桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜


  *  *  *


 長く降り続いた雨が上がる。
 頭上を仰げば、雲ひとつない夜空に、満月がぽつねんと浮かんでいる。

「なんて美しい月夜なのかしら……」

 ここへ来て、三月がたつ。
 はじまりの夜も、満月だった。
 まぶたを閉じれば、あの夜のことが鮮明によみがえる。

(本当に、いろんなことがあった)
 
 ふいに吹きつける肌寒い秋の風が、愛しいひとのぬくもりを思い出させる。

 わたしは、なにも持たないちっぽけな娘だった。
 けれど、変わることができた。
 だれかのために思い悩み。
 だれかのために怒る。
 そして、だれかを想う尊さを知った。

 ──宵月さま。
 わたしは今宵、あなたにいただいた薄桃の衣に袖を通し、絹の(くつ)を履いて、ここに立っています。
 あなたが守ってくださった、母の領巾(ひれ)もまとって。

 ……さくり、さくり。
 落ち葉を踏みしめる音に、まぶたを持ち上げる。
 静寂に包まれた池の岸辺に、待ちわびた彼の姿があった。

「ようこそおいでくださいました、宵月さま」

 夜闇の向こうから、艶めく夜色の毛並みの狼が現れた。
 月明かりに照らされた岸辺で、月色の瞳が、爛爛(らんらん)とわたしを捉える。

「……グルル」

 それは、獲物を狙う捕食者のまなざしだった。
 生死のはざまに立たされてもなお、わたしのこころは凪いでいた。

「美しい月夜に、遊興をごらんにいれます」

 袖を合わせ、静かに一礼。
 針の落ちる音すら拾える静寂をへて、まっすぐに姿勢を正す。

「さぁ宵月さま、わたしと舞い踊りましょう。──月が眠るまで」

 月を映した水面が揺れる。
 そうしてわたしは、そよぐ夜風に、領巾をひるがえした。