明日で中学校での教育実習が終わる。
私は実習日誌を指導教員の机の上に置いた。
『僕がいなかったら、机の上に置いて帰っていいよ』
実習序盤、そう言われて従っているけど。
先生、今日も席にいない。
職員室の電話が鳴る。
「申し訳ございません。いえいえ、そういうことではなくてですね」
隣の先生が電話口で謝っている。
誰かの保護者かな。
「教頭先生、この書類明日〆切なんで急ぎで見てもらっていいですか?」
「すみませーん、高校さんが進路担当にパンフレット持ってきてますけどー」
「社会見学の予約ってしました?」
「グラウンドにいるんで、もし電話あったら教えてください」
誰かが戻れば誰かが出て行く。
職員室って。
こんなに忙しい場所だったんだ。
この部屋で忙しくないのは、私だけ。
しかも、この合間に授業の準備もしなくちゃいけない。
え、先生って、いつ休んでるの?
最終日のホームルーム。
教壇で最後の挨拶をすると、盛大な拍手が起こった。
すると、学級委員さんが何かを隠すように近づいてきて、
「先生ありがとうございました。先生も勉強頑張ってください。僕たちも頑張ります」
そう言ってサプライズの花束を差し出した。
一気に込み上げてくるものがあった。
すぐに目頭が熱くなった。
「ありがとう」
するとまた盛大な拍手が起こった。
ホームルームが終わると、私の周りに生徒たちが集まってきた。
口々に、
「先生ありがとう」
「また来てね」
と声をかけてくれた。
「ありがとうございました」
帰り際、指導教員の先生に頭を下げた。
「お疲れさまでした。大変だったでしょ」
「あ、いえ、私より先生の方が。お忙しいのに」
そう言うと先生は笑った。
「大学への提出物、忘れないでね」
「はい。お世話になりました」
校舎を出た後、空を見上げた。
大きく息を吐いた。
数日後。
少し久しぶりのキャンパス。
慣れた場所にほっとする。
教職担当へ提出物を出し、いつもの景色を歩く。
これで教育実習も終わり。
無事に終えられ、ひとまず肩の荷が降りた、けど。
……そういえば。
君島先生いるかな。
先生にも報告しておこう。
法学部棟に向かった。
研究室の扉をノックすると、いつもどおり「どうぞ」と中から声が聞こえた。
「失礼します」
「あ」
「教育実習、無事終わりました」
「お疲れさま」
「ありがとうございます」
「どうだった?」
「大変でしたけど、なんとか乗り切りました」
「そう」
「子どもたちのおかげかな。みんなめちゃくちゃかわいくて」
「よかったね」
君島先生は目を細めた。
私は頷けなかった。
「ん?」
君島先生は首を傾げている。
子どもたちが本当にいい子たちだった。
素直でまっすぐで。
だからこそ。
「……先生」
「ん?」
「私、教師目指してもいいのか、わからなくなっちゃって」
君島先生は、持っていた赤ペンを机に置いた。
「どうして?」
「……責任の重さを痛感した、っていうか」
「あー」
「先生って、子どもの人生に関わる仕事じゃないですか」
「そうだね」
「実際に現場を見たら、先生たち、本当にすごくて」
「うん」
「ほんと、休む間もなく働いてて……」
「うん」
「それでも、ちゃんと生徒一人ひとりと向き合って……」
「うん」
「私、あんな先生になれるのかなって……」
「……」
「……子どもたちは本当にかわいかったから」
「うん」
「あのまっすぐな目を裏切れないって思って……」
目を伏せた。
君島先生は何も言わない。
「怖くなった?」
口に出すのをためらっていた感情を、君島先生はずばり言った。
私はこくりと頷いた。
「もし私の一言で傷つけてしまったら、とか、授業で何か大事なことを教えられなかったら、とか、考え始めたら怖くなっちゃって」
「うん」
君島先生は腕を組んだまま、何も言わない。
困らせちゃったかな。
「一つ聞いてもいい?」
「はい」
「教師になりたくなくなった?」
「……」
私は首を横に振った。
「なりたいです」
その一言が、自分でも意外だった。
「でも、怖いんです」
「そっか」
すると君島先生は少し笑った。
「安心した」
「え?」
「怖いって思える人でよかった」
私は首を傾げた。
「それはちゃんと向き合った証拠だから」
そう言うと、君島先生はふと指を顎に当てた。
「あ、でも、僕は大学の教員だから」
君島先生は少し考え込んだ。
「現場の先生とは、見えてる景色が違う」
学生が出て行くと、研究室に静けさが戻った。
背もたれに身を預け、小さく息を吐く。
「……現場の先生に聞いてみるか」
スマホを手に取った。
スマホの画面には『直海さん』の文字。
『今、電話してもいい?』
メッセージを送信すると、すぐに既読になった。
『もちろん。どうした?』
君島先生は通話ボタンを押した。
私は実習日誌を指導教員の机の上に置いた。
『僕がいなかったら、机の上に置いて帰っていいよ』
実習序盤、そう言われて従っているけど。
先生、今日も席にいない。
職員室の電話が鳴る。
「申し訳ございません。いえいえ、そういうことではなくてですね」
隣の先生が電話口で謝っている。
誰かの保護者かな。
「教頭先生、この書類明日〆切なんで急ぎで見てもらっていいですか?」
「すみませーん、高校さんが進路担当にパンフレット持ってきてますけどー」
「社会見学の予約ってしました?」
「グラウンドにいるんで、もし電話あったら教えてください」
誰かが戻れば誰かが出て行く。
職員室って。
こんなに忙しい場所だったんだ。
この部屋で忙しくないのは、私だけ。
しかも、この合間に授業の準備もしなくちゃいけない。
え、先生って、いつ休んでるの?
最終日のホームルーム。
教壇で最後の挨拶をすると、盛大な拍手が起こった。
すると、学級委員さんが何かを隠すように近づいてきて、
「先生ありがとうございました。先生も勉強頑張ってください。僕たちも頑張ります」
そう言ってサプライズの花束を差し出した。
一気に込み上げてくるものがあった。
すぐに目頭が熱くなった。
「ありがとう」
するとまた盛大な拍手が起こった。
ホームルームが終わると、私の周りに生徒たちが集まってきた。
口々に、
「先生ありがとう」
「また来てね」
と声をかけてくれた。
「ありがとうございました」
帰り際、指導教員の先生に頭を下げた。
「お疲れさまでした。大変だったでしょ」
「あ、いえ、私より先生の方が。お忙しいのに」
そう言うと先生は笑った。
「大学への提出物、忘れないでね」
「はい。お世話になりました」
校舎を出た後、空を見上げた。
大きく息を吐いた。
数日後。
少し久しぶりのキャンパス。
慣れた場所にほっとする。
教職担当へ提出物を出し、いつもの景色を歩く。
これで教育実習も終わり。
無事に終えられ、ひとまず肩の荷が降りた、けど。
……そういえば。
君島先生いるかな。
先生にも報告しておこう。
法学部棟に向かった。
研究室の扉をノックすると、いつもどおり「どうぞ」と中から声が聞こえた。
「失礼します」
「あ」
「教育実習、無事終わりました」
「お疲れさま」
「ありがとうございます」
「どうだった?」
「大変でしたけど、なんとか乗り切りました」
「そう」
「子どもたちのおかげかな。みんなめちゃくちゃかわいくて」
「よかったね」
君島先生は目を細めた。
私は頷けなかった。
「ん?」
君島先生は首を傾げている。
子どもたちが本当にいい子たちだった。
素直でまっすぐで。
だからこそ。
「……先生」
「ん?」
「私、教師目指してもいいのか、わからなくなっちゃって」
君島先生は、持っていた赤ペンを机に置いた。
「どうして?」
「……責任の重さを痛感した、っていうか」
「あー」
「先生って、子どもの人生に関わる仕事じゃないですか」
「そうだね」
「実際に現場を見たら、先生たち、本当にすごくて」
「うん」
「ほんと、休む間もなく働いてて……」
「うん」
「それでも、ちゃんと生徒一人ひとりと向き合って……」
「うん」
「私、あんな先生になれるのかなって……」
「……」
「……子どもたちは本当にかわいかったから」
「うん」
「あのまっすぐな目を裏切れないって思って……」
目を伏せた。
君島先生は何も言わない。
「怖くなった?」
口に出すのをためらっていた感情を、君島先生はずばり言った。
私はこくりと頷いた。
「もし私の一言で傷つけてしまったら、とか、授業で何か大事なことを教えられなかったら、とか、考え始めたら怖くなっちゃって」
「うん」
君島先生は腕を組んだまま、何も言わない。
困らせちゃったかな。
「一つ聞いてもいい?」
「はい」
「教師になりたくなくなった?」
「……」
私は首を横に振った。
「なりたいです」
その一言が、自分でも意外だった。
「でも、怖いんです」
「そっか」
すると君島先生は少し笑った。
「安心した」
「え?」
「怖いって思える人でよかった」
私は首を傾げた。
「それはちゃんと向き合った証拠だから」
そう言うと、君島先生はふと指を顎に当てた。
「あ、でも、僕は大学の教員だから」
君島先生は少し考え込んだ。
「現場の先生とは、見えてる景色が違う」
学生が出て行くと、研究室に静けさが戻った。
背もたれに身を預け、小さく息を吐く。
「……現場の先生に聞いてみるか」
スマホを手に取った。
スマホの画面には『直海さん』の文字。
『今、電話してもいい?』
メッセージを送信すると、すぐに既読になった。
『もちろん。どうした?』
君島先生は通話ボタンを押した。



