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皇城の片隅には、ぽっかりあいた枯れ池がある。
これを、みな『幽池』と呼んでいる。
「雨が降っても水がたまらず、夜には火の玉が飛んでいる……怪談話にはもってこいね。冬だけど」
そんな不気味な話が持ち上がったのは、いつの話か。
当然、だれも近寄りたがらない。だから荒れ放題なのだ。
「……はぁ、はぁ……ふぅ」
雪をかき、落ち葉を掃き、足を取りそうな小石は脇にどかす。
とほうもない作業に没頭しているうちに、あっという間に日が暮れてしまった。
「おなか、すいたな……」
雪でも食べたら、すこしは満たされるだろうか。
道ばたに座り込み、ぼんやりと考え込む。
「あーらお姉さま! お仕事を投げ出すなんて、いけないひと!」
ろくに思考が働かない脳内に、きぃん、とかん高い声が響いた。
声の主がだれかなんて、問うまでもなく。
ふり向けば、思ったとおりの人物が、手提げ灯ろうを持った侍女たちを引き連れてやってきた。
「……美鈴、さま」
「はぁあ? 気安く呼ばないでちょうだい!」
「申し訳ございません……公主さま」
すかさず平伏する。
雪に埋もれたひたいが、冷たい。
「まったく、これだから卑しい血すじの役立たずは……」
人形のようにととのった愛らしい顔つきで、鬼のように罵詈雑言を吐く少女──美鈴。
わたしと、半分だけ血のつながった妹。
くすくすと聞こえる嘲笑い声は、美鈴の侍女たちのものだろう。
「いいこと? 翌月にはわたくしの成人の儀がひかえているわ。その祝いに、とびきり豪華な離宮をくださると陛下もおおせなの」
「おそれながら……のろまなわたしでは、手に余ります。せめて人手を……」
「妾腹の分際で、わたくしに指図するというの!?」
あぁ……まただ。
「気色悪いのよ! この白い髪も、陰気な目つきも!」
「きゃ……!」
ぎりりと、髪をつかみ上げられる。
「わたくしが絶対なの。何度も言わせないで!」
美鈴はそういって、わたしを突き飛ばした。
これは、いつもの癇癪。
黙って受け入れて、許しを乞う。
そうするしか、わたしに道は残されていない。
「申しわけ……」
だけど、でも。
見てしまった。見えてしまったの。
ひらひら、と。
大事に大事にふところにしまっておいたはずの母の形見が、北風に飛ばされるさまを。
──さぁっと、血の気が引いた。
「待って! だめ!」
身をひるがえして、一目散に駆け出す。
「いやだわ、あんなぼろ布のために」
くすくす、くすくす。
もう、だれに嘲笑われたっていい。
「母さまっ……!」
わたしの、たったひとつの宝物。
取り戻したくて、守りたくて。
夢中でつかんだ、次の瞬間。
「……あっ」
がくんと、ひざから崩れ落ちる。
でこぼこした地面に、足を取られたんだ。
(……やってしまった)
この先は、深い深いがらんどうの池。
ちょっとした高所から、身を投げたようなものだ。
打ちどころが悪ければ、最悪──
(でも、母さまに会えるなら、それで……)
領巾を胸に抱きしめる。
諦めかけた、そのとき。
にじむ視界に、月が映った。
「えっ……」
見間違いじゃない。月だ。
いつの間にだろう。
枯れ池が水で満たされ、満月を映し出していた。
(なんて……きれいなのかしら)
まるで現実味のない光景に、見惚れた刹那。
──わたしは、月に呑まれた。

