桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜

「グゥ……グルァッ!」

 響き渡る咆哮。
 黒い影が、視界を覆う。

 時が、止まったようだった。
 ひらりと、水面に領巾が舞い落ちる。

「ふふ……熱烈なお方」

 薄く笑った直後、焼けるような痛みが右肩に走る。
 ずぷりと牙が食い込んだ肩口が、見る間に赤く染まる。
 夜色の三角耳に、手を伸ばす。
 一度、二度となでれば、びくりと反応した。

 さぁっと風が吹き抜け、木々がそよぐ。
 見上げた空は、白んでいた。

「夜明けの……時間です」
「……李花……そん、な」

 視界に紗がかかる。
 達成感で満たされたら……
 酷く、眠くなってきた。

「宵月、さま……わたし、は……宵月さま、を……」

 あいしています。

 言葉にできたか、わからないけれど。

「──李花ッ!」

 この世でもっとも愛しいひとに、名を呼んでもらえた。
 それだけで、胸を張って言える。
 いまこの瞬間が、一番幸せだった、と。