保護猫、飼ってます。






「…嘘。嘘嘘嘘…、やばいって」




ベランダの柵にめり込むように飛び出ると、柵に腕を乗せて黄昏ている青年が1人、突然飛び出た俺をキョトンと見つめた。




「えっと…、誰?不審者だけど」


「それはないよ。今、そのケージから出たんだもん」




まるで不審がる俺が間違っているかのように、半笑いでケージを指差す青年。あの中に確かにれおはいた。グレーの毛を纏って少し怯えたように首をすくめていた、高級感あるオス猫。



幻影でも見たんだろうか。目を擦っても、その場にいるのはグレーの猫ではなく、青年。柔らかそうにうねっていて黒がかったグレーの髪色、弱そうな力のない目とうっすら笑みを浮かべる唇。暑さで頭がやられてしまったのか、この青年は本当にさっきまで猫だったんだと、思わされる。




「そんな嘘、通用しないと思わないの?」


「通用も何も、嘘じゃないからね」




だめだ、丸め込まれてる。〝そうなんだ〟って言ってしまいそう。青年の目に光も力もないのに、不思議と吸い込まれそうになる感覚は、保護猫カフェでれおに愛着が湧いた時と同じ。




「本当に…、れおなんだよね?」


「そうだよ。信じられないなら、僕が祥夜の目を見て連れて帰ってアピールした日の話でもする?」




俺の名前を知らないはずのれおが、祥夜と呼んだだけで十分。首を横に振って、降参した。そもそも、猫が人間になる理由を知りたい。


生まれ変わりで、お世話になった主人の元へ帰ってくるという感動的なドラマを見るけど、俺は猫を飼っていたこともないし、誰かをお世話したこともない。もしかすると、前世で感謝されることをしたのかもしれないけど、それを現世で押し付けられるのは、少し違う気もする。割と迷惑かも。





「人間になる必要、あった?猫のままの方が都合が良いんだけど」


「都合が良いって、具体的に?」


「具体的…、保護猫を飼う申請もしたし、キャットフードだってまたたびだって買っちゃったし」


「インパクトないな…。そんなの、どうにだってなるでしょ」




図星なことを言われて、何も言い返せない。パッと思いついたことを口にしただけだから、インパクトがないのは、当然。




「そうなんだけど…。てか中入らない?暑くて、倒れる」




日差しの下、痛い光が肌に突き刺さる。れおは汗を全くかいていなくて、冷や汗とともに額と背中に滝汗をかいている俺とは正反対。こういうところ、猫っぽいよなと思う。


普通に考えたら不審者なんだけど、ケージの中を覗いても空なので、多分この青年はれおなんだろうと信じることにした。俺のあとに付いて部屋に戻ってきたのを確認して、窓を閉める。また冷たい空気が部屋を包み込んで、止まらない汗を冷やしていく。