「宮様! さあ、こちらへ……ん?」
宮様に媚びるような笑みを見せていた当主の顔が、それを見つけた瞬間に不意に固まった。
「当主、どうした? ……って、この女人は? いかがしたのだ?」
「……分かりませぬ。それを知るのは、そこに立つ女だけでございましょう」
そうして恐ろしい形相で私を睨みつけてきた当主は、氷よりも冷たい声で言ったのだ。
「なあ、お前。なぜ千香がここにいるのだ? 『水神様の花嫁』となった千香はこんなところにいて良い人間ではない! 水底にいるべき女だ! それくらいのこと、この家に勤める人間ならば当然知っているだろう!?」
「……っ」
何と返すべきか迷った私は、唇をぎゅっと噛み締めた。
それを、当主は最悪の方向へと曲解したようだった。
「お前、まさか湖に飛び込んでこの娘を助命したなどは言うまいな? 『贄婚』の儀式は雨を止めるため。つまり、この国の安寧のための大業なのだぞ! それを妨害したとなれば、お前は国に仇なす国賊に他ならない!!」
「ち、違います! わ、たしは……!」
ようやく言うべき言葉を心に決めた私は、当主の顔を真正面から見据えた。
「私は、湖岸に流れ着いていたお嬢様のお体をたまたま拾っただけでございます! まだ息がおありでしたから、ここまでお連れして介抱申し上げていただけで! 決して儀式を妨害しようだとか、国に害を及ぼそうなどとは考えておりません……!」
「はっ、どうだか」
当主は私の言葉を何一つ信じていないようだ。
確かに私の言葉は嘘まみれだけれど。
しかし最初から死ぬ気はなく「分かれ身の術」を――助かるための行動を取っていたと知られたら、ただでさえ悪い状況がいっそう悪化するのは目に見えている。
特に今は三の宮様までいらっしゃるのだから、「国のために死ねないなど『国賊』に他ならない」などと認定されてしまったら、処刑されてしまう可能性すら否定できない。
だから今の私にできることは、何が何でも「お嬢様はきちんと『贄婚』の儀式を行い、私は偶然湖岸で瀕死のお嬢様を見つけた」という話を主張し続けることだけなのだ。
その状況を裏付ける証拠は出せずとも、だからといって向こうも私の言を否定する証拠は出せないはずだから。
だからこの先拷問されようが何をされようが、私が嘘だと認めさえしなければ私の言葉を完全なる嘘と断ずることは難しいはずだ……。
「ふうん、良いな。実に良い令嬢だ」
……という覚悟を決めた私を、三の宮様の何を考えているか読めない視線がふと貫いた。
「宮様?」
「ああ、当主。誤解するなよ。私が言っているのはこの『眠り姫』のことだからな」
「えっ? ああ、千香ですか? お褒めいただき、ありがとうございます……?」
「ははっ、そこまで戸惑わずとも。でも、良ければ私に譲ってくれないか? 儀式を終えてから生きて戻ってきたのなら、『この娘は地の上で暮らせ』というのが水神様の思し召しなのであろうよ。現に雨はおさまりつつあり、この娘は役割を果たしたと見て良いだろう。だったら、神が下げ渡した女人を人の子がもらっても問題はあるまい」
「はい、もちろん宮様の仰せ言ならば何でも! ……って、えっ? もらう、ですか?」
「そう。気に入ったゆえ、この娘を我が妃として迎えようと思ってな」
「……へっ?」
宮様はとんでもないことを、至極当たり前のような顔をして言い放ったのだった。
***
宮様に媚びるような笑みを見せていた当主の顔が、それを見つけた瞬間に不意に固まった。
「当主、どうした? ……って、この女人は? いかがしたのだ?」
「……分かりませぬ。それを知るのは、そこに立つ女だけでございましょう」
そうして恐ろしい形相で私を睨みつけてきた当主は、氷よりも冷たい声で言ったのだ。
「なあ、お前。なぜ千香がここにいるのだ? 『水神様の花嫁』となった千香はこんなところにいて良い人間ではない! 水底にいるべき女だ! それくらいのこと、この家に勤める人間ならば当然知っているだろう!?」
「……っ」
何と返すべきか迷った私は、唇をぎゅっと噛み締めた。
それを、当主は最悪の方向へと曲解したようだった。
「お前、まさか湖に飛び込んでこの娘を助命したなどは言うまいな? 『贄婚』の儀式は雨を止めるため。つまり、この国の安寧のための大業なのだぞ! それを妨害したとなれば、お前は国に仇なす国賊に他ならない!!」
「ち、違います! わ、たしは……!」
ようやく言うべき言葉を心に決めた私は、当主の顔を真正面から見据えた。
「私は、湖岸に流れ着いていたお嬢様のお体をたまたま拾っただけでございます! まだ息がおありでしたから、ここまでお連れして介抱申し上げていただけで! 決して儀式を妨害しようだとか、国に害を及ぼそうなどとは考えておりません……!」
「はっ、どうだか」
当主は私の言葉を何一つ信じていないようだ。
確かに私の言葉は嘘まみれだけれど。
しかし最初から死ぬ気はなく「分かれ身の術」を――助かるための行動を取っていたと知られたら、ただでさえ悪い状況がいっそう悪化するのは目に見えている。
特に今は三の宮様までいらっしゃるのだから、「国のために死ねないなど『国賊』に他ならない」などと認定されてしまったら、処刑されてしまう可能性すら否定できない。
だから今の私にできることは、何が何でも「お嬢様はきちんと『贄婚』の儀式を行い、私は偶然湖岸で瀕死のお嬢様を見つけた」という話を主張し続けることだけなのだ。
その状況を裏付ける証拠は出せずとも、だからといって向こうも私の言を否定する証拠は出せないはずだから。
だからこの先拷問されようが何をされようが、私が嘘だと認めさえしなければ私の言葉を完全なる嘘と断ずることは難しいはずだ……。
「ふうん、良いな。実に良い令嬢だ」
……という覚悟を決めた私を、三の宮様の何を考えているか読めない視線がふと貫いた。
「宮様?」
「ああ、当主。誤解するなよ。私が言っているのはこの『眠り姫』のことだからな」
「えっ? ああ、千香ですか? お褒めいただき、ありがとうございます……?」
「ははっ、そこまで戸惑わずとも。でも、良ければ私に譲ってくれないか? 儀式を終えてから生きて戻ってきたのなら、『この娘は地の上で暮らせ』というのが水神様の思し召しなのであろうよ。現に雨はおさまりつつあり、この娘は役割を果たしたと見て良いだろう。だったら、神が下げ渡した女人を人の子がもらっても問題はあるまい」
「はい、もちろん宮様の仰せ言ならば何でも! ……って、えっ? もらう、ですか?」
「そう。気に入ったゆえ、この娘を我が妃として迎えようと思ってな」
「……へっ?」
宮様はとんでもないことを、至極当たり前のような顔をして言い放ったのだった。
***

