桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜


  *  *  *


 部屋の外は、青々としげった景色。
 雨でも降ったのだろうか。
 濡れた若葉のにおいが、さやかなそよ風に乗って格子の透かし窓から入り込む。
 射し込む陽光は、これから肌がひりつくほど強く照るだろう。

「夏……か。昨日まで冬だったのに」

 身支度を終えるころ。
 ひとり残された部屋で、ぽつりとつぶやく。

「入るぞ」

 それからすこしもせず、部屋の扉が開け放たれた。
 コツコツと履音(くつおと)を立て、夜色の髪の青年が姿を現す。

「……ご足労痛み入ります、東宮さま」

 わたしはひざを折り、深々と叩頭(こうとう)する。

「顔を上げろ」

 昨夜も耳にした声が、頭上にふり注ぐ。
 一切の隙を感じさせない、低い響きだ。

「はい」

 顔を上げろと言われたら上げろ。
 踊れと言われたら踊れ。
 言われたとおりにするだけだ。
 居住まいを正せば、自然と視線が合う。

(やっぱり……きれいな顔立ち。そして、冷たいひと)

 東宮さまに、獣の耳や尾は見られなかった。
 ひと目見ただけでは、わたしとなんら変わらない人間そのものだ。

「現状を説明してやる」

 東宮さまはそう言うやいなや、護衛らしき兵士たちを下がらせた。
 逃げ出したところで、入り口で待ちかまえた屈曲な男たちに捕まるだけ。
 ならばわたしが選ぶべき最善の道は、東宮さまのお話に傾聴することだ。