桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜

「どうした。恐怖で声も出ないか」
「……す……」
「当然だな。狼族の子を生むなど、恐ろしいに決まって──」
「……ありがとう、ございます」

 気づいたら、そんな言葉が口からこぼれていた。
 ぽろぽろ涙があふれるのは、怖いからじゃない。

「──は?」
「わたし、だれにも見向きもされなかったんです」

 なにも残せず、何者にもなれず。
 柳李花は、そうして独り寂しく息絶えるものだとばかり思っていた。
 そう、わたしは独りぼっちだった。
 独りは……寂しい。

「でも、東宮さまはわたしに、家族を授けてくださるのですね」
「狼族の血を引く子を、だぞ」
「かまいません。わが子に違いはないのですから」
「……なんだと」

 理由はなんだっていい。
 必要とされるなら、こんなにうれしいことはない。

「東宮さま、わたしがんばります。きっと子を孕みます」

 だから、どうか。

「どうかお願いです。わたしのことは愛してくださらなくて結構ですから……子が生まれたなら、その子をめいっぱい愛してくださいませんか?」
「…………」

 深々と頭を垂れ、しばらくの沈黙の後。

「……ずれている。常識的に考えて、ふつうは嫌がるものを」

 呆れたようなため息が、頭上で聞こえた。
 だけど、「まぁいい」と続く声音は、半音高くなった。
 面白がるみたいに。

「後宮で媚びへつらう女どもより、胆が据わっていることはたしかだ。その虚勢がいつ崩れるか、見物だな」
「虚勢だなんて、そんな」
明日(みょうじつ)、婚礼をとり行う」
「……急ですね」
「時間は有限なのでな。大口を叩いたのなら、相応の働きをしてみせろ」

 きびすを返す気配がする。
 ふと見上げると。

「いいか、これはひとときの契約だ」

 そう釘を刺すようにして、東宮さまは去っていった。