桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜


  *  *  *


 曇天が、さめざめとすすり泣いている。
 (ラン)族の住まう宮において、香りの強い草花は好まれない。
 しかし最近になって、東宮さまのお部屋の近くに金木犀が植えられたという。
 強烈な甘い香りで、なにかを拒むように。

「宵月、俺だ。寝酒を持ってきてやったぞ」
「あぁ……」

 長椅子の背にもたれていた宵月さまは、気だるげな様子から一変。
 はじかれたように立ち上がり、四蓮さまを睨みつけた。

「……なんの真似だ」
「言ったろ。寝酒を持ってきてやったって」
「答えになっていない。──なぜここへ来た、李花」

 四蓮さまに次いでわたしを映した月色の瞳が、険しく細まる。
 宵月さまのお怒りはごもっともだ。
 なんの断りもなく、部屋に押しかけたのだから。

「お疲れの宵月さまに、果実酒を、と」
「おまえまでふざけているのか!」

 憤慨した宵月さまが大股で詰め寄り、盆をかかえたわたしの手首をつかむ。
 その拍子に、盆の上でがちゃりと盃が揺れた。

「いますぐに出て行け──!」

 そうしてわたしを追い出そうとする宵月さまだけれど、はたと息を止める。
 気づいたのだろう。
 つかんだわたしの左手首に、包帯が巻かれていることを。

「おまえ……その傷は、どうした」

 わたしは、答えなかった。

「どうしたのかと聞いている! だれにやられた!」

 焦れた宵月さまが怒りをあらわにする。
 血走る月色の瞳をまっすぐに見つめ、わたしは口をひらいた。