。
「あれ、西園寺さん!」
「……花村さん、こんにちは。まさか、またお会いするなんて」
なんとなく気まずい。でも今さら席を変えるわけにもいかない。私は軽く会釈をして隣に腰を下ろした。
ほどなくして新幹線が静かに動き始める。
「花村さんはお仕事ですか?」
「ええ。仙台の店舗へ出張していました。西園寺さんは?」
「鬼怒川で……仕事でした」
危ない。温泉旅館で、とは言えない。守秘義務違反になってしまう。
「そうだったんですね」
「それから、この間はごちそうさまでした。スープカレー」
メールではお礼を伝えたものの、直接はまだ言えていなかった。
花村さんは恐縮したように首を横に振る。
「いえいえ。こちらこそ勝手なことをしてしまって、ご迷惑じゃなかったですか?」
「とんでもないです。驚きましたけど、とても嬉しかったです」
一瞬、穏やかな沈黙が流れる。
私はハッとして口元に手を添えた。
「ニンニク臭かったらごめんなさい。宇都宮で餃子を食べてきたので……」
すると花村さんは真顔のまま言った。
「実は僕も牛タンを食べてきましたから、お互い様ですね」
「いえ、牛タンは臭いませんから」
自慢にもならないが、餃子とビールをたらふく平らげた私には到底かなわない。
「確かにそうでした。全然フォローになってませんでしたね」
そう言うと、二人は顔を見合わせて同時に笑った。
不思議だ。さっきまで少しあったぎこちなさが、その笑い声と一緒にどこかへ消えていく。
「西園寺さんって、オフのときは別人ですよね」
「別人ですか?」
「あ、いや……変な意味じゃなくて。本当は可愛らしい方なんだなって。……あ、これも失礼でしたか」
花村さんは珍しく目に見えて慌てている。
松越グループの人材開発室長。仕事では隙のないエリートなのに、あたふたする姿がなんとも可愛らしい。
「いえ。ありがとうございます。"鬼"と言われるより、ずっと嬉しいです」
本音だった。可愛らしいと言われて嫌な気持ちにはなれない。
それに今は私もオフだ。
マナー講師として細かな言葉遣いを指摘する気も起きなかった。
「西園寺さんが鬼?」
「はい。ネットって怖いですよ」
「僕はそんな風には思いません!」
むしろ、その少し不器用な褒め言葉が、なんだか嬉しかった。
やがて新幹線は東京駅に到着した。荷物を持ってホームへ降りる。
挨拶をして別れようとしたとき、私は袋の中を見た。
冷凍餃子が二箱。
そうだ。
「あの、これ」
一箱を花村さんへ差し出す。
「宇都宮で買ったんです。よかったら召し上がってください」
「いやいや、そんな。いただけません」
「スープカレーのお礼です。どうぞ」
「本当にいいんですか?」
「お嫌いじゃなければどうぞ」
「大好きですけど、西園寺さんの分が減ってしまいませんか」
「一箱あれば十分です」
しばらく押し問答が続き、最後に花村さんが苦笑する。
「では、お言葉に甘えて」
「はい」
受け取ってもらえてホッとする。
花村さんは袋を見つめ、それから私に視線を戻した。
「お礼と言ってはなんですが……」
少し言いにくそうに頭をかく。
「今度、お仕事の打ち合わせも兼ねて、お食事でもいかがですか?」
その一言に、私は思わず身構えた。
(食事……?)
これまで何度も経験してきた。
“仕事の相談”と言いながら、実際は下心が見え隠れする誘い。
けれど、花村さんの目はまっすぐだった。
変な駆け引きも、軽薄さも感じない。
「もちろん、ご都合がよければで大丈夫です」
無理強いする様子もない。
私は少しだけ考えてから、小さく微笑んだ。
「……そうですね。お仕事のお話ならぜひ」
花村さんの表情が、ぱっと明るくなる。
「ありがとうございます。詳細は、またメールします」
――受けちゃった。
この仕事を始めてからずっと避けてきたお客さんとの一対一での食事。
花村さんなら大丈夫と思えた。
そんな自分に、少しだけ驚いていた。
私は指定席を確認しながら通路を進み、思わず足を止める。
「うそ……」
小さく声が漏れた。私の隣の席には、見覚えのある横顔。
花村さんが座っていた。
彼もこちらに気づき、驚いたように目を見開く。
「あれ、西園寺さん!」
「……花村さん、こんにちは。まさか、またお会いするなんて」
なんとなく気まずい。でも今さら席を変えるわけにもいかない。私は軽く会釈をして隣に腰を下ろした。
ほどなくして新幹線が静かに動き始める。
「花村さんはお仕事ですか?」
「ええ。仙台の店舗へ出張していました。西園寺さんは?」
「鬼怒川で……仕事でした」
危ない。温泉旅館で、とは言えない。守秘義務違反になってしまう。
「そうだったんですね」
「それから、この間はごちそうさまでした。スープカレー」
メールではお礼を伝えたものの、直接はまだ言えていなかった。
花村さんは恐縮したように首を横に振る。
「いえいえ。こちらこそ勝手なことをしてしまって、ご迷惑じゃなかったですか?」
「とんでもないです。驚きましたけど、とても嬉しかったです」
一瞬、穏やかな沈黙が流れる。
私はハッとして口元に手を添えた。
「ニンニク臭かったらごめんなさい。宇都宮で餃子を食べてきたので……」
すると花村さんは真顔のまま言った。
「実は僕も牛タンを食べてきましたから、お互い様ですね」
「いえ、牛タンは臭いませんから」
自慢にもならないが、餃子とビールをたらふく平らげた私には到底かなわない。
「確かにそうでした。全然フォローになってませんでしたね」
そう言うと、二人は顔を見合わせて同時に笑った。
不思議だ。さっきまで少しあったぎこちなさが、その笑い声と一緒にどこかへ消えていく。
「西園寺さんって、オフのときは別人ですよね」
「別人ですか?」
「あ、いや……変な意味じゃなくて。本当は可愛らしい方なんだなって。……あ、これも失礼でしたか」
花村さんは珍しく目に見えて慌てている。
松越グループの人材開発室長。仕事では隙のないエリートなのに、あたふたする姿がなんとも可愛らしい。
「いえ。ありがとうございます。"鬼"と言われるより、ずっと嬉しいです」
本音だった。可愛らしいと言われて嫌な気持ちにはなれない。
それに今は私もオフだ。
マナー講師として細かな言葉遣いを指摘する気も起きなかった。
「西園寺さんが鬼?」
「はい。ネットって怖いですよ」
「僕はそんな風には思いません!」
むしろ、その少し不器用な褒め言葉が、なんだか嬉しかった。
やがて新幹線は東京駅に到着した。荷物を持ってホームへ降りる。
挨拶をして別れようとしたとき、私は袋の中を見た。
冷凍餃子が二箱。
そうだ。
「あの、これ」
一箱を花村さんへ差し出す。
「宇都宮で買ったんです。よかったら召し上がってください」
「いやいや、そんな。いただけません」
「スープカレーのお礼です。どうぞ」
「本当にいいんですか?」
「お嫌いじゃなければどうぞ」
「大好きですけど、西園寺さんの分が減ってしまいませんか」
「一箱あれば十分です」
しばらく押し問答が続き、最後に花村さんが苦笑する。
「では、お言葉に甘えて」
「はい」
受け取ってもらえてホッとする。
花村さんは袋を見つめ、それから私に視線を戻した。
「お礼と言ってはなんですが……」
少し言いにくそうに頭をかく。
「今度、お仕事の打ち合わせも兼ねて、お食事でもいかがですか?」
その一言に、私は思わず身構えた。
(食事……?)
これまで何度も経験してきた。
“仕事の相談”と言いながら、実際は下心が見え隠れする誘い。
けれど、花村さんの目はまっすぐだった。
変な駆け引きも、軽薄さも感じない。
「もちろん、ご都合がよければで大丈夫です」
無理強いする様子もない。
私は少しだけ考えてから、小さく微笑んだ。
「……そうですね。お仕事のお話ならぜひ」
花村さんの表情が、ぱっと明るくなる。
「ありがとうございます。詳細は、またメールします」
――受けちゃった。
この仕事を始めてからずっと避けてきたお客さんとの一対一での食事。
花村さんなら大丈夫と思えた。
そんな自分に、少しだけ驚いていた。
