学食のハワイアンカフェはいつも混み合っている。
トレーを持ったまま辺りを見回すと、カウンター席がひとつ空いていた。
……あ。
あの後ろ姿はおそらく。
「ここ、いいですか」
「あ、どうぞ」
予想どおりの君島先生が上目遣いで私を見た。
「ありがとうございます」
トレーをカウンターに置いて腰掛けた。
「先生もここ、来るんですね」
「今日は口がハンバーガーになってしまってて我慢できなかった」
思わず吹き出してしまった。
「あ、すみません」
「なんで笑うの」
「先生もそんなこと言うんですね」
「あるでしょ?そういう日」
「はい」
笑いながら頷く。
「今日は食べられたからいいけどさ」
君島先生は飲み物をひと口飲んだ。
「口がハンバーガーの日に食べられないと、口の中修正するの大変でさ」
「修正って」
おかしくてしかたない。
「どうやって修正するんですか?」
「違うメニュー見て自分を洗脳する」
我慢できずに声を出して笑ってしまった。
「え、しない?」
「わかりますけど、洗脳って」
ダメだ、ツボだ。
笑いが止まらない。
「先生おもしろいですね」
「そうかな」
君島先生はハンバーガーを頬張る。
「そうです」
私も隣でハンバーガーを口に運んだ。
ちらりと右を見る。
君島先生は両肘をついてハンバーガーを包み、黙々と食べていた。
「先生?」
「ん?」
「先生はここが地元ですか?」
「ううん」
「ずっと地元離れて住んでます?」
「そうだね」
「親に『帰ってきて』とか言われません?」
「あー」
君島先生はハンバーガーを両手で包んだまま見上げ、
「言われないなぁ」
と呟いた。
「……いいなぁ」
「そう?」
「はい、うらやましいです」
小さなため息が漏れた。
「私の実家、田舎なんですよ」
「うん」
「家の周りで働けそうなとこなんて、役場か郵便局かJAくらいで」
「うん」
「買い物行くにも働きに行くにも、隣町まで行かないとなんにもないんです」
「そうなんだ」
「隣町だって全然都会じゃないから、職種限られてるし」
「うん」
「でも親は帰っておいで、って言うんです……」
「帰りたくないの?」
「……はい」
「そう」
君島先生はハンバーガーを口に含み、何も言わない。
「なんか……」
「うん」
「すごい将来の話されるんです」
「将来?」
「はい。畑は沢山あるから、好きなところに家建てれるよ、とか」
「あー」
「子どもが生まれたら面倒見てあげられるよ、とか」
「うん」
「まだ仕事も決まってないのに、そんなところまで考えられないですよ」
「そうだね」
「でも、母の気持ちもわかるんです」
「うん」
「母は嫁としてあの家で暮らしてきたから」
「うん」
「子育ても、多分いろいろ気を遣ったんだと思います」
「なるほどね」
「だけど……」
私はハンバーガーを両手で包んだまま、斜め上を見た。
「今帰ったら、なんか人生決まっちゃいそうで……」
「決まっちゃう?」
「はい」
「どんなふうに?」
「就職して、結婚して、家建てて、子ども産んで」
視線を落とす。
「気付いたら一生そこにいる気がして」
ため息が出た。
「それは嫌なの?」
君島先生がこちらを見る。
「……嫌というか」
君島先生をちらりと見た。
「まだ決めたくないんです」
「うん」
君島先生は小さく頷いた。
「君は、どんな人生なら納得できそう?」
君島先生は私の顔を少しだけ覗き込んだ。
どんな人生……
私は……
「自分で選びたいです」
「うん」
「でも……」
「ん?」
「母には言いづらくて」
「うん」
「大学は県外に出してもらえましたけど、それはまあ期間限定だから。だけど県外で就職ってなると、ずっと帰ってこないってきっと思う」
「そうかもね」
そう言うと君島先生はしばらく黙っていた。
少しして、
「お母さんに、一番伝えたいことって何?」
君島先生はさらりと言った。
「え?」
私は言葉に詰まった。
「……帰りたくないこと、かな」
私がそう言うと、君島先生は首を少し傾げた。
「……それかな」
「え?」
「君がさっき一番長く話してたのは、そこじゃなかった気がする」
君島先生は体を私に向けた。
「君、自分で答え言ってたよ」
その一言に、息をのんだ。
私は視線を落とした。
「自分で選びたいって、言いたい……けど」
言葉が続かなかった。
「自分の本音で、お母さんを悲しませてしまいそうで怖いです」
君島先生は何も言わなかった。
私も何も言えなかった。
学生の話し声がいやに大きく聞こえた。
「そうか」
君島先生はそう呟くとまたしばらく黙った。
「君は、お母さんを悲しませたくない」
「はい」
「君も悲しみたくない」
こくりと頷く。
「難しいね」
君島先生は頬杖をついたまま、黙っていた。
私は視線を落としたままハンバーガーを口に運んだ。
君島先生は壁の時計を見上げた。
「あ」
「え?」
「やばい」
君島先生は残っていた飲み物を流し込んだ。
「会議なんだよ」
「お疲れさまです」
「内緒だけど、僕、会議嫌い」
私はまた吹き出してしまった。
君島先生は急いで席を立った。
トレーを持ったまま辺りを見回すと、カウンター席がひとつ空いていた。
……あ。
あの後ろ姿はおそらく。
「ここ、いいですか」
「あ、どうぞ」
予想どおりの君島先生が上目遣いで私を見た。
「ありがとうございます」
トレーをカウンターに置いて腰掛けた。
「先生もここ、来るんですね」
「今日は口がハンバーガーになってしまってて我慢できなかった」
思わず吹き出してしまった。
「あ、すみません」
「なんで笑うの」
「先生もそんなこと言うんですね」
「あるでしょ?そういう日」
「はい」
笑いながら頷く。
「今日は食べられたからいいけどさ」
君島先生は飲み物をひと口飲んだ。
「口がハンバーガーの日に食べられないと、口の中修正するの大変でさ」
「修正って」
おかしくてしかたない。
「どうやって修正するんですか?」
「違うメニュー見て自分を洗脳する」
我慢できずに声を出して笑ってしまった。
「え、しない?」
「わかりますけど、洗脳って」
ダメだ、ツボだ。
笑いが止まらない。
「先生おもしろいですね」
「そうかな」
君島先生はハンバーガーを頬張る。
「そうです」
私も隣でハンバーガーを口に運んだ。
ちらりと右を見る。
君島先生は両肘をついてハンバーガーを包み、黙々と食べていた。
「先生?」
「ん?」
「先生はここが地元ですか?」
「ううん」
「ずっと地元離れて住んでます?」
「そうだね」
「親に『帰ってきて』とか言われません?」
「あー」
君島先生はハンバーガーを両手で包んだまま見上げ、
「言われないなぁ」
と呟いた。
「……いいなぁ」
「そう?」
「はい、うらやましいです」
小さなため息が漏れた。
「私の実家、田舎なんですよ」
「うん」
「家の周りで働けそうなとこなんて、役場か郵便局かJAくらいで」
「うん」
「買い物行くにも働きに行くにも、隣町まで行かないとなんにもないんです」
「そうなんだ」
「隣町だって全然都会じゃないから、職種限られてるし」
「うん」
「でも親は帰っておいで、って言うんです……」
「帰りたくないの?」
「……はい」
「そう」
君島先生はハンバーガーを口に含み、何も言わない。
「なんか……」
「うん」
「すごい将来の話されるんです」
「将来?」
「はい。畑は沢山あるから、好きなところに家建てれるよ、とか」
「あー」
「子どもが生まれたら面倒見てあげられるよ、とか」
「うん」
「まだ仕事も決まってないのに、そんなところまで考えられないですよ」
「そうだね」
「でも、母の気持ちもわかるんです」
「うん」
「母は嫁としてあの家で暮らしてきたから」
「うん」
「子育ても、多分いろいろ気を遣ったんだと思います」
「なるほどね」
「だけど……」
私はハンバーガーを両手で包んだまま、斜め上を見た。
「今帰ったら、なんか人生決まっちゃいそうで……」
「決まっちゃう?」
「はい」
「どんなふうに?」
「就職して、結婚して、家建てて、子ども産んで」
視線を落とす。
「気付いたら一生そこにいる気がして」
ため息が出た。
「それは嫌なの?」
君島先生がこちらを見る。
「……嫌というか」
君島先生をちらりと見た。
「まだ決めたくないんです」
「うん」
君島先生は小さく頷いた。
「君は、どんな人生なら納得できそう?」
君島先生は私の顔を少しだけ覗き込んだ。
どんな人生……
私は……
「自分で選びたいです」
「うん」
「でも……」
「ん?」
「母には言いづらくて」
「うん」
「大学は県外に出してもらえましたけど、それはまあ期間限定だから。だけど県外で就職ってなると、ずっと帰ってこないってきっと思う」
「そうかもね」
そう言うと君島先生はしばらく黙っていた。
少しして、
「お母さんに、一番伝えたいことって何?」
君島先生はさらりと言った。
「え?」
私は言葉に詰まった。
「……帰りたくないこと、かな」
私がそう言うと、君島先生は首を少し傾げた。
「……それかな」
「え?」
「君がさっき一番長く話してたのは、そこじゃなかった気がする」
君島先生は体を私に向けた。
「君、自分で答え言ってたよ」
その一言に、息をのんだ。
私は視線を落とした。
「自分で選びたいって、言いたい……けど」
言葉が続かなかった。
「自分の本音で、お母さんを悲しませてしまいそうで怖いです」
君島先生は何も言わなかった。
私も何も言えなかった。
学生の話し声がいやに大きく聞こえた。
「そうか」
君島先生はそう呟くとまたしばらく黙った。
「君は、お母さんを悲しませたくない」
「はい」
「君も悲しみたくない」
こくりと頷く。
「難しいね」
君島先生は頬杖をついたまま、黙っていた。
私は視線を落としたままハンバーガーを口に運んだ。
君島先生は壁の時計を見上げた。
「あ」
「え?」
「やばい」
君島先生は残っていた飲み物を流し込んだ。
「会議なんだよ」
「お疲れさまです」
「内緒だけど、僕、会議嫌い」
私はまた吹き出してしまった。
君島先生は急いで席を立った。



