桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜

 ほのかに甘い香りが、鼻をくすぐる。
 息を吹き返したように、わたしは目を覚ました。

(……知らない天井、知らない寝台)

 香りの正体は、枕もとで()きしめられた伽羅(きゃら)の香。
 馬すら飼えないあばら小屋にくらべれば、快適すぎる環境だ。

「見た? あの痩せっぽちな娘……」
「あれが『桃娘(タオニャン)』? 東宮(とうぐう)さまはおとぎ話を信じておいでなのかしら」
「人間の世話なんて、適当にすませておきましょうよ」

 ──目覚めの気分は、べつとして。

「おはよう、ございます」

 重いからだに鞭を打って、寝台から起き上がる。

「あら、お起きになられましたの」

 部屋の隅で声をひそめていた侍女たちは、何事もなかったかのようにふるまった。

(獣の耳……狼だ)

 目の前にいる彼女らは一見して人間だが、大きな三角耳に、ふさふさの尾を生やしている。

(あれが獣人。はじめて見るわ)

 それもそうか。
 (リュウ)王朝が治める世において、獣人は卑しい存在とされていたのだもの。

(人と獣、どちらの姿も取れると聞いたけれど……(おびや)かす相手がいないのなら、これも納得ね)

 柳王朝は滅んだ。
 その事実が、じわじわと現実味をおびる。

「お目覚めになったのなら、さっさと支度をなさいませ」
「じきに東宮さまがおいでになります」
「東宮さま、というのは……?」

 はぁ……と、盛大なため息。
「そんなこともわからないのか」と、わたしを軽蔑するまなざしが、三人分。

宵月(シャオユェ)さま。わが(ラン)族の皇帝陛下であらせられます」