俺が「弟が大好きな兄」から「弟を幽閉する非道な兄」にならざるを得なくなってしまったのは、予知能力の異能を持つ双子の弟・汐の一言がきっかけだった。
――兄上、怖い夢を見てしまいました! 兄上が、兄上が! 火神に殺される夢を見てしまいました……っ!
それはつまり、俺の死の未来が確定したことを意味していた。
というのも、神が視た「神に課せられた天命」は決して変えられないからだ。
――どう足掻いても俺は死ぬ。
だったら、いかに弟を巻き込まず、弟に綺麗な状態でこの水底の世界を遺すかを考えようと思った。
手始めに俺は、弟を安全地帯に幽閉した。
そして、水底の世界の平和と安寧のために出来る限り尽力した。
こうして「綺麗に死ぬ」準備をして迎えたのが、火神との宴席だったのだ。
ここで殺されるとわかっていて、俺はそれを受け入れていた。
それなのに……俺は死ななかった。
千香を身代わりにして、生き延びてしまったのだ。
――神の天命を曲げられるとしたら、それは奇跡の存在である「天子」だけなのに。
「ねえ、君! ちょっと大丈夫!? 確かに兄の『定められた』運命を変えるための不確定因子になってほしいなという一縷の望みをかけて君をここに送り込んだけれど、死んでほしいとまでは思っていないんだけど!!」
……と、そこに走り込んできたのは幽閉していたはずの弟・汐だった。
出られないように弟の部屋の周辺には結界を張っていたが、今の騒動に動揺したことでほころびを出してしまったのかもしれない。
いずれにせよ、おそらく俺を助けようとして弟が危険にさらされることはなくなったはずだから、出てくること自体は問題ないはずだ。
そんなふうに今の状況では考えることを二の次にして良いはずのことを真っ先に思ってしまったのは、やはり俺が動揺している証左なのだろう。
真っ先に考えるべきは、負傷した千香のことだ。
すぐに思い直し、俺は弟に続いて千香のもとに駆け寄った。
「だから『地の上からやってきた女』は嫌いなのだ……すぐ死のうとする……」
……ああ、曲がりなりにも俺を守ってくれた人に対して真っ先に言うのはこんなことであるべきではないのに。
頭では分かっているのに思わず口からこぼれ落ちた言葉に、千香はふふっと笑った。
「本当に汐様の仰っていた通りなのですね」
「何だと?」
「あなたは私の前にも水底に落ちてきた女人を何人も助け、水底の世界で生かしてきたと汐様に伺いました。一つ誤解を訂正させていただくと、私たちは別に好き好んで身投げしたわけではありません。『水神様の花嫁』の名のもとに、雨を止ませるための贄として身投げを強いられたのです。かつても含め、私たちをお助けいただいたことに感謝します」
「はっ? 水神はそのようなことを求めたことはないが? それにそれで雨が止むはずなど……」
「兄上。兄上が女人を助けるために水底の世界から出たことで、地の上に何か影響が出たのではないですか? それを地の上の民は『贄を捧げたから雨が止んだ』と誤解したのかもしれません」
「……それはありうるか」
こちらは死にたくなくても、死の運命が見えているというのに。
それなのに生きられるのに自分から死を選ぶ女たちが許せなくて、「俺は地の上からやってきた女」を嫌っていた。
だがその前提自体が間違っていて、しかも俺のせいで女たちが身投げを強いられていただなんて、あまりにも悍ましいことだ。
俺は自責の念にかられたが、対照的に千香はからりとした笑みを見せていた。
「初めてお会いした時に仰っていた『おとなしく生きよ』は、生きよという部分が大事だったのですね。おとなしくというほうが大事なのかと思っていましたが、背景を知ればただのお優しい発言で拍子抜けでした。まあとにかく、そういうわけで最初から最後まで、私自身に死ぬ気なんか毛頭ありませんよ。もちろん、今だってそれは変わりません」
「しかし、その傷は……」
「実は私、分かれ身の術を使っているんです。この体は所詮思念体なので、精神さえ元の体に戻せればそれで無問題です。というわけで、凪様の異能を分けていただいてもよろしいですか? あるいはあの部屋から出られたならば汐様でも構いませんが、異能を使ってこの術を解除したいんです」
汐のほうをちらりと見遣ると、「水神の領域の中では水神の異能しか使えないことも、水神に触れればその異能を分けてもらえて水神以外も異能が使えることは説明したよ」とこともなげに返された。
「分かった。俺がやる。こちらに手を貸してくれ」
差し出された千香の手を握ると同時に、俺の中にあった力の一部が彼女の中に移る。
「では、水神様。お世話になりました」
その瞬間、千香の体は光の粒となって霧散した。
「……」
彼女がいた場所をじっと見つめていると、弟の優しげな声が耳朶を打った。
「兄上、彼女を追って行かれて良いのですよ。ご不在の間は、僕がこの世界を守っていましょう。我々が探し求める『天子』かどうかはともかく、あんな面白そうな女人をこのまま逃してはいけないと思います」
「……そうだな」
***
――兄上、怖い夢を見てしまいました! 兄上が、兄上が! 火神に殺される夢を見てしまいました……っ!
それはつまり、俺の死の未来が確定したことを意味していた。
というのも、神が視た「神に課せられた天命」は決して変えられないからだ。
――どう足掻いても俺は死ぬ。
だったら、いかに弟を巻き込まず、弟に綺麗な状態でこの水底の世界を遺すかを考えようと思った。
手始めに俺は、弟を安全地帯に幽閉した。
そして、水底の世界の平和と安寧のために出来る限り尽力した。
こうして「綺麗に死ぬ」準備をして迎えたのが、火神との宴席だったのだ。
ここで殺されるとわかっていて、俺はそれを受け入れていた。
それなのに……俺は死ななかった。
千香を身代わりにして、生き延びてしまったのだ。
――神の天命を曲げられるとしたら、それは奇跡の存在である「天子」だけなのに。
「ねえ、君! ちょっと大丈夫!? 確かに兄の『定められた』運命を変えるための不確定因子になってほしいなという一縷の望みをかけて君をここに送り込んだけれど、死んでほしいとまでは思っていないんだけど!!」
……と、そこに走り込んできたのは幽閉していたはずの弟・汐だった。
出られないように弟の部屋の周辺には結界を張っていたが、今の騒動に動揺したことでほころびを出してしまったのかもしれない。
いずれにせよ、おそらく俺を助けようとして弟が危険にさらされることはなくなったはずだから、出てくること自体は問題ないはずだ。
そんなふうに今の状況では考えることを二の次にして良いはずのことを真っ先に思ってしまったのは、やはり俺が動揺している証左なのだろう。
真っ先に考えるべきは、負傷した千香のことだ。
すぐに思い直し、俺は弟に続いて千香のもとに駆け寄った。
「だから『地の上からやってきた女』は嫌いなのだ……すぐ死のうとする……」
……ああ、曲がりなりにも俺を守ってくれた人に対して真っ先に言うのはこんなことであるべきではないのに。
頭では分かっているのに思わず口からこぼれ落ちた言葉に、千香はふふっと笑った。
「本当に汐様の仰っていた通りなのですね」
「何だと?」
「あなたは私の前にも水底に落ちてきた女人を何人も助け、水底の世界で生かしてきたと汐様に伺いました。一つ誤解を訂正させていただくと、私たちは別に好き好んで身投げしたわけではありません。『水神様の花嫁』の名のもとに、雨を止ませるための贄として身投げを強いられたのです。かつても含め、私たちをお助けいただいたことに感謝します」
「はっ? 水神はそのようなことを求めたことはないが? それにそれで雨が止むはずなど……」
「兄上。兄上が女人を助けるために水底の世界から出たことで、地の上に何か影響が出たのではないですか? それを地の上の民は『贄を捧げたから雨が止んだ』と誤解したのかもしれません」
「……それはありうるか」
こちらは死にたくなくても、死の運命が見えているというのに。
それなのに生きられるのに自分から死を選ぶ女たちが許せなくて、「俺は地の上からやってきた女」を嫌っていた。
だがその前提自体が間違っていて、しかも俺のせいで女たちが身投げを強いられていただなんて、あまりにも悍ましいことだ。
俺は自責の念にかられたが、対照的に千香はからりとした笑みを見せていた。
「初めてお会いした時に仰っていた『おとなしく生きよ』は、生きよという部分が大事だったのですね。おとなしくというほうが大事なのかと思っていましたが、背景を知ればただのお優しい発言で拍子抜けでした。まあとにかく、そういうわけで最初から最後まで、私自身に死ぬ気なんか毛頭ありませんよ。もちろん、今だってそれは変わりません」
「しかし、その傷は……」
「実は私、分かれ身の術を使っているんです。この体は所詮思念体なので、精神さえ元の体に戻せればそれで無問題です。というわけで、凪様の異能を分けていただいてもよろしいですか? あるいはあの部屋から出られたならば汐様でも構いませんが、異能を使ってこの術を解除したいんです」
汐のほうをちらりと見遣ると、「水神の領域の中では水神の異能しか使えないことも、水神に触れればその異能を分けてもらえて水神以外も異能が使えることは説明したよ」とこともなげに返された。
「分かった。俺がやる。こちらに手を貸してくれ」
差し出された千香の手を握ると同時に、俺の中にあった力の一部が彼女の中に移る。
「では、水神様。お世話になりました」
その瞬間、千香の体は光の粒となって霧散した。
「……」
彼女がいた場所をじっと見つめていると、弟の優しげな声が耳朶を打った。
「兄上、彼女を追って行かれて良いのですよ。ご不在の間は、僕がこの世界を守っていましょう。我々が探し求める『天子』かどうかはともかく、あんな面白そうな女人をこのまま逃してはいけないと思います」
「……そうだな」
***

