桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜


  *  *  *


 その夜。わたしは肩まで湯につかり、ほぅ……と息を吐いていた。

「湯殿を使うなんて、はじめて……」

 これまでは、三日に一度井戸水で髪をすすぎ、からだを拭くのがせいぜい。
 そんなわたしが、湯殿をぜいたくに貸し切るだなんて。破格の待遇続きだ。

「それにしても……本当にどうしたのかしら、この髪」

 湯船に浮かぶ薄桃の髪を、すくい上げる。
 ここに来てから、突然色を変えた髪。

(東宮さまは『桃娘』がどうとか言っていたけど……伝説の乙女? そんなの知らない)

 聞きそびれてしまった。
 明日にでも、東宮さまにたずねてみよう。
 ……教えてくれるかしら。

「──やだ。東宮さまがあの人間の小娘を娶られるって、本当だったの?」

 そんなとき、ふいに聞こえてきた声。

「本当よ。でもまぁ、呪われたいまの狼族は、つがいと子を成せないのだし」
「生贄だと思えばいいってことね」

 今朝も部屋でうわさ話をしていた、侍女たちの声だ。

(どういうことかしら)

 耳を傾けてみる。
 だけど、人間より五感が鋭いのか。
 ぴくりと獣耳を反応させて、侍女たちがわたしをふり返った。

「そろそろお部屋に戻られては? のぼせてしまいますわよ」

 わざとらしく着替えの夜着を差し出される。

「ありがとうござ──」

 が、伸ばした手はなにもつかめず。
 夜着は、ぱさりと湯船へ。

「これは失礼いたしました!」

 くすくすと、笑い声が耳に届く。

「いえ。だれにでも失敗はありますから」
「……はぁ?」

 わたしは湯船から上がると、濡れた夜着を思いっきり絞る。

(裸で出歩くより、ましね)

 あらかた水分が抜けたところで、しわしわの夜着を羽織った。

「ちょっと……ばかにしているの!?」

 わたしの言動が気にさわったらしい。
 責めたつもりはないのだけれど。