君島准教授、ちょっといいですか。

気持ち良さそうかも。
なんとなくリフレッシュできそうな気がして、大学の中庭のベンチに腰掛けた。
ちょうど木陰になっていてほどよく涼しい。
ふぅ。
今日は私だけ空きコマの日。
ひとりになれてほんの少しだけほっとしている自分がいる。
別にいつもひとりでいたいわけではない。
むしろ友達と一緒にいたい。
だけど。

おもむろにバッグからスマホを取り出す。
すると、さっき学食でみんなで撮った写真を友達がもうアップしていた。
「仕事はやっ」
そしてため息が漏れた。
画面の中の私は今日も盛れてない。
なのに。
「あ」
あの人がいいねしてる。
この写真、見たんだ。
……。
わかってる。
あの人は誰にでもすぐにいいねをする。
私の投稿にもいいねしてくれる。
わかってる。
だけど。
この盛れてない私が写ってる写真にいいねは、ちょっと傷つく。
友達と並ぶと自分の顔が大きく見える。
一生懸命メイクを覚えても、かわいい服を着ても、この丸い輪郭だけはどうしようもない。
友達はみんな顔が小さくてかわいいのに。
……はあぁ。
お茶を飲もうとペットボトルを傾けると、思いの外多く流れ込んできてしまい、口から溢れ服を思いきり濡らしてしまった。
「わっ、もう最悪」
手でお茶を払っていると。
「使う?」
「え?」
驚いて顔を上げると、いつの間にか隣のベンチに座っていた君島先生がハンカチを差し出していた。
「あ、え、いいんですか?」
「うん」
「すみません」
ハンカチを受け取り、濡れてしまった服を拭く。
もう最悪。
この服今日でまだ2回目なのに。
はあぁぁ。
「なんかいろいろあるみたいだね」
「え?」
「さっきから何回もため息ついてるから」
うわ、見られてたんだ。
「まあ、いろいろと」
「そう。まあ、いろいろあるよね」
またため息が出そうになる。
「……先生にはわからないと思います」
「ん?」
「先生こういうことで悩んだことないと思うから」
「え?」
「だって先生イケメンだもん」
すると君島先生は目を丸くした。
「僕けっこうオジサンだけど」
「てか、先生って失礼ですけどおいくつなんですか?」
「46」
「46⁉︎若っ!」
「もっと歳上だと思った?」
「逆です!」
まさか40代だったとは。
46でこのゆるふわパーマが似合うとかある意味すごい。
「先生モテたでしょ?」
「まあ、わりと」
否定しないんだ。
「やっぱり」
「ん?」
「結局見た目が大事なんですよ、男子も女子も」
すると君島先生は腕を組み、
「まあ、見た目は大事かもね」
「先生まで」
ひどい。
「だから、美容院とか服屋がある」
「え?」
「身だしなみは大事だよね。特に年齢重ねると清潔感が大事」
「そういうことじゃなくて」
「そういうことじゃなくて?」
「やっぱりかわいい子がモテるじゃないですか」
「かわいい子」
「そう」
「どういうのがかわいいの?」
「顔ですよ。先生だってかわいい子が好きでしょ?」
「うーん」
君島先生は腕を組んだまま首を傾げ、
「好きな顔ってのはある」
「ほら」
「だけど」
「だけど?」
「好きな顔と好きな人は違ったかも」
顔を上げると、君島先生は視線を落としふっと笑った気がした。
先生、今何か思い出してた、絶対。
「先生はそうかもしれないけど、SNSの男子はみんな顔がちっちゃくて華奢な女子がかわいいかわいい言ってますよ?」
「ふーん」
ふーん、って。
そんなあからさまに無関心を全面に出さなくても。
「SNSの男子みんな、って誰?」
「誰って。それはわかんないんですけど。投稿してる子たちはみんなそう言ってます。それが男子の一般的な意見ってことでしょ」
「うーん……僕は、一般的な意見より好きな人の気持ちの方が大事かな」
「え」
「だって、好きな人にモテたいでしょ」
「……」
何も言えなかった。
確かにそう。
それはわかってるけど、どうしても比べちゃうじゃない。
「僕ね、学生の頃、よく告白されたの。でもね」
すると君島先生は私を見、
「僕が好きな人からはモテなかった」
「……」
「そんなもんなんだよね」
そう言って、苦笑した。
「だけど先生」
「ん?」
「それは確かに辛いですけど。でも先生は選ばれる側ですよね?」
「え?」
「告白される、ってことは男としての自信、なくならないですよね?」
「あーー」
「でしょ?私のことなんて誰も選ばない。だって友達みんなかわいいもん。写真だってほんとは一緒に写りたくないしSNSに上げてほしくない。比べられるもん」
君島先生は黙っている。
……ほら。
やっぱりそうなんだ。
「あのさ」
「はい」
「誰も、って言ってるけど、それ、ほんとは誰かひとり、のことなんじゃない?」
「え……」
どうして。
先生、鋭すぎる。
「その人が写真見て何か言ってたの?」
「……いいねしてた」
「その写真だけに?」
首を横に振る。
「あの人は誰にでもいつでもいいねする」
「そっか。じゃあ」
君島先生は視線を上げ、
「その人はまだ何も言ってないね」
……。
まぁ、そうなんだけど。
「でも私はわかるんです」
「何が?」
「かわいい子の方が好きなんです」
「それは本人が言ってたの?」
「そういうわけではないですけど」
君島先生はまっすぐ前を見つめている。
「君はその人にかわいく思われたいんだね」
小さく頷いた。
「それはすごく普通のことだよ」
そう言って君島先生は笑った。
「でもね」
先生は前を向いたまま、
「好きな人の気持ちは、その人にしか決められない」
呟くように言った。
私は小さく息を吐いた。

「先生、ありがとうございました」
君島先生にハンカチを返した。
「どういたしまして」
頭を下げ、次の授業に向かう。
ふと振り返ると、先生はまだベンチに座ったまま、静かに木漏れ日を見上げていた。