分かれ身の乙女と孤高の水神様の贄婚 〜煩わしき君に恋煩うまで、あと×日〜

 贄婚の儀式から、早くも一週間。

「戻れない……」

 そう。私、千香はまだ水底の世界から抜け出せずにいる。
 ちなみに三日目くらいまでは、目覚めた部屋から動かずに何度も「分かれ身の術」を解除しようと頑張った。
 ただちょっと調子が悪いだけで、すぐに異能が使えるようになると信じたかったのだ。
 それに、見知らぬ場所でむやみに動き回るというのもあまり得策ではないように思った。
 しかし特に変化のないまま四日目にもなると、さすがに何か現状を大きく変えないと埒が明かないのではないかと思い直した。
 そうして最初の部屋から少しずつ足をのばすようにして、七日目に至ったわけだが――。

「本当に、ここは広すぎる……」

 なにしろ小洒落た洋館という佇まいの屋敷の中をこれだけ歩き回っているというのに、まだ全体像を把握できていないのだった。
 加えて、どういうわけか他の人に遭遇することもなかった。
 普通に考えれば、水神様に会わないだけならまだしも、使用人たちと行き合わないわけがないだろうに。

「それなのに誰にも会わないというのは、何か作為的な力(・・・・・)が働いているとしか思えない……」

 まあ、そもそもこの一週間、誰も来ていないはずの私の部屋にいつの間にか食事が用意されていたという時点で何かがおかしいとは思っていたけれど。
 そう考えていたところで――。

「ご明察。この屋敷は、何事も水神の『異能』で回っているんだよ」

 不意に、私のものではない低い声が響いてきた。

「ど、どなたですか……!?」
「おーい、こっちこっち! 僕は出ていけない(・・・・・・・・)から、もしよければ君が来てよ」

 声のした方向に顔を向けると、私の歩いていた廊下沿いの少し先の部屋の扉がわずかに開いているようだった。

「こちらですか? ……って、えっ!?」

 扉まで歩いていき、おそるおそる中を覗き込んでみると、そこにいたのは白銀の髪の美丈夫だった。
 見覚えがあるその神々しい姿に、私は以前と同様に(・・・・・・)本能的な震えを覚えた。
 だが、何か違和感が拭えない……。

「……あの、水神様、ですか?」
「うーん、まあ、そうでもあるし、そうでもないとも言えるかな」
「それは、どういう……?」
「君はすでに『水神』と会っているんでしょう? だったら僕は、その水神ではない(・・・・・・・・)よ」

 悪戯っぽく笑うその顔は、私の知る姿とはかけ離れた別人(・・)に見える……。

「って、別人……?」
「うん。君が『僕』を知っているとしたら、それは双子の兄の(なぎ)ね。僕は弟の(うしお)。兄に監禁(・・)された、不遇の水神様さ」

 ――そして、君の救世主(・・・)になれる男だよ。

 汐様はそう言うと、「監禁!?」と呆気にとられる私に艶やかに微笑んだのである。

「ねえ、君。僕と取引をしない? 乗ってくれたら『異能』を使えるようにしてあげるよ。僕知ってるんだ(・・・・・・)。君、異能が使えないせいですごーくすごーく困っているんでしょう?」