出勤の準備をしながら、れおをちらっと見ると、ずっと俺のことを見ていたようで、目が合った途端、満面の笑みを向けられた。朝からよく、そこまで明るい顔ができるな。こんな顔に挨拶されたら、惚れるよな。…と考えたところで、思考を止めた。
「何考えてんだ、俺」
朝からもらったれおの笑顔に、見惚れてる場合じゃない。急がないと。
「行ってくる」
「祥夜!」
「ん?」
見送りの言葉ではなく、呼ばれたので振り返ると、両手を俺に向けて広げていた。これは、ハグってことだよね。これは無視できる?このまま扉を開けて会社に向かっても良いんだろうけど、れおのハグの圧がすごくて、俺が嫌がる選択肢はないらしい。
それでも、自分かられおに応えることに抵抗があって、そっと後ろのドアノブに手を伸ばすと、〝もう!〟とれおの怒りの声が聞こえたと同時に、腕を掴まれてあっという間にれおの腕の中にすっぽりハマった。
「れお…。会社、遅れる」
「遅れないって。いつも少し早く会社に行ってるの、知ってるもん」
いってらっしゃいのハグは長くて、玄関に立つ俺がれおがいるフローリングよりも低い位置にいるから、れおの胸に俺の顔が埋もれている。いつも腰に巻きついてくるから、俺が宥める体勢になるけど、今日は逆。何だか落ち着かない。
心臓もバクバクいってるし、背中にまわったれおの手がいつもより暑く感じて、れおから離れたくて胸を押すと、〝恥ずかしがらないの〟と俺の頭の中の考えがバレていた。
「いつもと違うことをすると、刺激があって良いって言うじゃん」
「そう、ですか。…ねぇ、まじでそろそろ離して」
やっと離してくれたけど、れおと目を合わせられなかった。〝仕事、頑張ってね〟という声援に、目を見ずに手を上げて出る。心の許容とか言ってたけど、とっくにれおを受け入れる許容は持ち合わせていたらしい。
2階のベランダに振り返って目をやると、さっき俺を玄関で見送ったばかりのれおが、柵にもたれかかって俺を見ていた。振り返った俺に柵から体を離すと手を振って、すぐ大きく波打つカーテンに体が絡まって遊ばれている。
手を振り返そうか悩んでいたけど、カーテンに絡まるれおを見て、思わず声を上げて笑ってしまった。周りに誰もいないことを確認して、口元を抑えて笑いを堪えながら、今度こそ会社に向かう。
「猫だな…。ずっとあのまま遊んでそう」
この上ない穏やかな感情で出勤すると、上司が俺を物珍しそうにニヤけて俺を見ている。
「おはようございます…」
「おはよう。河西くん、どうしたの」
「え、何がですか?」
「今日、楽しそう。何かいいことあった?」



