第一話 札幌スープカレーと鬼講師
「人の印象は出会って三秒で決まると言われています。そう、まさに今、この瞬間に!」
その一言で、百名を超える受講者の背筋がぴんと伸びる。
よし、まずは空気をつかんだ。
研修は最初の数分が大事だ。ここで「聞かなければ」と思わせられるかどうかが勝負なのだから。
西園寺董子(さいおんじとうこ)三十三歳。
元キャビンアテンダント。
現在は企業や医療機関を中心に年間百五十回以上の研修をこなすマナー講師をしている。
濃紺のタイトスーツと細いピンヒール。長い黒髪を夜会巻きにして、メイクは濃く、口紅は赤。
黒縁の眼鏡は伊達だけど、知的さを演出するためのアイテム。
「では早速、実践していただきます!」
会場をゆっくり見渡す。
緊張した表情。視線を逸らす人。真っすぐこちらを見る人様々だ。
私は目があった男女を一名づつを指名して、壇上にあげる。
「では、名刺交換をしてみてください」
緊張した空気の中、若い男性社員がぎこちなく名刺を差し出した。
「名刺はお客様より高く出してはいけません。さあ、もう一度」
言い方は優しく、けれど、妥協はしない。
受講者の間では”鬼講師”なんて呼ばれているらしい。
正直、あまりうれしい呼び名ではない。
それでも鬼を貫くのは、身に着けたマナーが社会で戦う武器になると知っているから。
ここで覚えたことが、いつか誰かの役に立つなら、鬼でも悪魔にでもなってやる。
「本日はありがとうございました」
研修を終え、深く頭を下げると会場に拍手が広がった。
私はほっと胸を撫で下ろす。
受講生たちが退出する中、主催者の花村大智が近づいてくる。
細身のスーツをきれいに着こなし、爽やかな笑顔を浮かべながら。
「西園寺先生、ご講義ありがとうございました。さすがは人気講師ですね」
老舗百貨店松越デパートの人事部能力開発室の若き室長。
今年度からそのポストに昇格した花村さんが、私を新人研修の外部講師として招いてくれたのだ。
「こちらこそ、お世話になりました。お褒めに預かり光栄です」
社交辞令に営業用の笑顔を返す。同様に花村さんも微笑む。
でも、目の奥は笑っていない。心の中では何を考えているのかわからないタイプ。
自分と同じ匂いを感じて少しだけ警戒する。
「先生は本日、東京へお戻りになるのですか?」
「いえ、明日の午前便です」
「でしたら、お時間があれば、このあとお食事でもいかがですか?」
打算的に考えれば断らない方がいい。
次の仕事に繋がる為に、会食という名の接待を受けるのが賢い。
けれど、私は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「ごめんなさい。ホテルに戻って片づけたい仕事があるんです」
もちろん、理由はそれだけではないのだけれど。
「そうでしたか。残念です。お仕事、頑張ってください」
あっさり引き下がるところを見ると、半分は社交辞令だったのだろう。
内心、ほっとする。
「それでは、失礼いたします」
軽く一礼し、逃げるように会場をあとにした。
手配してもらっていたタクシーに乗り込むと、大きく息を吐く。
あぁ、早くホテルに帰りたい。
「人の印象は出会って三秒で決まると言われています。そう、まさに今、この瞬間に!」
その一言で、百名を超える受講者の背筋がぴんと伸びる。
よし、まずは空気をつかんだ。
研修は最初の数分が大事だ。ここで「聞かなければ」と思わせられるかどうかが勝負なのだから。
西園寺董子(さいおんじとうこ)三十三歳。
元キャビンアテンダント。
現在は企業や医療機関を中心に年間百五十回以上の研修をこなすマナー講師をしている。
濃紺のタイトスーツと細いピンヒール。長い黒髪を夜会巻きにして、メイクは濃く、口紅は赤。
黒縁の眼鏡は伊達だけど、知的さを演出するためのアイテム。
「では早速、実践していただきます!」
会場をゆっくり見渡す。
緊張した表情。視線を逸らす人。真っすぐこちらを見る人様々だ。
私は目があった男女を一名づつを指名して、壇上にあげる。
「では、名刺交換をしてみてください」
緊張した空気の中、若い男性社員がぎこちなく名刺を差し出した。
「名刺はお客様より高く出してはいけません。さあ、もう一度」
言い方は優しく、けれど、妥協はしない。
受講者の間では”鬼講師”なんて呼ばれているらしい。
正直、あまりうれしい呼び名ではない。
それでも鬼を貫くのは、身に着けたマナーが社会で戦う武器になると知っているから。
ここで覚えたことが、いつか誰かの役に立つなら、鬼でも悪魔にでもなってやる。
「本日はありがとうございました」
研修を終え、深く頭を下げると会場に拍手が広がった。
私はほっと胸を撫で下ろす。
受講生たちが退出する中、主催者の花村大智が近づいてくる。
細身のスーツをきれいに着こなし、爽やかな笑顔を浮かべながら。
「西園寺先生、ご講義ありがとうございました。さすがは人気講師ですね」
老舗百貨店松越デパートの人事部能力開発室の若き室長。
今年度からそのポストに昇格した花村さんが、私を新人研修の外部講師として招いてくれたのだ。
「こちらこそ、お世話になりました。お褒めに預かり光栄です」
社交辞令に営業用の笑顔を返す。同様に花村さんも微笑む。
でも、目の奥は笑っていない。心の中では何を考えているのかわからないタイプ。
自分と同じ匂いを感じて少しだけ警戒する。
「先生は本日、東京へお戻りになるのですか?」
「いえ、明日の午前便です」
「でしたら、お時間があれば、このあとお食事でもいかがですか?」
打算的に考えれば断らない方がいい。
次の仕事に繋がる為に、会食という名の接待を受けるのが賢い。
けれど、私は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「ごめんなさい。ホテルに戻って片づけたい仕事があるんです」
もちろん、理由はそれだけではないのだけれど。
「そうでしたか。残念です。お仕事、頑張ってください」
あっさり引き下がるところを見ると、半分は社交辞令だったのだろう。
内心、ほっとする。
「それでは、失礼いたします」
軽く一礼し、逃げるように会場をあとにした。
手配してもらっていたタクシーに乗り込むと、大きく息を吐く。
あぁ、早くホテルに帰りたい。
