「人間になる必要はあったよ。祥夜と話ができる」
「俺はれおと話すことはないから。出て行って」
猫なら可愛がれるけど、人間になった今、その必要はない。人を愛でるのは、抵抗あるし。
ケージも畳めるタイプだったので、ぺったんこにして壁に追いやり、買っておいたキャットフードとまたたびも、あのカフェに寄付するためにビニール袋に入れて玄関に置いた。
「ねぇ、待って。追い出さないでよ」
「いやいや。勝手に入ってきたのは、そっちだから。もう猫じゃないんだから、自分の家に帰りな」
玄関を開けて帰るように促しても、立ち尽くしたまま動こうとしない。それなら強行突破するしかない。れおの腕を掴んで、玄関まで引きずる。
「早く。出て行って」
「やだ!何で捨てるの!?祥夜まで!」
ハッとして、掴んでいる力を緩めた。れおが猫の時、ネグレクトで保護されたと言われたことを思い出して、れおを見る。今にも泣きそうな潤んだ目を俺に向けて、手は小刻みに震えている。
「…あ、ごめん。そんなつもりじゃ」
「じゃあどういうつもり?」
俺を責めているんじゃない。単純にれおは、捨てられる答えを知りたいように感じた。
「どういうつもりって言われても、答えられない。でも悪かった」
「僕って…、他の猫とは違うみたい。どこに行ってもすぐに追い出される」
「いつも人間になるの?」
「ううん。今回が初めて」
握っていた手を力無く離すと、ボスッと音を立てて、れおも力無く手を下ろした。目には今にも落ちそうに涙がたっぷり溜まっていて、俺から視線が逸れるとそれが大きな雫となって床に吸い込まれていった。
「お願いだから…。僕のこと、ここに置いて」
「家族は。人間でも猫でも、いるでしょ?」
「……いない」
れおの孤独は計り知れない。ネグレクトの傷も。完全に重なるわけじゃないけど、俺の大学での立ち位置に似ている気もする。周りは気心の知れた人同士でグループを作る中、いつも1人。
サークルも入っていて名前は知られているけど、俺が行くと途端に気を遣われる気がして、距離を感じる。大勢の人の中で感じる孤独は、返しのついた棘が心臓に刺さり、長く深い傷を残す。俺が何かしたって聞きたいのに、その答えも聞けない。
「孤独同士…、傷の舐め合いでもする?」
孤独を知っているから、分かる痛み。一度は逃げようとしたけど、れおといることで自分も救えるかもと思えた。
大粒の涙を服の袖で大雑把に拭い、汚い笑顔を見せたれお。笑えてないけど、必死に笑おうとしているのが分かった。れおの頭に手を乗せて、河西家に迎えた。
「無理に笑わなくて良いよ。ここにいたら良い」
「…ありがとう」
俺の腰にしがみつくように、抱きついてきたれお。一瞬長く細い尻尾が腰に絡み付いたような感覚があって、ふわっとした温かさがあった。
「たまに猫に戻るとかない?キャットフード…」
「戻らない。キャットフードは食べない。人間の食べ物が良い」
バッサリ答えたれおにお腹を抱えて笑うと、そんな俺を見てれおも嬉しそうに目を細めて一緒に笑った。



