桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜

 李霞は、なぜか私の名を知っていた。
 そういえば、むかし。
 雪山で遭難した女の子を見たことがあった。
 不憫に思い、ふもとの里まで送り届けたのだったか。
 その女の子も、彼女と同じ桃色の髪をしていた。

 そう……あのときの狼が私なのだと、李霞は理解していた。
 そんな李霞の命のともしびは、いまにもついえようとしていた。
『桃娘』の血を引く娘は、たぐいまれなる癒やしの力を持つ。
 その力は、生命力とも同義。
 つまり己が命を投げうってまで、李霞は私の病を治してくれたんだ。

 息絶えるそのときまで、彼女はしきりに口にしていた。
 娘を、助けてほしい……と。
 李霞は皇城で酷い扱いを受けていた。
 彼女の娘もだ。

 ──忌々しいと思った。
 こんなにも健気な彼女らを、無下に扱ってしまえる人間が。
 だから私は、獣人族を集めて兵をおこした。
 悪しき柳王朝を、負の連鎖を、断ち切るために。

 悲願は、達成された。
 永い夜が終わり、獣人の時代は訪れた。

 李霞。私の命を救った気高き乙女。
 彼女がいなければ、私は家族を持つこともなく、おまえも生まれていなかっただろう。

 これまでの人生、恥ずべきことはないけれど。
 ひそかにさがしていた彼女の娘を見つけることは、ついぞ叶わなかった。
 そればかりが、心残りだ。

 宵月。これだけは覚えておきなさい。
 かならずしも、すべての人間が悪ではない。
 人と獣人も、わかりあうことはできる。

 だから、宵月。
 その目で、真実を見極めろ。
 そして強くなれ。
 困難に屈することのないように。
 心から愛しい者を、守れるように──