「河西くん!今日飲みに行くんだけど、一緒にどう?」
力が入らないまま気づけばお昼になっていて、今日は午前だけの仕事だった俺は、魂の抜けた顔をして歩いていると、帰る前のエントランスで声をかけられた。廊下で声をかけてくれた営業の人。
昼からは卒論の途中経過確認とアドバイスをもらいに、教授のところへ行こうと思っていた。正直行くのを躊躇っていた。俺の居場所ではない空間に身を置くのは、1分でも避けたい。
それでも、行かなければ卒業できない最後の課題。覚悟を決めていた日でもあった。
「…あっ、こういうのってハラスメント?」
「いやいや!行きたいっす!誘ってもらえて嬉しいです!」
「マジ?でも帰るんだよね?飲み会、この近くなんだけど」
「また来ます。6時くらいですか?」
ハラスメントなんて、嫌な人から受けて嫌だと思うだけで、慕っている人から受けるハラスメントは、俺の中では全く該当しない。何なら、この飲み会のために大学に足を運ぶことに勇気をもらえた。
食い気味で了承して、爆速で用事を終わらせよう。そしてこのことは、れおにも言っておかないと。一旦家に帰ってれおの様子を見てから、大学に行くことにした。
スキップして家に帰ると、れおは俺のベットで眠っていた。こちらを向いて丸くなり、スースーと寝息を立てている。静かに近づいて顔を覗くと、本当によく眠っていて、猫の癖が抜けきっていない体勢も相まって、可愛らしい。
「チキン南蛮一緒に食べれないけど、作っとくから」
〝祥夜と食べるから美味しいんだよ!祥夜と一緒じゃなきゃ、食べない!〟とか言いそうだなと想像して時々笑いながら、鶏肉を薄く引いた油で揚げて、揚げている間にタルタルソースも作って。置き手紙を机に置いて、もう一度れおの顔を見る。
フワフワと寝息とともに浮き沈みする、髪の毛。割と大きな音を立てているのに、全く起きる素振りを見せずに眠り続けて、俺が出ていくまでずっと眠っていた。
「うしっ。大学行くか」
ノートパソコンをトートバッグに詰めて、家を出た。朝会社に向かう時と、足取りと胸の支えが違う。夕方に飲み会がある楽しみを取っておいても、重さはまだあった。必死に深呼吸を繰り返して、門をくぐる。
時間は3時。授業中のためか人は少なかったけど、それでもカフェで過ごす人や、この灼熱の中、太陽が当たるベンチに寝転がって眠る人もいる。
同じサークルの人たちも、ちらほら見えた。向こうも多分俺に気づいているとは思う。目は合うのに、他人のようにサラッと目を逸らす後輩、どの景色か分からない場所を指差してわざとらしく会話を始めて、目が合ってない風を装う同期。



