桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜


  *  *  *


 楽のしらべも、歌い手もない。
 しめやかな月明かりのもとで、ただ舞い踊る。

 浅く、深く。
 遅く、速く。
 緩急をつけて。

「ガルゥッ!」

 牙を剥き出して襲い来る影を、くるりと身を反転させてかわす。

 鼓動の速さで土を蹴り。
 袖のひと振りで岸辺に咲く小花の花弁を舞い上げ。
 静寂の波に領巾をたゆたわせる。

(傷つけることを彼が恐れるなら、わたしが傷つけさせない)

 その一心で、何時間も何時間も、舞い続ける。
 不思議と、息は上がらなかった。
 からだが軽く、羽が生えたようだった。

 牙を剥かれようと、爪を振りかざされようと、恐ろしくはなかった。
 そうだ。
 なにを恐れることがある。

(わたしの舞は、宵月さまのためだけにある)

 ……宵月さま。
 すきです。
 あなたのことが、好きです。
 たとえ運命に引き裂かれようと。
 わたしの魂が、あなたのそばを離れることはない。

 月が、輝く。
 きらめく水面の上で、わたしは舞っていた。
 月を映す水鏡を蹴るたび、音もなく波紋が広がる。

『李花。──李花』

 あぁ、宵月さま。
 そのお優しいお声で、わたしの名を呼んでください。
 わたしは、ここにいますから。