分かれ身の乙女と孤高の水神様の贄婚 〜煩わしき君に恋煩うまで、あと×日〜

 帝都から車で三時間。西洋化の波からぽつんと取り残された鄙びた山地に、その湖はある。
 「水神湖(すいじんこ)」――読んで字の如く、水底に「水神」が住まうという伝承の残る深い湖だ。
 その管理役を長きにわたり皇家から仰せつかっているのが、私の生家である加須良(かずら)家だった。
 現在の加須良家が帝都に邸宅を構え、華族としてそれなりの地位にあるのは、この役目を引き受けていることが大きい。
 かつて大きな「罪」を犯した加須良家の先祖は、一族でこの役目を引き受けることで家門断絶を免れたとされる。
 むしろ誰もが嫌がる役回りを進んで引き受けたということで、功臣としての扱いさえ受けられるようになったそうだ。
 ……などということをつらつらと考えているのは、あれから七日が経ち、私は今まさにその水神湖のほとりにいるからだ。

「ここが、私の婚儀(・・)が開かれる会場……」

 新婦は私。そして新郎は水神様(・・・)
 そう、私はこの湖にいるとされる「水神様」の花嫁となるためにここに来たのだった。

「とはいえ、婚儀(・・)といっても文字通りの意味ではないのだけれど」

 この国では数十年から百年くらいに一度、雨が止まなくなってしまう。
 そういう時に加須良家が行うのが「贄婚」という儀式だった。
 「水神様の花嫁」という体裁で選んだ一族の乙女を一人、水神湖の中へと身投げさせるのだ。
 するとどういうわけかひどい雨が上がり、気候が適度に安定するようになるとされる。
 もちろん誰も乙女が本気で神の妻になったなどとは思っていない。
 完全なる「生贄」であり、現実的に考えて溺れ死んだのだろうということくらいはわかっている。
 それでもどういうわけか娘の死体もあがらなければ、雨を止める効力も確かなのだ。
 確立された方法があって、再現性もある。
 それなのに、あえて雨を止められずに終わる危険を犯してまで、別の方法を探ろうと思う者はいなかった。

 唯一の問題は、一族の娘を死なせなくてはならないということだ。
 だがそれも、大事な娘でさえなければ問題ない(・・・・・・・・・・・・・・・)というのが加須良家の出した結論だった。
 だから加須良家の当主は、仕事として(・・・・・)妻以外の適当な女にも手を付けた。
 孕ませ、子を産ませ、もし男子であれば家内の無用な家督争いを避けるために殺す。
 そうしていずれ花嫁として差し出す至極どうでも良い娘(・・・・・・・・・)を確実に確保するようにしたのだ。
 これが、私こと加須良千香がこの世に生まれた理由の全てだった。
 幼い頃から耳にタコが出来るほど繰り返し言い聞かされてきた話。
 だから私はいずれ贄婚()の日が来ることを理解し、覚悟してその時を待っていたのである。

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