桃娘蜜月伝〜虐げられた姫は、時をこえ狼帝の孤独を溶かす〜


  *  *  *


 ──いいか、宵月。
 これから話すことは、私がたしかに経験したことだ。
 私は字が書けないから、おまえがしかと記してほしい。

 私が彼女に出会ったのは、まだ若かったころ。
 身寄りのない獣人の若造だ。
 稼ぎがあるはずもない。
 仕方なく人に扮し、下級武官として皇城につとめていた。

 あぁ、わかっている。
 そのときはまだ、人の世の最盛期。
 (リュウ)王朝の時代だ。
 獣人だとばれたなら、私は投獄されていただろう。
 獣人であるというだけで。そんなばかげた時代だった。

 あるとき。
 運の悪いことに、出征地で病をもらってきてね。
 流行り病だった。
 皇城では、病人は隔離される。
 まるで罪人のごとくね。
 この牢屋のような場所で、死ぬのか……
 そう思ったよ。

 そんなとき、彼女が──李霞がやってきたんだ。
 李霞は私に、ひと言だけ告げた。
「私の血を、お飲みなさい」……と。

 意味がわからなかった。
 けれど、彼女の放つ甘い香りに逆らえず。
 気づけば、私は李霞の首に牙を突き立てていた。
 李霞の血は、みずみずしい果実の味がした。
 熟した桃にかじりついたときのような。

 私をむしばむ病は、たちどころに消え去った。
 そこで私は気づいたんだ。
 李霞は、伝説の乙女、『桃娘(タオニャン)』の血を引く娘なのだと。
 あぁ、その話はよく知っていたとも。
 私も、かつては雪深い地で暮らしていたから。